閑話・責任の時

結末を迎える軍人

 捜索対象――早良美子さわらよしこを見逃し、対価としてその場における身の安全を得る。そんな取引を交わして戦線から離脱した私は、全力で脳細胞を稼働させていた。ジョーンズの戦闘力増強。捜索対象の見逃し。それに対する上層部の判断。しかしてそれらの結論は、すべてがすべて、最悪に至る予想しか成り立たなかった。


「上の手は伸びる。おそらく、ジョーンズは来られない。私は」


 壁に身を預けながら、私は呟く。まったく。単独行動にして、正解だった。部下など連れて来ていたら、今頃背後から蜂の巣にされていてもおかしくなかった。


「くくくっ」


 自嘲気味に、私は笑った。ここは下層、六番街。『彼女』がいるのは上層、三番街。そこまで落ち延びるにしても、距離と時間がかかり過ぎる。いや。こうなった以上、『彼女』に累が及ぶのは避けたい。と、すれば、逃げる先としてはまったく不適当だ。つまり。


「ここでチェックメイトか……」


 私は、空を見上げる。ドーム越しでない我が街の空を、まっすぐに見上げたのはいつぶりだろうか。熱帯気候なりの青空が、そこにはあった。


「なにもかもを吹っ切り、街のかたきに尻尾を振って。必死に成り上がってもここまでか」


 私は息を吐く。タバコの一つでも吸いたい心境だが、製薬会社かいしゃはソイツを認めちゃくれない。建前半分とはいえ、健康を重んじる企業ならではである。あまりの格好のつかなさに、俺は再び軽く笑った。その時だった。


「エリック・ガイナー軍警大佐。今からでも良い。職務に復帰せよ」


「我が社は君の忠勤を惜しんでいる。直ちに職務に復帰すれば、処罰は軽微で済むそうだ」


「これは最終通告である。拒否するのであれば、『処分』も辞さない」


 ここは未だ六番の路地裏。人通りはまばら。私に向かって来るのは、同型、あるいは最新の試用型かと思しき装甲戦士が三人。スリーマンセルな辺り、おそらくは専門の連中なのだろう。


「なんということだ。我が社はそこまで寛大だったのか」


 私は大げさに肩をすくめた。口ぶりからして嘘ではないだろうが、いかに軽微とはいえ、処罰を受けては評価も下がる。とうに計画が破綻した以上、受け入れる道理は皆無だった。


「その通り。さあ、罪を悔いて早良……ぐおっ!?」


「ありがたい。実にありがたい。その寛大さに免じて、反逆を許してくれたまえ」


 私は装置を握る。スイッチを押す。コンマ数秒で、【製薬会社我が社】謹製の装甲が身を包む。寸前、すでに踏み込んでいた私は、瞬く間に目前の装甲戦士に一撃を喰らわせていた。無論、己に無理を強いている。そう長くは保たない。だからこそ、その前に逃げ切る。


「ちっ、旧型風情が!」


「最新装甲をナメるんじゃない!」


 私を囲うように立っていた残りの二人が、両手五本ずつ、計二十本の指を私に向ける。そこから放たれたのは――


「喰らえ!」


「ぐおあっ!?」


 私の装甲にはなかった、指先からの銃弾。決して高威力ではないが、次々と弾が飛んで来る。これは、まさか。


「我が社の技術を見くびってもらっては困るな。思考と発射のタイムラグ調整は、すでにおおよそ完璧よ」


 なるほど。思考の速度で弾が撃てるのならば、それは確かに必殺の矢衾を生み出すだろう。しかし感心している場合ではない。このままでは、数で圧殺されてしまう。私は、再び深く、早く飛び込んだ。


「ぬんっ!」


「甘いと言っている」


「旧型に勝機など与えはせぬ」


「沈め」


 だが、三人の手は止まらない。三十の銃口から放たれた弾丸が、適格に私の装甲をえぐっていく。どうやら、弾頭が特殊な改造を受けているようだ。さもありなん。自分たちの作った兵器だ。制圧だって、考えない道理がない。


「ぐうううっ……」


 たまらず私は物陰に飛び込む。ただでさえチェックメイトだというのに、執拗に追い込まれている気分だ。いや、彼らはそうしたいのだろう。現用最新型を圧殺し、自分たちの、超最新型試用装甲の有用性を知らしめたいのだろう。そのための餌食に、この反逆者はお似合いだった。


「終わりか……」


 私はもう一度天を仰ぐ。続いて、昔馴染みの探偵を思い浮かべた。ああ、彼は変わらなかった。変わっていなかった。私も、変わらずにいれば……述懐がこみ上げ、首を振る。まだだ、まだ後悔は。されど。


「さあ、出て来ると良い」


「容赦なく、蜂の巣にしてやろう」


「我が社の素晴らしさを称え、反逆を悔いながら逝くが良い」


 ゆっくりと、こちらを嬲るように三人が迫って来る。私は、最悪に備えて用意していた武器を取り出した。それは、手榴弾に見せかけた煙玉。彼らに通用するかは怪しいが、わずかでも機会が作り出せるのであれば、やる価値はあった。私はそいつのピンを抜き、連中に向けて転がした。


「防御!」


 即座に声が響く。さすがの最新装甲といえども、瞬間のショックやらには耐え切れぬか。幸運に感謝しながら、私は躍り出る。『手榴弾』が爆発し、大量の煙がそこに生まれた。


「っく!?」


「手榴弾はフェイクか!」


「ちいい!」


 奴らが視線を切った隙に、私は急いで距離を取る。今も体力はギリギリだし、どこまで逃げられるかも疑わしい。死までの時間を、いたずらに引き伸ばしただけかもしれない。だが。それでも。


「おんや?」


 前から声がしたのは、その時だった。視線の先にいたのは、いわゆるチャイナドレスに身を包んだ、ブロンドの女。商売女か? いや、それにしては視線が鋭い。装甲をまとった私を見ても、眉一つさえ動じていない。これは、まさか。


「アンタ、訳アリかい?」


 女が、私に向けて声を放つ。あまりの唐突さに、私は一瞬、呆けてしまい。


「アンタだよ、アンタ。どこかで見たことあるようなナリをしくさってからに。追われているか、負けた直後か。いずれにしても、真っ当な話じゃないね」


 ブロンド女が、勝手に話を進めてしまう。しかも、推測のくせにやたら正確だ。私には時間がない。早く、早くどかさねば。


「どいてくれないか。私には時間がない」


 私は踏み込む。最悪の場合、暴力も辞さない。そういう構えだ。だがブロンド女は、カラカラと笑った。


饅頭マントウ屋は、こういう時なんて言ってたっけなぁ……。そうだそうだ。思い出した。『奇貨きかくべし』だ」


「なにを……」


 女が、注射器を取り出す。そいつをあまりにもあっさりと、自分の肌へと突き立てる。次の瞬間、猫型の……否、チーターが私の向こうへと駆け出していた。


「な!? 乱入者!?」


「敵対行為を視認、対処する!」


「撃て!」


 煙幕が晴れたであろう向こうから、スリーマンセルの動揺が響く。その隙に私は彼らから大きく距離を取り、適当な路地裏へと身を隠した。装甲の維持も、体力も。すでに限界だったのだ。


「はあ、はあ……」


 壁に背を預け、空を見る。次に追手が来れば、私は真に終わるだろう。そうなる前に、私は終わるべきやもしれない。


「やめときな」


 銃を手にした私に、声がかかる。先ほどの、ブロンド女のものだった。ただし姿は、チーターのまま。


「連中は」


「ひとまず散らした。正体がバレると厄介だから、このままのカッコで失礼させてもらうよ」


 そう言うとチーターは、私の服に牙を引っ掛けた。そのまま私は、持ち上げられる。私は持ち帰られる獲物じみて、甘噛みされる格好になってしまった。


「な、にを」


「さっきも言った通り。アンタには利用価値がありそうだ。だから、暴れんじゃないよ」


 そう言ってチーターは、近くの壁へと四肢を引っ掛けた。

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