殴り合う探偵
「知らねえって、言ってんだよ!」
俺の全力の右ストレートが、
「ぐおっ……」
エリックの身体が傾ぎ、唸るような声が聞こえる。俺は思い出す。遠い昔、俺たちの出会いは決して味方同士というものではなかった。輝けるエリック、地べたを行く俺。正反対のくせに、妙に鼻につく。今思えば嫉妬に近い感情が、俺をアイツに突っ掛からせたのだ。
『ちくしょう! 今日こそくたばりやがれ!』
『敵わないと、わかっているだろう?』
『うるせえ!』
毎日のようにケンカを吹っ掛けては、のらりくらりとかわされる。当然、フラストレーションは溜まった。そんな日々を変えたのがある一人の女。そして彼女の抱えたトラブルだった。
『……案外、やるんだね』
『悔しいが、認めてやるよ。お前は見てくれだけじゃねえ』
ある事情から真っ向勝負を交わしてわかり合い、手を組んだ俺たち。その前に、敵なんてなかった。トラブルも、あっという間に解決した。俺たちは、無敵のはずだった。しかし。
ソイツを急転直下に追い込んだのもまた、【
「エリックぅ! どうして
俺の叫びが。俺の拳が。エリックの装甲をぶっ叩く。エリックの身体が、再び傾く。だが奴は、そこで足を踏ん張った。続けて、技術もクソもない殴打が、俺に襲い来たった。
「それが、この街を守る方法だったからだ!」
「おごぉっ!?」
エリックの一撃が、俺の頬へとぶっ刺さる。ガッデム。わかっていた。あの日だってそうだった。結局最後は、ぶつかることでしかわかり合えないのだ。ただ一つ、異なることがあるとすれば。
俺は足に力を入れ、ソイツを思う。唯一の違いは、互いに負けたら後がなくなるってことだ。俺は負ければサワラビという翼をもがれ、アイツは負ければ上層部からの信頼を損ねる。まかり間違えば、消される危険だってある。故に。
「守るだぁ? そんな思いで、あの連中に尻尾を振ったのか!? 犬に甘んじたのか!?」
「甘んじてなどいない! 牙を磨き、喰い破る力を蓄えていたのだ! それのなにが悪い!」
俺たちは殴り合う。互いに足を止め、腹に力を入れて拳を叩き込む。装甲越しに殴り合う鈍い音が、路地裏を満たす。満たし続ける。
俺はとっくにすべてをかなぐり捨てていたし、エリックもすでに技を放棄したように見える。どちらかが崩れれば、すぐにでも取っ組み合いが始まるだろう。
「悪くはねえ! 悪くはねえよ! だがな! その喰い破るまでの間、泣いてる奴はどうする! テメエはどうした! 俺は!」
「私が、ただ見守っていただけと思うか? 私は、私なりにぃ!」
「そうかい! だがなあ!」
俺はエリックを張り飛ばす。エリックが押され、二、三歩たたらを踏んだ。すかさず俺は、その腹に拳をねじ込んだ。ヤツの身体が、「く」の字に曲がる。
「互いにそれじゃあ、限度があんだよ!」
「おおおおっ!?」
驚きの声が、エリックから漏れる。どうやら初めて、ヤツの想定を突破したらしい。そのまま俺は、逆の手で頬を殴り飛ばした。
「一人はあくまで一人だ。それじゃあ限界がある。一人が二人なら、アイデアとかで倍以上の力が出る。あの時、俺たちは」
「学んだな。ああ、学んだとも」
殴り飛ばされた黒装甲が、頬を擦りながら立ち上がる。あからさまにひしゃげた頭部が、キマイラ・ビーストに犯されつつある俺の拳、その威力を明示していた。
「だが、我々の道は分かたれていた。私と君の、進んだ先は異なっていた。ならば、やれることをやる他なかった」
「ソイツは、認めるぜ。お前が輝きを失っていなかったことは、俺も嬉しかったからな」
「なら」
「ダメだ。俺たちは、もう分かたれてしまった」
ヤツからの言葉を、俺は拒絶する。それだけは、呑めない。呑めば俺は、サワラビを失ってしまう。【
「おおおおお!」
俺は、吼えた。天にも届けと言わんばかりに吼えた。悲しいことだが、俺はやるしかなかった。身の回りにある危険を、エリックを排除する。その先がどうなるかなんて、俺には知ったことじゃない。助けてやれるかもしれんが、それとて言われなければお節介なのだ。俺の手にも、限界はあるのだ。
「むうっ!」
エリックが、初めて腕を防御に固める。先の一撃で、俺の拳を思い知ったのだろう。明らかに、最初よりも腰が引けていた。だが俺は、その上からでも殴ってやった。
「どうしたエリックぅ! 亀になったら、オシマイだぜぇ?」
「ぐぬううう!」
俺の拳に押されたエリックの脚が、あからさまに下がる。俺は今こそ、確信した。ここでやらなければ、俺の勝ち目は消えていく。
「はああああ!」
俺は、ギアをさらに一段踏み込んだ。とっくにフルスロットルではあるが、【ビースト】側に踏み込む覚悟さえあれば、そんなものはどうにでもなる。後が怖い? 知るか。俺にはサワラビがついている。アイツなら、俺をメンテナンスしてくれるはずだ。二発、三発。俺は防御の上から黒装甲を殴り付けた!
「ぐぬっ! ぐふっ! ジョーンズぅ!」
「うるせえ! 俺の
俺は今こそハッキリと告げた。そうだ。たとえ転がり込んで来たものにせよ、普段は迷惑とさえ思っているものにせよ。あの二人は俺にとっての日常なのだ。居場所なのだ。あのクマの濃ゆい女も、そばかす顔の自称・娘も。今の俺にとっては。
「なぜだ! そんなものなど、切り捨てて!」
「そういうところが、テメエの敗因だ!」
エリックが繰り出す苦し紛れの反撃を、俺は強化された視力でかわし切る。普段からは信じられないことだが、今の俺には奇妙な全能感があった。なんでもやれる気がした。アドレナリンか? それとも、闘争本能か? ともかく、ここでやらねば!
「ジョーンズぅ!」
「どうせやるんだったら、ハナから俺も切り捨てるんだったなあ!」
ドゴッ!
俺はエリックに馬乗りになり、グラウンドパンチを叩き込む。コンクリートと装甲が激突し、バウンドする。反動を利して、さらに殴る。殴る! 殴る! 殴る!
「ジョーンズううううう!」
「思い知れぇ!」
エリックの咆哮を無視して、俺は渾身の拳を叩き込まんとする。おそらくその時、俺は
「ハイそれまでョ」
意識が遠のく中、いやに時代がかった節回しの声。それは、紛れもなくサワラビのものだった。
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