確かめ合う探偵

 朝の光とともに、事務所周りで鳥のざわめきが響く。チュンチュンと雀が鳴くならば心地良いのだが、あいにくと下層ここじゃあカラスの鳴き声の方がデカい。おかげさまで、ブルシットな朝である。


「おはよう。まだ休んでいても良いんだよ?」


 気だるさに負けじと身を起こせば、安普請のキッチンからは鈴の鳴るような声。無論、こんな声の主など一人しかいない。とはいえ、俺は意識を現実に引き戻す必要があった。半ば無理矢理に、俺は言葉をひねり出す。こんな『寝起き』が発生する経緯など、一つしか思い付かない。


「……メンテナンス疲れで、か?」


「そうだねえ。珍しく、寝息を立てていたよ。この世で一番か、ってぐらい、幸せそうな寝顔だったよ」


「……チッ」


 俺は頭を掻き、ついでに舌打ちもした。普段はとても眠ろうなどとは思えないはずなのに、昨日に限っては意識が吹っ飛んじまった。しかしながら、俺は人間の体を保てている。【キマイラ・ビースト】に乗っ取られる悪夢も見ちゃいない。つまるところ。


「まあ、アレだよ。ジョン。キミはこれから、装甲を纏ってからでも眠れるよ。多分」


「……悪いことじゃあ、ないんだろうけどな」


 昨晩のコトを思い返しながら、俺はキッチンへ向かう。最悪だか最良だかわからんが、こんな朝にはカフェインが必要だ。俺はサワラビをよそに適当なカップへインスタントコーヒーをぶち込み、お湯を拝借した。そして――


「あづっ……だが、コイツがいい」


 舌が焼ける感覚が、様々な記憶を想起させる。だが、それさえも今は奇妙に心地良かった。マゾヒストかとでもツッコまれそうだが、今の俺にはそのくらいがちょうどいいのだ。


「とうとう被虐気質を身に着けてしまったか……」


「うるせえ」


 果たして、共犯者からは想定通りの茶々が入った。彼女にしては、キレもバリエーションもない一撃である。俺は適当にあしらい、所長席へと戻る。ここから先は、やらねばならないことが多い。


「……メンテナンスは、ありがとうよ」


「なあに。いつも通りのことをしただけだよ」


 礼を交わして、俺たちは座り直す。気が付けば席にはトーストと、ちぎったレタスの乗った皿が並べられていた。


「……随分と真っ当な朝食だな」


「朝食は活力。一人ならもっと手荒く済ませるが、他人を巻き込むなら考えるさ」


「なるほどな」


 俺はもう一度コーヒーを啜り、トーストにマーガリンを塗りたくる。どうせ活力になるなら、豪快にいってしまえ。俺はパンにかぶりつきつつ、非礼にならない範囲で話を切り出した。


「こっから先の話だが」


「うん」


「もう決まったモンは仕方ねえ。マッサからエリック……正確にはその手先あたりに、サワラビの情報が行く可能性が高い。ソイツは受け入れる他にねえ」


「だねえ」


 どこか他人事のように、サワラビはコーヒーを啜る。正直気にならないと言えば嘘にはなるが、そこを指摘しても出るものはない。コイツはコイツなりに、感じるものはある。そう信じる他なかった。


「んで……こっからは予測だが、俺がサワラビに付いてるとわかった以上。エリックは間違いなく俺のところへやって来る」


「根拠は?」


「勘……と言いたいところだが、根拠はある。アイツ自身が、アイツの最大戦力だからだ。ザコを何人も取り揃えるより、アイツ自身が出張ったほうが手っ取り早いしコトも片付く」


 なるほどね。そう言ってサワラビは、コーヒーに口をつけた。なにが入ってるやらわからんコーヒーだが、間違いなくサワラビの頭脳には寄与しているのだろう。そのまま彼女は、たっぷりと時間を取って。


「そのシナリオが、最大予測だねえ。部隊を動かすのは、面倒だろうし」


 さっくりと、俺の言葉を肯定した。その上で彼女は、言葉を、手掛かりを手繰っていく。


「と、なれば。やはり戦いは避けられないねえ。キミの考えが正確なら、あの黒装甲が出て来るんだろう? 不利極まりないじゃないか」


「そうなるな」


 俺は、肯定しつつコーヒーを啜った。俺とアイツの装甲性能に差があることは、あの一度の対決だけではっきりとわかっていた。互いの素の経験差や、対決した状況などの違いも、あるにはあるだろう。だが、では勝負にならないことだけは痛感していた。


「第二段階を使う」


 だから、俺は明言した。アイツには、エリックには。俺のすべてをぶつけないと始まらない。それができないのなら、俺にはあの男の前に立つ資格がない。サワラビに啖呵を切った意味もない。ただのブルシット、負け犬で終わりだ。この街から逃げ出す方がマシまである。ソイツはごめんだ。


「やるのかい」


「やる。そうしなければ、アイツには勝てない」


「わかった。メンテナンスは請け負おう」


 サワラビが、こちらに視線を向けて来る。俺はソイツに、しっかと目を合わせた。共犯から、一歩進んだナニカを、俺は感じ取っていた。なにかはわからないままだが。


「オーケー。じゃあ懸念に対してはそう振る舞うとして……問題はご依頼の方だね」


「ソッチはマッサからの連絡待ちだろうよ」


 焼き上がった二枚目のトーストを、俺は手に取る。気付けばサワラビは、二杯目のコーヒーを啜っていた。砂糖とミルクを嫌になるぐらいにブチ込んでいたのは、見てないことにした。視覚だけで、舌がやられそうだからだ。


「とはいえ、ボクたちだって『動いてるフリ』ぐらいはしないと見栄えが悪いだろう」


「ソイツはたしかに、だ」


 マーガリンを塗ったトーストを頬張りつつ、俺は応じる。事実、マッサに丸投げするだけでは、あまりにも探偵のする行為じゃない。俺は脳内で、他のツテを辿っていく。エリックの手は、どこまで届いているのか。現状では、あまりにもリスクが大きい気もする。


「探偵の基本。調査は足から、か」


 俺は思わず、呟いてしまった。師から教え込まれた、探偵の基本のキだ。


「どうした?」


「いや。ツテに頼り難い以上、足を使うしかない」


「なるほどね。ま、たしかにソレが最善か」


 レタスに口を当てながら、サワラビが答えた。正直なところ、できることが少なすぎる。少なすぎるが、それさえもできないのなら探偵をやめた方がマシだった。


「食うモン食ったら行くぞ。俺の落ち度とはいえ、時間がねえ……と!?」


 最後の一口を口へ放り込み、所長席を立とうとした瞬間。安っぽい着信音がけたたましく鳴り響いた。一瞬サワラビが脳裏によぎる。だが彼女は目の前だ。ならば? 俺は携帯を手に取る。画面には、『マッサ』の三文字が記されていた。


「おいおい。いくらなんでも早すぎねえか」


 俺は早速通話ボタンを押す。ついでに、スピーカーもオンにした。無断でやるのは憚られるが、今回ばかりは情報共有の方が先だ。しかし俺の耳をつんざいたのは、少々想定外の情報だった。


「もしもし、俺だ。……はぁ? 捜索対象は七番の歓楽街!? また厄介なところだな?」

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