おはよう未来。

瑞原えりか

第1話

「おはよう」


 こちら、二十一世紀二〇二一年。人が免疫を獲得していない未知の病原体が突如現れ、人間社会を襲うようになりました。これがかの有名な新型コロナウイルス感染症です。このウイルスの感染者は、第一号の発症者が現れてから約一年で、九四九五万人に拡がり、死者は全世界で二百二万人……今現在も増え続けています。今日もあちらこちらで聞こえてくるのは、「本日の新規感染者数は……」。

 不安と疑念が渦巻くこの世界に、私は今生きています。


 ちなみに、私は今、高校三年生です。高校最後の夏、一心不乱に目指してきた全国高校総体出場は叶いませんでした。大会で終わるはずだった私の弓道部人生は夏の終わりと共に静かに幕を閉じました。本当に無念で、辛くて、しばらく抜け殻のように過ごしました。

 毎日毎日、あんなにうるさかった蝉は鳴かなくなり、学校へと続く銀杏並木は色づいて、体育祭は中止になって、文化祭はオンライン。そのうち街がクリスマスソングで染まりました。工夫しながら、それなりに楽しんできたけど、ライブも打ち上げも行けないこの状態になんだか切なくなりました。

 でも、今もなお、毎日どこかで、誰かの日常が失われています。当たり前の毎日が、突如奪われています。苦しんでいる人がいるんですよね……。

 医療現場の最前線で、ウイルスと戦っている人がたくさんいます。それなのに私はただ、生きているだけです。

 歯痒さと、なんとなくの憂鬱な気持ちで、夜が来たら眠りに落ちて、また朝を迎えます。



「四時五十五分! 四時五十五分!」

アラーム代わりにしているめざましテレビのめざましくんがうるさく鳴って、私に朝を教えます。

「おはようございます! 一月十八日月曜日のめざましテレビです!」

いつ見ても爽やかな永島優美アナのハツラツとした声が聞こえます。

「今日からテーマソングが変わってるんですよね」

軽部アナの安定のロートーンの合いの手に、百企業あったら百企業にいそうな三宅アナの優しいコメントも聞こえてきます。

 こんなに憂鬱なのに、思わずほっこりしてしまうのはなぜでしょう。カーテンを開けて、朝の光を浴びます。今日も一日が始まりました。



もう何日も勉強ばかりの毎日だけど、

「おはよう」

弟に会いました。


もうすぐ誕生日なのに、何の予定もないけれど、

「おはよう」

母に会いました。


だいぶ前からチケットを買っていた、推しのライブも行けないけれど、

「おはよう」

近所のおばちゃんに会いました。


どうやら好きな人が熱っぽいっらしいのですが、

「おはよう」

友達に会いました。


「おはよう」

学校の先生に、給食のおばちゃんに、リモートの友達に、うさぎ小屋のうさこに、図書館でしか話さない、秘密の友達に。


 どんな日も、どんな日が来ても、私はきっと毎日言うんです。

「おはよう」

やがて、朝は来る。この言葉で、私は少しだけ元気になれます。


P.S.未来へ

 私は負けません、今、中止になったこと、全部やってやります。出来ないなんて言わせない。全部の予定を詰め込んで、必ずやり遂げます。

 そして、その日の朝を迎えたら、きっと。


「おはよう」


そう言って、新しい今日を始めます。

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おはよう未来。 瑞原えりか @erie1105

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