シャーク・アタック

あ……。はい、はい……。えーと、ただいまご紹介いただきました旧ゲームシステム企画部の、チーフデザイナーの、井伏と申します。その、よろしく、お願いします。……よろしくお願いします!!!


本当に、あの、本当なら、僕、じゃなく、私なんか、入社式のスピーチやるような人間じゃないと思うんですが、どうしてもやれと言われたので、すみません、私から皆さんに、歓迎のスピーチを、させていただきます。


えーと、その、まずは、新入社員の皆さま、この度はご就職おめでとうございます。なんて言うか、これから一緒に働けること、楽しみにというか、いや楽しみにしております。その、本当、変な意味とかじゃなく、です。


あの、ご存知のこととは思いますが、その、我が社は、海底ケーブルの敷設、これに関わる保守一般を行なっている会社でして、皆さんも、在学中はそういう勉強をしてこられたのではないかと、勝手に思ってます。


部署名でも分かると思うんですが、その、私、職種としてあまり通信技術に詳しいわけでは無いので、正直なところ、どんなものなのかもよく分かっていないのですが、とても大事だとは思ってます、海底ケーブル。


えーと、海底ケーブルは、その、現代の通信技術に欠かせない設備で。インターネットなんかも、これがないと出来ません。はい。太いケーブルが、世界中の海底に張り巡らしてあって、これを誰かが守らなきゃいけない。


皆さんは、これから、ウチの会社が出している海底ケーブル保護機器の、「運用」をすることになると聞いてます。私はこの中で動いているソフトウェアを作ってて、……本当、今後ご迷惑をお掛けすると思います。はい。


その、そもそもの話なんですが、この会社は、僕、じゃなかった私と、現社長の井上と、あと今はもういない坂下ってヤツの三人ではじめたインディゲーム開発チームで、もともとこんな事業やってなかったんです。


その、坂下ってやつが、当時流行ってたバトロワのゲームが好きで、で、井上が絵を描けて、僕がゲームエンジン触れたんで、「これ俺らでも作れるんじゃね?」ってなって、ゲーム作りはじめたんです。最初は。


……最初に作ったのは「ダブルヘッドネード」ってゲームなんですけど、これ、遊んだことあるよーって人、いませんか……? ……あ、はい、ごめんなさい。大丈夫です、そうだろうなとは思ってたんで、はい……。


……えーと、で、その、ダブルヘッドネードってゲームなんですけど、最初に作ったゲームにしては結構良く出来てたなって思ってて、リリース直後は評判も悪くなかったんです。バカバカしいのが好きな客がついて。


僕が、あの、私が、前からバカバカしいゲームが好きで。当時ってバトロワとかもそうですけど、どんなゲームでも人気になると競技になっちゃってたんで、いっそそういうのになりようが無いやつ作るかーって思って。


二つ首のあるゾンビが海からトルネードに乗って飛んでくるって設定で、それでどんどん生存者側の陣地が少なくなっていくんで、その、ゾンビ映画であるじゃないですか、助かる為に他人をゾンビに差し出すんですね。


全世界で25000だったかな……? なんか、まぁそれくらい初動でダウンロードされて、対戦がバカバカしいけどアツいって言われて、結構、自分でいうのもヘンですけど、順調な滑り出しだったんですよ。


……その時は、やっぱりこのゲーム面白いよなーって、このままゲーム作って生きていけるんかなーって思って……。結果的には、うまくいかなかったというか。……皆さんも、言われても困りますよね、こんなこと。


もしかするとこれは知ってる人いるかもしれないな……。2025年にあった大規模な通信障害の話って、誰か知ってる人いますかね? いたら手を挙げて欲しいんですが……、あ、そうですよね、やっぱりそうですよね。


サービスから一か月だったかな、それくらいでゲームの最初のイベントやったんです。「幽霊大八車の襲撃」って、誰も乗ってない山賊の幽霊大八車が、荒れた山の中を一人でに動いてやってくるってイベントで。


で、このイベントの最中に、さっき言った通信障害が起きちゃって……。太平洋の、オアフ経由の海底ケーブルだったかな。それが、切れちゃったんです。それで、日本とアメリカの間の通信が一時停止寸前になった。


当然なんですけどイベントどころじゃなくなっちゃって……、返金とか、えらいことになっちゃって……。今考えたら……また別の道もあったのかなと思ったりするんですけどね……。言っても、仕方ないんだけど……。


あ……、ごめんなさい、話が、脱線しちゃった。えーと、なんだったかな。そうだ、あの、じゃあ、その、通信障害の理由がなんだったか、分かる人、いますか……? ……あー……いない、かな。いや、大丈夫です。


あの、あれはですね。鮫、だったんですね。


海底ケーブル、たまにね、鮫に食べられちゃうんです。鮫ってね、ロレンチーニ器官って言って、鼻先にゼリーが詰まってて、微弱な電流をね、感じ取れるんです。鮫。これで、暗い海中でも、獲物が探せる。


鮫ってね、凄いんです、本当。本当に凄くて。海底ケーブルって、深海でも圧に耐えられるように特別頑丈に出来てるんです。でもダメ、あいつら本当執念深いから、何度も何度も噛みついて、いつかは食いちぎっちゃう。


通信ケーブルは、通信ケーブルなんで。どうしても微弱な電波が出ちゃうから、鮫は餌と勘違いしちゃうんですよ。あれって復旧にどれだけかかったかな……? 一ヶ月……? 何百億、とか、そんな損害が出て。


……ウチも、結構力入れて準備してたイベントだったから、結構な被害で。でも、そういうこともあるさって、思って、次のイベントこそ頑張ろう、次のアップデートこそ頑張ろうって、やってたけど、本当、ダメで……。


……鮫がね。ダブルヘッドネードで何か動きがあるたびに、その、海底ケーブルを、食いちぎっちゃって。毎回、毎回、今度こそやるぞ、今度こそ面白いぞって用意してたやつが、全部、やられちゃったんです。


……ごめんなさい、本当、思い出すだけでも、辛くて。ダメだ、泣かないって決めてたのに。ごめんなさい、……絶対今度は好きになってもらえる、今度はいけるってやってたのに、本当、……うまく、いかなくて。


そうやって、毎度毎度鮫に食いちぎられると、人間って、なんで自分はこんな無駄なことしてるんだろうって気分になってきて、次第にね、何やってもダメだ、どうせ鮫に襲われるって気になって、何も手につかなくて。


……ごめんなさい、こんな話ね、皆さんには関係ない話なんで。ごめんなさいね、ちょっと、深呼吸しますね。………はい、すみません、お待たせしました。えーと、どこまで話したかな、そうそう、鮫ですね。鮫。


……鮫が、ね……。……ダメだな、あの、はい。えーとね、大丈夫ですよ。考えようによっては、これはとても良いことで。僕の……私の作ったゲームはね、鮫にとっても好かれていた、とも、言えるんですね。


転機になったのはね、国際海洋通信委員会ってところからね、連絡があってからです。これが何の通知だったかというと、ウチのゲーム、ダブルヘッドネード、これを。……ストアから、消してと。そう、お願いがあって。


……おかしい話ですよね。本当、おかしいよ……。国際海洋通信委員会が、ゲームを配信停止にしろって、こんな……さ……。……あ、いや、おかしくないおかしくない、なーんにもね、おかしくなかったんです。


……僕の……。あっ、くそ……。もういいや。……僕の作ったゲーム、ダブルヘッドネードは、鮫から、本当に好かれているらしいんです。このゲームに関する通信が海底ケーブルを通ると、鮫がウヨウヨ寄ってくる。


理屈は、分からないです。なにがそんなに鮫の琴線に触れるのかは、分かんないけど。ウチのゲームの通信トラフィックが増える、その瞬間に海底ケーブルから発生する電波が、鮫には、物凄く魅力的に感じられるみたいで。


……このゲームのオンライン対戦が行われると、海底ケーブルに対する鮫の攻撃性が、7000%、あがるらしくて。7000%。もう、本当に、楽しそうに見えるんじゃないかな、鮫からしたら、このゲームが、本当に。


だから、国際通信の為に、ゲーム内容をアップデートで変えるか、一旦、リリースを取り下げてって、そう言われて。……あれこれやったんですけど、結局、僕のゲームの何が鮫を惹き寄せるのかは、分かんなくて……。


……へっ……。どうもね、僕のゲーム、人間にはウケが良かったわけじゃないけど、鮫には、凄い評判が良かったみたいで。お客さんを選べなかったのが運の尽きというか、才能の違いだったと言うか、そういうやつで。


海底ケーブルが一回切れるごとに、何百億円とか言われたら。それと比べたら、僕が、ゲームをリリースする、しないなんて話は、本当に小さい、小さい世界の、鮫しかいない市場の話だと思ったんで、配信、やめました。


……みなさんは、おそらく、研修を受けた後、フィリピンとか、マラッカとか、東南アジアの方に駐在することになるんじゃないかなと思います。そういうところは、多いから、鮫が。ウチの製品が、多く使われてて。


重要な海底ケーブルに鮫が攻撃を受けないよう、ダミーの海底ケーブルが敷いてあって、そこに鮫を攻撃させるんです。その為の、囮みたいな機器です。僕は、その機器を動かしてる、中のソフトウェアの開発者、なんです。


……もう、お分かりと思うんですが、今、その機器を動かしてるソフトが、その時の、ダブルヘッドネード、です。……ゲームで作った負債は、ゲームで返すしかないって、なって、やり方は、選べる立場じゃ、なかったので。


僕ね。毎日、水深8000mのところに沈められてるダミーの海底ケーブルに対して、24時間365日、bot同士でダブルヘッドネードを対戦させるデータを、流し続けてます。毎日、毎日、ずっと。深海で、動かしている。


……おかげさまで、海底ケーブルへの鮫の攻撃被害は、ここ十数年減る一方です。……ダブルヘッドネードの導入台数は、上がる一方。受注があるたび、自分の作ったゲームを、誰も遊ばないまま、深い海の底に沈めて。


二度と引き上げられないようなところに、沈めて、耐用年数が過ぎたら、中身をくり抜いて、深海魚の棲家として転用する環境保護プロジェクトの台座に使われて。アンコウが住み着いたり、タコが住み着いたりして。


毎日毎日、誰も遊ばないと分かっていながら、ゲームをアップデートして。自分が面白いと思ってゲームをアップデートするたびに、鮫が、……鮫が。どんどんどんどん、電波に!!!引き寄せられて!!!


ケーブルを食いちぎって!!!botとbotがダラダラ戦い続けるオンライン対戦のマッチが中断されて!!!耐用性のために、同時並行で何線も何線もケーブルをひいて、何戦も何線もbot同士のゲームを動かして!!!


……皆さんには、その、「運用」を行ってもらうことになってます。……本当に、仕方のないことだけど。私の作ったゲームを、「運用」してください。いろんな種類の鮫に、食いちぎられて、ゲームが、止まっちゃうので。


シュモクザメも、ジンベイザメも、ノコギリザメも、ネコザメも。……カスザメも!テンジクザメも!ホホジロザメも!!オオメジロザメも!!イタチもメガもアオもトラフもウバザメも!!!どいつも、こいつも!!!


なにをやっても、ダメだったんで……!ダメなんです……!どう足掻いても、来る……!あんな頭空っぽな連中に、好きも嫌いもないんだよ……!ただ、連中は、僕のゲームを捕食したいだけ……!だけだから……!


僕は、鮫が、嫌いです……!だから、皆さんも、アイツらを、憎んでください……!僕のゲームが、あのバケモノどもに、噛まれて、引き裂かれて、バラバラになってる内に、皆さんは、ヤツらを、止めてください……!


……僕は。ゲームを、作ります。自分が面白いと思ったゲーム、作り続けます。……だから!!!……皆さんは、それを、「運用」してください。あいつらは、必ず来ます。ゲームが始まる時、終わる時、いつでも来ます。


……大変なお仕事になると思いますが、頑張ってください。そして、本当に、ごめんなさい。作ったゲームが、鮫に、好かれているか、嫌われているか、その、どっちかで。本当に、これから、ご厄介に、なりますが。


皆さんの、ご活躍を、お祈り、致します。


……そして。もしも、もしも万が一にも、皆さんが、気が向いて、お休みをとれるようになって、ちょっと、何というか、これは、強制ではないんですが、世界中で、もう、皆さんにしか許されないことであると思うので。


「運用」じゃなく、「プレイ」も、して、いただけたらと、願って、おります。


……ごめんなさい、ダメですね、良くない、ことでした。今の、無かったことに、してください。……あの、ご清聴いただき、本当、ありがとうございました。皆さんの、これからのご活躍、心より、お祈りしてます。


……あの、念のためですが、年休は、半年後から、出ますので。……それだけ。

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