精神論

「おっ、チャレンジだ」


「あーチャレンジだな、やっぱりここでチャレンジ入るかー、いいよいいよー、チャレンジ権残しといて良かった、ナイス判断ナイス判断」


「このチャレンジって、ようはさっきのホームランが入ってるか入ってないかって、そこをビデオ判定で確認し直て欲しいって話だよね」


「まぁそうだわな、でもボールが入っているか入ってないかっていうより、多分スタジアムのAIに自我があったかどうかってとこを判定されるんじゃないの?」


「自我?」


「自我」


「なに、自我って」


「お前さっきの当り見てなかったの!? スカーンと飛んできたボールがさ、こうビューンってセンターの頭超えて、バックスクリーン前のロボット応援団スペースに入るか入らないかーってなって……、あーってなったところでスッと、最前列のチアロボットがボールに手を伸ばして、捕っちゃったじゃん」


「いや、見てたよ、そこは」


「野球場ってどこも客席の形がバラバラだから、スタジアムごとにその特性に合わせたグラウンドルールが決められてるだろ。ここ焼スタだったら、あそこ、バックスクリーン下、センターのフェンスの真上、垣根とロボット応援団が建ってるスペースにボールが当たったらホームランって扱いになるわけ」


「そうなの? じゃあやっぱりホームランじゃん、あのロボットにボールが当たったらホームランってことになってるんでしょ?」


「だーかーらー、そこが問題になってるからチャレンジかかってんじゃねぇか。よく考えてみろよ。それって言うのは『フェンスの上にあるものは舞台装置で、本来あっても無くても良いものだから、ここまで届いたんならホームランとみなしますよ』っていうことを後から揉めないために決めてるルールだろ?」


「まぁ、そうだね」


「だったらお前、その単なる装置であるはずのロボットがある日突然自我を持って、自分のところに飛んできたフェンスすれすれのボールに手を伸ばして補球しちゃったら、どんなボールでもロボットが触れたからホームランとしますね!みたいな無茶苦茶が通っちゃうじゃんか。……あ、お姉さんビール」


「ああ、なるほどね……。あ、お姉さんこっちも、もう一つ」


「はい、1000円ね。ありがと!……お前あとで500円返せよ。いやー、でも、さっきのは俺の目には自我を持ってるように見えたけどなー、何というかさ、目の前にまで飛んできたホームランボールに、思わず手を伸ばしてしまった野球少女かのような……。ロボットだったから分かりづらいだけで、よくある話だろこういうのって」


「野球少女、ねぇ?」


「なんだよお前、やっぱり見てなかったな? 本当こう、ギリギリのところまでボールが飛んできてさ、センターの曲も追いかけてってさ、入るか?入るか?入るか?入るか?ってとことで、スッと、こうスッと手を伸ばしたんだよ」


「スッと、ねぇ?」


「あれを見て『ロボットには自我なんて芽生えませんよ~』とか賢そうなこと抜かす奴は、俺はもう人間性疑うね、疑っちゃう、そんなヤツ心が0と1で出来てるよ、ヒューマンマシーンだ、スタジアム来るな、データサイトで統計でも見てろ」


「よくもまぁ一言の中でそうポンポンポンポンと矛盾が出来るな……、いやロボットに自我は芽生えないと言うつもりはないけど、あれって100年くらい前の設備でしょ? ウイルスの関係で無観客試合やってたころのでしょ? しかも裏で動いてるのってスタジアムに直結してる管理AIでしょ? そんな……自我とか、ありえるか?」


「はい、0と1、心が0と1だわお前」


「うわ出た精神論」


「精神論ってなんだよ!ファンとしての矜持の話してんだぞ俺は!あと精神論ってのはこういうんじゃねーよ!これは単なる……心の問題とか、なんかそんなんだろ!」


「いやいや、焼饅頭スタジアムにケチ付けるわけじゃないけど、市の歴史的建築物にも登録されてんでしょここ? あれに自我が芽生えてるってなったら、同時にスタジアム全体に自我が芽生えてることになるわけで、そんなこと言ったらトイレの水洗システムとかにも自我があることになっちゃうじゃん」


「ほーんと心が0と1だわお前、スタジアムに自我が芽生えて何がイヤなんだよ、トイレの水洗システムにだって自我があるなら結構なことじゃねぇか」


「俺にはお前がそこまで焼饅頭スタジアムの肩を持つ気持ちが分からないよ……」


「あのなぁ、こういうのは歴史の積み重ねなんだよ。見ろ。ああして外野スタンドに座ってる連中、全員気合入ったライノスファンだろ。最下位争いの常連だった暗黒時代を経て、それでもライノスを応援して、今季それこそ100年ぶりに優勝するかしないかってところまで追いかけ続けてきた見上げたファン連中だよ」


「はぁ」


「でもそんな熱のこもった連中でさえ、一人として100年間同じチームを応援し続けた肝の据わったファンはいない。それどころかたった1シーズンで考えてもだ、『毎日球場に来てますー』とか言うやつでさえ、どうせ年に1日か2日は見に来てないだろ、試合。俺らだってそうだろ、実際見に来れてないだろ」


「俺はともかくお前はマジで毎日球場来てる気がするが」


「それに引き換え、だ。あいつ、あのチアロボット。あいつは、100年前の球場開設から、1日も欠かさずあそこで、外野の最前列でライノスの野球を見続けてきた。100年の内一回もシーズン優勝してないんだぞ。一回も。自分の目の前で沈みゆくボールを、一体何千球、何万球見てきたことか……」


「あ、お兄さん、チリドッグ」


「それ考えたらだぞ、それを考えたら、だ。この局面、1アウト一塁、三番皆月、シーズン優勝が懸かったこの試合で、純粋無垢なファンが、飛んできた大飛球に手を伸ばそうとした。たった一回。たった一回だけの奇跡。そんな美しい物語にお前、……いったい何をそこまで意地になってケチ付ける必要がある?」


「……ええと、何の話だったっけ?」


「お前はライノスアンチなのかって言ってんだよ!」


「いや……ライノスアンチはお前だろ……」


「あーもう、言うに事欠いてお前、そういうクチの聞き方するのかよ。怒られるぞ。焼饅頭スタジアムを設立した100年前のライノスファンの英霊に。お前今日ここに来るまで駅おりてすぐ通ったはずだろ、"明日への回廊"、あのばーって名前が壁に彫り込まれてる通路、あそこ通ってスタジアムまで来ただろ?」


「ああ、そういや通ったかも、うわ、ケチャップ着いた」


「あれはな、100年前のライノスファンが、当時からしてお荷物貧乏球団だったライノスがいつか華々しく優勝する日のために、みんなで金出して球場建てたっていう誇りの証なんだよ。一人一人がライノスのサポーターであり、一人一人がライノスそのものであるっていう証。それを未来永劫知らしめるためにあそこに彫られてるの」


「へぇ、俺てっきり過去の名選手の名前かと思ってた」


「ライノスにあんな何万人も名選手いたらもっと早く優勝出来てるわ」


「そりゃそうだ……お前ティッシュ持ってる?」


「あるよ、はい、お前なぁティッシュ売店で貰っとけよ!」


「ありがと。え、あった?」


「配ってただろ!99デーだって!クリアファイルとボールペンとティッシュ!」


「あー、見逃してたかも」


「お前、本当、横にいるのが俺だったから良かったけど、これが革ジャンに選手の刺繍入れてるタイプのライノスファンのおっさんだったら喧嘩になってたぞ」


「そんなおっさん今時いるか……? はい、返すわ」


「きたねぇな!いらねぇよティッシュの残りは!いるだろたくさん!と言うか今日はそういうおっさんのための日でもあるだろ99デーなんだし!」


「なに99デーって?」


「……お前、始球式寝てたの?」


「いや、見てたよ、なんかお爺さんが投げてたじゃん」


「お爺さんじゃねぇーよ!ライノス往年の大エース川野が投げてただろ!」


「川野?凄いの?」


「凄いかと言われると総合成績的には凄くはないけど……、それは生涯ライノスで投げてたからって理由があるからで十分凄いピッチャーだよ。川野も言ってたじゃねーか、このスタジアム、そしてファンの皆さんと共にライノスはありーって」


「あー、確かになんか言ってたかも、そういう精神論っぽいやつ」


「あのなぁお前、精神論、精神論って……」


「でもそう聞こえたんだもん!」


「ライノスってチームにはな、永久欠番は一つしかないの、それが背番号99なんだよ。川野の背負ってた14でさえ欠番になってないんだぞ!じゃあその99は誰の背番号かって言うと、この焼饅スタジアム、そしてさっきも言った通りその設立に貢献したライノスファンの背番号ってことになってる……分かるか? この情緒が?」


「分かる分かる」


「分かってねーだろ!」


「いや分かったって……つまりライノスにとって、あれでしょ、焼スタはかけがえのないチームメイトの一人だぞーってことが言いたいんでしょ?」


「そうだよ!……いやそうじゃない!焼スタはライノスにとってチームメイト以上だから。あれだよ、ここはな、ライノスにとって守護神的な、ご神体的な存在なんだよ。だからな、ライノスファンなら、ライノスを真に愛しているファンなら、さっきのは絶対にスタジアムが自我を持ったって思うはずだって言ってんの!」


「ご神体、ねぇ」


「お前さてはバカにしてない?」


「してないしてない」


「ライノスファン、敵に回す気か?」


「誰がライノスファンとか言えるような立場でもないでしょお前だって……」


「いーや、言うね。焼饅頭スタジアムに自我がないとか、こんなの言ってみたら『焼饅頭スタジアムは機械だからライノスファンとは認められません!』って言ってるみたいなもんだからな。仮に、物理的に、本当のところはそうなんだとしても、ライノスファンを名乗っておきながらそれを公言するような奴には……心がない」


「まーた心のハナシかよ!」


「何度だって言ってやるね!これはな、心の問題なんだよ!お兄さん、こっちポテトください!これはファンとしてのありようの問題なの!考えてもみろ。この100年間でライノスが一体何回この焼スタに助けられたか……。クライマックスシリーズ進出をかけた大フライが突如空調で揺らいだとか、お前も覚えてるだろ!?」


「あー、あったねそんなこと、お兄さんこっちにも一つ」


「ライノスはな……守られてるんだよ……このスタジアムに……。あれが100年前のファンの想いなのか100年間野球を見続けたスタジアムの起こした奇跡なのか、それは分からん、分からんけど、あれはスタジアムの意志なんだ、俺ははっきりと見た、あれはライノスを想うスタジアムの意志で間違いない……!」


「ちょっと、ちょっと」


「なんだよ」


「ポテト、払っといてよ」


「お前ポテト代くらいいい加減自分で出せよ……」


「後で払うからさ、心で、心で頼むって」


「分かったよ……お前さっきのビール代とあわせて1200円だからな」


「はい、覚えとくよ……、にしてもタイム長いね」


「いい加減ライノスファンもしびれ切らしてきてるな」


「あの叫び声、っていうか野次、ライノスファンのヤツ?」


「そうだろうな、多分。熱心なライノスファンならここは『スタジアムが自我に目覚めた』以外の結論にはならねぇだろうし、そう思わないファンとの間でちょっと揉め事起きてるんだと思う、嫌だねー、合理主義的ファンの皆さんは、そういう情緒の話をするとすぐ精神論だなんだって茶々入れるからな」


「……こわ」


「あ、おい、審判団来たぞ」


---キーン


「うるさ」


「おい、静かにしろ、聞こえねぇよ」


---えー……さきほどのー……ホームランにつきー……


「お、きたきた」


「どうなるどうなる」


---申し出がありー……再度確認をしました結果ー……


「うるさいな外野が」


「お前もうるさいって!」


---自発的意思があったものとみなしますー……


ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


「うわー!マジで自我があったって認めてる!」


「よっしゃ!!!よっしゃ!!!さすがは主審江角ちゃん!!!名審判!!!野球も人情も分かる色男!!!いつもお世話になってます!!!いやーライノスファンもこれは嬉しいだろ、明日の一面決まったな。大岡江角、歴史に残る名捌き!」


「え、これどうなるの?」


「そりゃお前、ホームラン取り消しに決まってるじゃん」


「え?」


「ツーベース扱いでしょ」


---ライノス三番皆月選手の打席をー……


---ツーベースとして試合を再開しますー……


「ホラみろ」


「え? なんで?」


「なんでもなにも……、そりゃあのロボットに自我があったからだろ? 最初からそう言ってるじゃん。お、四番のシュールストロム出てきたわ、はいゲッツーゲッツー、今日タイミング全然あってないから敬遠いらないよー」


「いや、今の、よく分かんなかったんだけど」


「よく分かんなかった?」


「うん」


「え……? だから、あのロボットがもしも単なる舞台装置だったら、そこに当たったらホームランになるってグラウンドルールなのは分かってる?」


「分かってる」


「でも、あのロボットには自我があって、あろうことかフェンス際ギリギリに飛んできたボールに手を伸ばして捕っちゃったってのは分かってるよな?」


「分かってる」


「自我の無い舞台装置ならまだしも、自我があって、自分の意志で、それもライノスのために球を捕ったんなら……、厄介なファンの守備妨害だろ、それって」


「え、ええー!?」


「いやそりゃそうだろ……、あ、いいよいいよ、全然タイミングあってないよー」


「じゃあ、あいつに自我があったらライノス不利じゃん!お前じゃあさっきまでなんでライノスファンなら自我があると認めるに決まってるとか言ってたの!?」


「え……? なんでってお前、そんなんさっきお前が言った通りライノスアンチだからに決まってんじゃん。……あっ!お前肝心なとこで話しかけんなよ!4-6-3のゲッツー!やったー!!!ざまあ見さらせライノス!!!」


「あっ!」


「いやー、一時はどうなることかと思ったわ……。本当毎度のことながらエンデベは劇場なんだよなー。でも終わってみれば良い投げっぷりだった、ライノスはこれでもう上がり目はないな、言うことなしだわ」


「お前」


「なんだよ」


「本当は単純にライノスに勝たせたくなくて、ライノスファンがスタジアムに並々ならぬ思い入れがあることを知ってて、ライノスファンなら自我があると認めて当然とか、あれだけワーワー心心って騒いでたのか」


「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ!俺はお前、心の底からだよ。敵チームとは言えだよ? ライノスの歩んできた歴史、ライノスの作り上げたチーム、ライノスの作り上げた精神。そういうものをライノスファンには大事にして欲しい、いや、ライノスファンなら大事にするに決まってるって、そういう……心の話をしてただけじゃねぇか!敵チームながらあっぱれ、心から拍手を送りたいよ俺は!」


「ああそうですかそうですか、それがたまたま贔屓の勝利に繋がっただけって、つまり、そう言いたいわけだお前は、良い性格してるよマジで」


「お前な、言い方あるだろ、もうちょっと。……でもまぁ、野球ファンとして焼スタに自我あって欲しかったと思ってたのは本当だから」


「へぇ、どんな言い訳だよ」


「いや本当だって。だってここでライノス勝っちゃやっぱダメでしょ。ここでライノス負けとけば、チアロボットももうあと100年は応援出来るだろうからさ」


「お前……」


「なんだよ!」


「心が、0と1だわ」


「なんだ、俺にも自我があるってハナシか?」

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