交換
「姉さん、あんたさ、"クオリア交換"って知ってる?」
『いや、知らない。仕事柄、そういうオカルトとは距離を置くようにしてるんで』
あくまで仕事上の経験則として。ボロいアパートで長く管理人をやっている爺さん婆さんは、とにかくやたらと人恋しがってる印象が前からあった。無理もない。こんな薄暗い場所に住んでたら、誰だって陰鬱な気分になるだろう。だから出来る限りそっけない顔で、さも仕事の邪魔だと言わんばかりの態度で応対すれば、あることないことベラベラ喋ってくれるだろうということは最初から分かっていた。
「あんた、そんな物騒なナリしてモノを知らなさすぎるね!オカルトなんてとんでもないよ!"クオリア交換"ってのはね、クスリだよクスリ!こわーいクスリ!あんまり言いたかないけどさ、丁度そうしてアンタが片付けてる遺品あるでしょ、それ持ってたジジイがやってたのよ!アンタなにも聞かされてないの? ここに住んでたジジイはね、クスリやってて死んだんだよ!クスリで!」
管理人の婆さんの言う通り、狭い部屋の中にはあちこちに人型の染みが残っている。ゲームを遊んでいた人間の染み。両サイドが手垢でべっとべとに汚れたマウスからは、空き缶だらけのデスクを縫うようにして肘の皮膚が擦れた汚れが続く。萎びたゲーミングチェアには染み込んだ汗が天使の羽のような模様を浮かび上がらせ、床には負けた腹いせに踏んだ数千回分の地団太がクッキリと残る。そういう類の染みだ。
「ここに住んでた爺さんね。ゲームの遊びすぎでおかしくなっちゃって、それ以来ずーっと医者かかってたの。医者嫌いな爺さんでさ、医者にかかんなきゃいけない身体の癖にまともに行きやしない。医者にも行かずずーっとゲームやってるんだよ!? それで身体崩してさ、お金もなくなって、一時期なんて借金取りがひっきりなしに入ってきてさ、私もえらい迷惑したんだから!あれよあれ、ゲーム中毒!」
部屋の住人の名前はグエン・バン・ラム。数年前にレニがネットカフェでひっかけてきた爺さんで、その時にはもう「医者の薬は効かない」と言って手をブルブルと震って見せるのが癖になっていた。かつてはMOBAの何かのタイトルで国家代表を目指していて多少の蓄えもあったが、引退してからは落ち目も落ち目、50を過ぎたあたりからは誰にも見向きもされなくなってこのボロアパートに流れついた。
「本当にね、凄かったんだから!24時間どころじゃないよ、アタシはこんな日も来るだろうと思って正確に測ったことがあったんだ。あの爺さんが一日に何時間ゲームを遊んでいるのか。それがね、一日じゃないの。168時間だよ!168時間ぶっつづけでゲーム遊んでるの!正気の沙汰じゃない!なんかこう、思いつめたような顔してモニター見て……生きてた時から死んでたみたいな顔してたんだから!」
死体清掃業者のフリをしながら、狭い部屋の中を見回す。すり減った床板はモニター・便所・台所を巡る弧を描き、カーテンの隙間からたった一本だけこぼれ出る日焼けと交差している。吊るされたスーツはクリーニング屋のビニールの中で新品のまま朽ち果て、それに守られるかのように、クローゼットの奥の安物のトロフィーだけが埃一つなくそこに鎮座し、進むも戻るも出来ぬまま過去の栄光に縋り付いていた。
この分じゃ婆さんの言うことにも間違いはないだろう。大げさとは言え、嘘とまでも言えない。グエン・バン・ラムは、ここで、一人で死んだのだ。回収できる金目のものも無ければ、手垢がついていない財産もない。だからあれほど言ったのに、と、胸中で毒づく。「若いレニがようやく捕まえてきた客なんだから」と温情をかけたのは自分だと、過去に自分から皮肉を言われたような気にはなったが。
汗染みを拭き、皮脂汚れを落とし、本人が倒れたと言われているあたりの床に念入りに顔を近づけ、何者かが倒れたであろう痕跡を感じ取ろうとする。安い木目の回りに、丁度人が転がり落ちてできたかのような凹みがあるのを見つけ、胸を撫でおろす。聞いていた通り、ここで老人が一人、ゲームを遊びながら死んだ。間違いなく、グエン・バン・ラムは、ゲームを遊びながら死んだのだ、と。
===
「姉さん、あんたさ、私の話聞いてる?」
『ああ、聞いてます、聞いてますよ、ちゃーんと』
"クオリア交換"はウチが数年前から極秘裏に取り扱ってきた新しいクスリだ。正式名称はクオリチナ。クオリチナなんて正式名称はオヤジが内々に言ってるだけの話だから、婆さんの言う通り通称は"クオリア交換"で間違いない。極秘裏になんて言ったところで、こんな婆さんでさえ存在を知ってる極秘裏ってのは一体全体どういう極秘裏なんだかと、自分で自分の身内に愛想笑いも浮かんできやしない。
「あんただってね、他人事じゃないんだよ。人生なんてあーっという間に終わっちゃうんだから。いつ爺さんみたい身持ち崩すんだか分かんないんだからね!爺さんだってね、昔はあれはあれで有名なプロゲーマーだったって聞いてるよ。でも歳とってからゲームの遊びすぎで体調崩しちゃって、死ぬ前は「医者の薬はどれもききやしない!」っていっつも怒鳴り散らしてたんだから」
ウチで扱ってる他の一般的なドラッグとは違って、クオリチナはハイでもダウナーでもないコントロールに当たる。ヨーロッパでは医療使用のみ認められてるものを、ウチのオヤジがどっかから引っ張ってきた商売だ。オヤジはあれはあれで昔気質と言うか、庶民派と言うか、反政府気質の強い人だから。未だに「政府の認めない薬を俺が持ってきてやってる」というくらいの善行積んでる気でさえいる。
「自業自得とは言え、可哀想な話だよ……。そうして辛い辛いって言ってたところをね、街のチンピラどもに狙われたんだ。こーんな図体のでかい若いのが何度も何度もこの部屋に出入りしてさ。痛みだの、苦しみだの、外国のクスリを使えばたちどころに癒せますよだなんて言って、爺さんのゲーム代ふんだくってクスリを売りつけてさ。連中はね、年寄りをヤク漬けにする悪魔なんだ!」
レニのクソガキ。こういうやり口で売りつけた客は、約束なんざハナから守る気はないぞとあれほど言ってやったのに。コントロールは難しいクスリだ。その名の通り自制が求められるクスリだが、こんなクスリを欲しがってる時点で大抵の奴は自制なんか効きやしないんだから。脳みそを操作したいなんざ正気の奴の考えることじゃない、約束は最後の最後まで見届けろよと、あれほど言ってやったのに。
「ここだけの話ね。クオリア交換ってのはね、人間の感覚を狂わせるクスリなんだよ。爺さんは、ほら、ゲーム中毒だっただろう。だからクスリを飲んで、ゲームを遊んでる感覚を他の感覚と取り換えることで、ゲームを遊ばなくていいようにしてたらしいんだよ。爺さん、たまにそんなこと言ってたんだ。最近ゲームを遊ばなくても精神的に良くなった、クスリのおかげで感覚がズレてきてるのかも、とか言ってさ」
万物にはクオリアがある。それは体験の質感であり、質感の体験だ。飯を食べる行為には飯を食べるクオリアが存在するし、セックスをするのにはセックスをするクオリアも存在する。もちろん、ビデオゲームを遊ぶのにもビデオゲームを遊ぶクオリアが存在している。クオリア交換は、能動薬と受動薬の二種の薬によって、行為Aと行為Bの持つクオリアそのものを交換してしまうというクスリだ。
『へぇ、そいつは恐ろしい、それで一体爺さんは何のクオリアを交換してたんだ』
本来なら恐怖症を持ってる患者の心理的苦痛を和らげるために使われるようなクスリらしいが、オヤジに言わせればこれは魔法の粉だった。酒を飲むクオリアを唾を飲むクオリアと交換すれば、役人に睨まれながらでも酒を飲んだ気分に浸ることが出来る。売春婦と寝るクオリアを藁巻きと寝るクオリアを交換すれば、農家の納屋をあっという間に非合法な売春宿に仕立て上げることも出来る。
「わかりゃしないよ、なにせ爺さんはあいつらに騙されてたんだから」
しかしそんな理想論は全て、結局こちらで客どものクオリア交換をコントロール出来ている間の話に過ぎない。イカれた野郎が人殺しのクオリアとイナゴ駆除のクオリアを交換させて、客を罪悪感なく人殺しするヒットマンに仕立て上げたら? 小賢しい客がこっちに黙って勝手にクオリアを交換し、うちで売ってる他のクスリや酒やらのクオリアを塩や砂糖やらと入れ替えてタダ乗りしようとしていやがったら?
だからこそ、そういうルール破りが無いように、ウチでは「クオリア交換の先は基本的にウチで扱ってる他の商品に限る」と厳しくルールを決めてきた。酒、ギャンブル、風俗。ウチで仕切ってる興業に依存先を切り替えるとか、あるいは息がかかってるレストランに依存させたみたいなケースもあるが、概ね元の依存先よりはまぁ害がと思われるものを選んで与えてやることが少なくない。
『騙されたってどういうことだよ? 効きの悪いクスリでも売られたのか?』
あくまで仕事上の経験則として。ゲームをやりこんで耄碌した爺さんは、大抵ロクなことを考えない印象があった。だから、「ゲームを遊びながら死んだ」というのは、不幸中の幸いの知らせだった。それはつまりはクスリが無茶苦茶な使われ方はされず、大して常習性のない行為とクオリアが交換された、という良い証拠だったから。とにもかくにも、グエン・バン・ラムはゲームを遊びながら死ねたのだ。
「ああ、そうだよ、爺さんはね、連中に混ぜ物のクスリを売りつけられたんだ。効果があったのはほんの最初だけだった。最初の内は医者に行くのにもルンルンだったよ。何度も何度も医者にかかって、今度こそまともになるかと思ったら、ダメだったの。すぐにクスリの効果が切れちゃって、また元どおり医者にも全然掛からないようになって……、後は死ぬまで縋るような顔でゲーム遊んでた、そういうことよ」
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グエン・バン・ラム。グエン・バン・ラム。グエン・バン・ラム。鉄の守りに炎の走り、ニヒルな笑顔に軽い口。30年前、Doomsdayを遊んでいた全ての子供たちにとって、それが言いすぎなのだとしても、少なくとも当時の俺にとっては、爺さんはヒーローだった。クローゼットの奥の安物のトロフィー達だって、配信越しにしか見られなかった当時には、もっともっと、今よりずっと輝いていたように見えた。
グエン・バン・ラムの配信には毎日数万人の視聴者がいて、クレバーで容赦ないヤツのプレイはずっと俺の憧れだった。大卒エリートのプロが恵まれた環境でゲームを遊んできた中で、狂犬みたいな生まれのヤツがそれを覆して圧倒的に勝利する姿に俺は憧れたんだ。真似しようとも真似できるもんじゃない。そんなことは百も承知でヤツのプレイを真似して、いつもあえなく返り討ちにあった。
結局のところ、俺にはヤツほど才能は無かった。境遇を跳ね返すほどの、スキルも、情熱も、プロになれるほどの才能も無かった。ただ、それでもゲームへの未練だけは断ち切ることが出来なくて、非合法なeスポーツ賭博を仕切ってるうちにオヤジに声を掛けられ、なんとなくこの道に進んだ。今から考えればそれはとても幸運な話だったが、当時は全ては成り行きで、全てがレールの上にあるように感じていた。
Doomsdayの人気が下火になり、この国のトレンドが変わるにつれて、俺の仕切っていたeSports賭博も下火になった。流行りに乗ろうとしていくつか新しいゲームの賭博も仕切ってみたが、やはりDoomsdayほどの勘は働かず、どれもうまくいかなかった。そうして俺がくすぶっているうちに、組織はゲーム関係の商売から一斉に手を引いて、汚れ仕事として俺に債権回収の死体漁りとクスリの販売を与えた。
「脳みそを弄るクスリなんてロクなもんじゃないだろう」と何度言ったか、自分でもよく覚えがない。百回か、二百回か? オヤジは何を言っても聞かない人だとは最初から分かっていたし、新入りのレニは立場的にはなんでもやらなきゃいけないことも分かっていた。止められなかったと言えば嘘になるが、止めようともしなかったのは事実だ。事実だからなんだ、どうにもならないことはどうにもならない。
片方は死ななきゃならなかった人間からパクってくる仕事で、片方はパクられたときに自分自身が死ななきゃならない仕事。こんな仕事でも無いよりはマシかと自分に言い聞かせながら、淡々と毎日を過ごしてきた。そのうち慕ってくれる若いヤツも下につき、多少の金も懐に入るようになって、俺は俺なりに、出来るところまではやったんだと思えるようになった、丁度、そういう時期の事だった。
落ちぶれ、削られ、今やゴミ同然になったグエン・バン・ラムが、「ゲームを遊ぶクオリア」を交換したくてクスリを欲しがってるとレニが話を持ち込んできたのは。
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『本当にか? それは、穏やかな話じゃないな』
「本当だよ。むしろね、アイツらがクオリア交換を売り始めてから、爺さんのゲーム中毒は更に酷くなったとアタシは思ってる。死ぬ前なんかね、こう、目がトローンと重たくなって、何かに縋り付くような目でゲームを遊んでたんだから。あれはね、死期を悟った人間の目だった。もしかするともう自分が死ぬかもって思ってたから、最期の時をって思ってゲームを遊んでたんじゃないかと思うよ、アタシは」
このクスリの効果はよく分かってる。効きすぎることはありえても、効かないことはありえないほど強いクスリだ。それが効き目が悪かったって言うんなら、レニが混ぜ物してたか、グエン・バン・ラムが約束を破ったか、どちらかしかない。がめつい野郎が性欲と金銭欲を交換したら、歳と共に性欲が衰えることが分かっていなくて貯蓄をあっという間に失ったとか、失敗なんてそんなレアケースくらいだ。
「だからあんたもね、クスリだけは絶対やめときな、仕事がつらくてもね、あんなもんに手を出しちゃあいけないよ、仏様はいつも見てらっしゃるんだから」
グエン・バン・ラムは、約束を破る人間じゃない。単にズボラで金が無くて借金を返せないということはあるが、どこまで落ちぶれても守れる約束を守れない人間じゃない。レニは真摯な男だし、なにより愚直で嘘が苦手だ。それでも、そんな男でも損得勘定が出来ないわけじゃない。俺を出し抜いて混ぜ物を売りつけたというのなら、組織的には最悪の事態だが、一人のチンピラとしては見上げた根性じゃないか。
『ありがと、肝に銘じるよ、クスリはやらないって。ホラ、俺もこんな仕事してるけど、流石にこんな死に目にだけは会いたくないから』
顎をクイと持ち上げて、グエンの染みの残る部屋を指す。死因は極度の疲労による心臓発作。14日間ぶっとうし、連戦連戦でランクマッチを戦い続けて、最後はゲーミングチェアから転がり落ちたらしい。そこまでゲームが好きだったアンタが、何を最後にクスリなんかでゲームから逃げることがあるんだ。そう言いたい気持ちはあった。ずっとあった。あったが、売人である俺がそれを言う疚しさの方が強かった。
良く言えば使命感、悪く言えば罪悪感。クオリア交換を売りつける時が来ても、レニがグエンとどんな約束を交わしたのか、あえて聞かないようにさえしていた。グエン・バン・ラム。グエン・バン・ラム。グエン・バン・ラム。鉄の守りに炎の走り、ニヒルな笑顔に軽い口。恐ろしかった。あのグエン・バン・ラムがゲームを遊ぶクオリアを取り換えるとなったら、いったいどんな最後を迎えてしまうのか、が。
グエン・バン・ラムは努力の人だ。酒を飲む行為とゲームを遊ぶ行為でクオリアを取り替えたら、日に何十リットルも酒を飲んでしまう人間だ。グエン・バン・ラムは執念の人だ。歩く行為とゲームを遊ぶ行為でクオリアを取り替えたら、日に何十キロも歩いてしまう人間だ。ゲーム以外の行為でグエン・バン・ラムを死なせるかもしれない、憧れの英雄を愚かに殺すマネだけは、俺には到底選ぶことが出来なかった。
混ぜ物でクスリの効果が薄まったのなら結構なことじゃないか。チンピラの世界なんてものは、子が親を裏切り、親が子を許す、その繰り返しで成り立っている。それくらいの子でなければ親なんて支えられない。レニが俺やオヤジを裏切って、グエン・バン・ラムに効果の薄いクスリを売りつけて、それで、グエン・バン・ラムが、ゲームを遊びながら死ぬことになったというんなら。
「あんたにも見せてやりたかったよ、担架で運ばれていった時の爺さんの顔、思い出すだけでも背筋が震える、本当アタシ今でも夢に見るんだから!」
『へぇ、どんな死に顔だったんだ』
そう聞くと、管理人の婆さんはとびっきりの笑顔を浮かべて、俺にこう言った。
「これだよ、これ。あれだけ苦しそうな顔してた爺さんがさ、これから医者に連れていかれるって時に突然だよ。救急車に乗り込むってなったら、この笑顔なんだもん。アタシはついに気が狂ったと思ってえらいもん見たと瞼を洗ったんだから!もしかするとあれってのは悔いがなくなった人間の死に顔なのかもと思ったけどね、アタシはあんな笑って死ぬのはごめんだよ!なんだ、あんな勝ち誇ったような顔してさ!」
それならそれで、俺は構わないと思った。
グエン・バン・ラムはまだ、ゲームを遊びながら死ぬことが出来たのだ、と。
===
仕事を片付けてアパートを出ると、そこにはいつも通りのいかつい車と、普段より少しおどおどしたように見えるレニの姿があった。なんだ、こうして見ればあいつもやっぱり嘘が下手なもんじゃないか。ちょっとくらいモノを知ってそうな顔で、さもさっさと吐けと言わんばかりの態度で応対すれば、あることないことベラベラ喋ってくれるだろうということは最初から分かり切っている。
「お疲れ様です、姉さん。どうぞ、乗ってください」
出来る限り冷めた表情で車に乗り込み、出来る限り乱暴に扉を閉める。返事は『おう』の一言だけ。何を吸うでもないのに懐を探り、何を見るでもないのにキョロキョロとあたりの様子を伺う。これくらいすれば馬鹿なレニでもこっちが何が言いたいのかは察しが付くだろう。バックミラー越しにヤツの表情を見ると、案の定レニは困ったように顔をしかめ、一体次の言葉をどう切り出そうと口をあわあわと開けている。
「……ね、姉さん、回収、いかがでしたか」
『いかがって、なにがだよ』
気の毒だが、お前はルールを破ったんだ。「クオリア交換の先は基本的にウチで扱ってる他の商品に限る」ってのは、ようはウチの商売に利益を還元するってためにあるルールだ。それに背いてクスリに混ぜ物入れて効果を薄めたってことは、つまりはウチの商売を間接的に妨害したってことになるだろう。お前のそういうハラに感謝はしているが、俺の個人的な感謝と組織のルール破りでは話が別だ。
「……姉さん、やっぱり何もかも、もう全部お見通しなんですね」
『だから、なにがだよ』
全ては想定通りだった。レニが混ぜ物の罪を認める、それを俺がオヤジにはダマで許す。レニは俺に感謝をするだろうし、俺はオヤジに恥をかかずに済む、グエン・バン・ラムはゲームを遊びながら死ねた。三方得で何ら問題はない。あとはまとめ方の問題で、あまりに強く恫喝をしてレニの馬鹿が逆上しないよう注意するだけ。怒っているけど許される余地があるような、そんなベストなトーンで声を上げるだけ。
「……俺が、今回のウリで、ルールを破ったってことです」
『だから、なにがなんだよ!!!オラァ!!!』
ちょっと強く声を張り上げすぎたかなとも思ったが、どうせ相手は罪人だ。こちらは温情をかけてやってる側で、今更どうのこうの言われる理由もないだろう。俺はあのアパートで、丁度人が転がり落ちてできたかのような凹みがあるのを見つけ、債務者の死を確認した。聞いていた通り、ここで老人が一人、ゲームを遊びながら死んだ。間違いなく、グエン・バン・ラムは、ゲームを遊びながら死んだのだ、と。
===
「……すんません、姉さん。俺、姉さんにダマであの爺さんに温情かけました。あの爺さん、昔、俺の好きだったゲームの国家代表で、俺、大ファンだったんです。それで、ネットカフェで腐ってるの、見てられなくて、ウチに拾ってきて。クオリチナ捌くときのルール、勝手に破らせていただきました。爺さん、本当に辛そうで、辛そうで、どうしてもって言うから。これで少しでも爺さんの身体が良くなるならって、ゲームを遊ぶクオリアと、医者にかかるクオリア、交換してやったんです」
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