ぼくの仕事

ぼくの仕事は、好きなゲームを悪く言うことです。


昔からゲームが好きでした。でも、取り立てて何が出来るというわけでもなくて、本当にただ好きなだけでした。面白おかしくゲームを紹介することもできないし、実際のところ、それがどうやって作られているのかも未だに分からなくて。ゲーム開発の教育ページを5個くらいお気に入りに入れて、モデリングソフトに元から入っているサンプルデータにTESTと名前を付けて、録画しただけのゲーム実況が大体50再生くらいして。それをおおよそ30年くらい放置した後に、自分はこういう人間なんだなと気付いて以降は、あまり自分自身について深くは考えないようになりました。


仕事を始める前と後。やっていること自体は、昔からそんなに変わってません。


朝。朝と言っても11時くらいに起きたら、カレンダーで新作ゲームのリリーススケジュールを確認するんです。昔と一緒で楽しいは楽しいです。でも、昔と違ってワクワクよりは少し乾いた気持ちが強い。それが仕事というものなのかなという気もするし、これが慣れなのかなという気もしているけど、よくは分かりません。チャットを確認すると「〇〇の新作発表会が5番街でありますので、よろしくお願いします」とか「〇〇のリリース記念イベントです、ご準備いかがでしょうか」とか、あっちやこっちのゲーム会社のマネージャーたちが連絡が来る、それだけです。


仕事である以上無視はできないので、当たり障りのない言葉を返信します。


自分で言うのもなんだけど、本当に当たり障りない言葉だけを、です。「新作ずっと期待してました、プロジェクトに参加でき光栄です」とか、大体はそんな感じの。嘘ではないけど、それが全てでもないような。実際楽しみにしていた新作ばかりだったんで。夢のあるというか、華やかというか。遠い世界に自分が参加できているという感覚は、今もまだ、あって。でも、だからと言って、自分の仕事がさも重要だみたいな言い方をするのもおかしい気がして、いつも少し身を引いた言葉を選ぶんです。それが"業界人"のあるべき姿なんじゃないかな、と、ちょっと己の願望交じりで。


「よろしくお願いします、前回も評判良かったですよ、看板とか、言葉とか」


プロは褒め言葉を真に受けちゃいけない。そうと分かってはいるんですけど、褒められたら、どうしたって嬉しくなっちゃって。仕事で気分なんて良くなりたくないな、と思わないでもないけど、結局のところ自分は"お客様"側の人間だから、嬉しくなってしまうのを我慢できないのかもしれません。看板は、確かに頑張って作りました。ちょっと遠くの画材屋まで行って、「血みたいな色のインクはありますか?」と聞いて、店の人に結構ギョッとされました。朝焼けが滲む時間まで塗ったんで。ここまでやる必要あるのかなとも思ったけど、それなりなものは出来たという自負もあって。


「ちょっとでも貢献できれば。やりますよ、任せてください」


サムズアップのスタンプがポコンと押されて、会話が途切れて。昼から公式放送が始まるという話だったので、そちらの準備に行かれたのかもしれません。本当の"業界人"って忙しいんです。未だ外の世界にいる気でいる僕とは違って。クローゼットからゆっくりと仕事着を選びました。出来る限り控えめで、余り華美ではないものを。指定の鞄に、パネルとか、パンフレットとか諸々を詰め込んで。最近はゲームの展示会も減って現地での仕事は少なくなってはきたけれど、これだって大切な仕事だと思って。自分に言い聞かせて。毎度のことだから、そこまでの苦痛でもないですけど。


===


ゲームを悪く言うのを仕事にしたのは、それがぼくの才能だったからです。


正直に言って、これは才能なんて言い方をするのは烏滸がましいもので、ようは人に好かれるよりも嫌われた方が早い自分自身に、人よりちょっとだけ早い段階で折り合いをつけただけのことで。無能な味方なんて言葉があるけど、まさにぼくはそんな人間なんです。喋っているよりも黙っている方が世のためになる。「ゲームは好きだけどファンが嫌い」ってよくあるじゃないですか、つまり、ああいう話を誰かがしているとき、その裏にいるのが僕で。人より早い段階で気付くことが出来たと、今でもそう思ってるんです。なんかこう、ラッキーだったなってくらいに。


今日の仕事の現場は、前から期待していたゲームの新作発表会でした。


ウイルス以降、新作ゲームの発表会なんてめっきり珍しくなってしまいましたけど。それでもこの仕事を続けているのは、そこが僕にとって「夢の世界」との唯一の接点だからなんです。他の人たちがどうしてゲームの新作発表会に来るのかは分からないですけど。人によっては我が子の確認に来てるつもりだとも言うし、人によっては単にお祭りを楽しみたいだけかもしれないし。でも僕にとっては、今も昔もここに来る理由はたった一つで。自分が向こう側の世界の一部になっているような、そういう「錯覚」を、うん、いや、悲しいけど、「錯覚」を感じるためでした。


いつも通り。いつも通り会場前から少し離れたところで、仕事の準備を始めました。


仕事を始めてからただの一度も、チケットを貰えたことはありません。中に入れたこともないし、いつも笑顔で会場内に入っていく人を見届けるだけです。そういう仕事なんだから当たり前なんですけど。不満はないです。むしろチケットを買って入場している"お客様"と比べたら、僕の方が立場的にはもっと、もっと業界の内側にいるんだから、良いとか悪いとかそういうことを考えるほうがおかしくて。"業界人"なんで。"業界人"は、いろいろなことを知ってるでしょ。"業界人"が"お客様"をうらやましいと思うかって言ったら、思わない。思わないから、僕もそうは思わない。


準備と言っても別にそこまでなにか特別なことがあったわけはないです。


看板を鞄から取り出して高々と掲げる、それだけです。でも、それだけだけど、いつも始めるときには、かなりの勇気が必要になるんです。手に汗も滲む、呼吸も荒くなる。嫌な教師に答えの出ない質問を答えるまで一人だけ立たされた時みたいに、食べたものも飲んだものもみんな吐きそうな気持になる。だから僕は仕事の朝は遅く起きて朝食を摂らないんです、もったいないから。殴られるんじゃないか、とか、怒鳴られるんじゃないか、とかは、今でも思います。そんな人はいないという事は分かってはいるんですけど、本能がそう思わせるから、止められなくて。


「もしも自分が無能な味方だとして、無能な味方が一番輝くのはどういう時だろう」


最初は趣味でやってたことでした。あれだけ露骨なら誰だってそうなるよって気持ちもあります。好きなゲームを褒めたら再生数3、好きなゲームを貶したら再生数30000。どっちが良いかって言われたら、誰だって道は一つでしょって。そうやって昔のことを考えると、次第に「あ、じゃあ今って声を出すしかないじゃん」って気持ちになってきて、「じゃあ今なんで声出してないの?」って気持ちになってきて、「あ、じゃあ今声出しますね」って気持ちになって、自然と声が出る。これが仕事のコツなので、人に言われるほど楽な仕事じゃないよなって自分では思ってます。


===


「Aleandro GamesはMajestic Monarkの発売を中止してください!!!」


道を行く"お客様"が、一斉に僕の方を見るんです。半分ぐらいはギョッとして、半分ぐらいは半笑いになる。当たり前ですけど。今時本当にゲームの発売に抗議したいなら、看板におどろおどろしい血文字で「Majestic Monarkは脳を破壊する」とか書きませんもん。書いた自分ですら読み辛いし、第一相手を説得したいのに脅してどうするんだって。自分でも陳腐すぎて笑っちゃうくらいだけど、これくらいでいいんです。これくらい本気で怒って、怒って怒って怒って、本当にゲームを嫌いな気持ちにならないと、"お客様"だってまともにこちらの話には取り合ってくれない。


「Majestic Monarkは子どもの脳を破壊しようとしています!!!」


声を張り上げて、一枚でも多くビラを配るんです。配るっていうのは違うかも。ビラを受け取ってもらえなくてもいい。むしろ受け取ってもらえないくらいの方が丁度いいんで。みんなで作った説明ビラだけど、個人的にはそっちの方が良くて。"お客様"の手荷物にもなるだろうし、その辺に捨ててもらった方が、ちょっとほっとする。Majestic Monarkは悪魔崇拝を取り上げるゲームだから、今回はいつものメンバーに加えて悪魔崇拝に反対するグループの人にも手伝ってもらって、まとめるのはかなり大変だったけど、その分良いものが出来た自負もあったんで。


「お願いします!お願いします!お願いします!」


"お客様"達がスマホを手に取って、僕の写真を撮るんです。SNSにアップロードするつもりなんだろうと思います。こういう場合は「撮るな」って怒るパターンと「撮って僕らの主張をSNSでシェアして!」って走って近づいていくパターンがあって、大体の場合は後者の方が効果が高いってことが分かっているので、そうしました。なるべく笑顔で、なるべく嫌われないように近づこうとする。僕が近づこうとした分だけ"お客様"達は後ずさりしていく。最初は反応がバラバラだった"お客様"達も、いつの間にか僕と距離をとるために、一か所にまとまって動くようになる。


「よろしくお願いします!よろしくお願いします!」


看板を振り、声を張り上げ、その裏でスマホでSNSの反応を確かめて。「Majestic Monark新作発表会、やべぇヤツいたわ」「貰ったビラに書いてあること怖すぎるんだけど……」「こういうのって何考えて生きてるんだろ」概ね想定していた通りの反応で、胸を撫でおろしました。胸を撫でおろしてしまった自分に気が付いて、"お客様"に胸を撫でおろしたことが悟られたくなくて、より一層大きな声で「Majestic Monarkの発売を中止してください!」と叫んで。声が上擦って。声が上擦ったのを悟られたくなくて、より一層大きな声で「発売を中止してください!」と叫んで。


信じてもらえないかもしれないけど。

ぼくの仕事は、本当に、好きなゲームを悪く言うことなんです。


ゲームのスタッフロールに名前は載っていないけど、警備員さんにしか分かってもらえないだろうけど、どっちかって言うと日陰の仕事ではあるけれど。本当に、これで、ご飯を食べてるんです。プライドも持ってやってます。これまでもご迷惑のかからない範囲でやってきたつもりだし、今回、こういう事態になってしまったことも、本当、申し訳なく思っています。僕が、プロではなかったということなんだろうと、そう思っています。やっぱり、自分が、"お客様"気分だったんだろうなって、思って。ごめんなさい、本当に。本当に、本当に申し訳ないです。本当に。


===


「ちょっと、いいですか?」


強気な若者が話しかけてくることは、この仕事じゃあ珍しいことじゃありません。大抵はネットの受け売りで論破して面白がってやろうという人たちです。気持ちはよく分かるんです。でも、残念だけどそもそも僕は論破してもらおうという人間なのだから、まともに取り合ってもらえないということに気付くと、みんなすごすご帰っていく。今まで? 今までは……、大きな揉め事になることはありませんでした。向こうだって揉め事にするつもりなんかハナから無いから。ちょっと怖いもの見たさでからかって、武勇伝的なものをSNSで友人と共有したい、ただ、それだけだから。


「はい、なんでしょう!?」


だからこっちもサービスだと思って、そういう時はとびっきりの笑顔で振り返るようにしていたんです。"業界人"ってそういうもんですよ。"業界人"はたくさんのことを知っている。知っているけどさも知らないような顔で期待に応えてあげるのがプロなんだって思ってるし、誰もそう思ってはいないだろうけど、僕は、自分自身をテーマパークのマスコットなんだなって思ってるから。警備員さん、お願いしますねって目配せして。あくまで抗議活動で、揉め事になっちゃうとゲームに迷惑がかかっちゃうんで、警備員さんお願いしますねって心の中で声をかけながら。


「がんばってください」


声かけられたときは、ああ、こういうパターンかって思いました。肩を落とす素振りを悟らせないようにしなきゃいけないから、正直やめて欲しいんだよな、と、思いました。「何言ってるんだろうこの人」というヤツが話しかけてくることも少なくないです、この仕事。わざわざゲームの新作発表会まで来て何言ってるんだろう、この人って。そこの扉を潜れば楽しい世界が広がっていて、自分が"お客様"だっていう意識が無いのかなって、正直思うんですよね。"お客様"は楽しめよ、楽しむ権利があるのが"お客様"だろって、思わずにはいられない。


「ありがとうございます、頑張りますね」


自分でも何言ってんだとは思うけど、一応、揉め事にならないレベルでおざなりに返答しました。僕は、好きでやってるんです。いや、好きではやってないか。こんなこと好きでやってるわけがなくて、仕事だからやってるんですよ。"業界人"だから仕事で、「好きでやってる人」をやってる。君は僕が"業界人"であることを知らないはずだろう。好きでやっている人に、そんな声かけてどういうつもりなんだろうって。なんというか、笑顔で話しかけてくる割に、相手を尊重してるつもりになっている割に、目の前の人間のことを考えてないんだなって、ガラにもなく苛立ってしまって。


「俺も貴方と同じなんです」


僕とあの人が同じ? 正直、全然意味が分からなかった。どういうつもりなんだろう。同じなわけがないんですもん。"業界人"である僕と、"お客様"であるあの人が。さっさと会場に入って展示を楽しめよ。出演声優のトークショーを見て、お楽しみ抽選会に参加して、対戦会でプロのプレイを見て、試遊台に30分並んで、欲しくもない団扇とかお面を貰って帰れよ。そうしてSNSに「新作発表会楽しかった~、一刻もはやく出ろ」とか書くのが"お客様"であるあの人の役割で、場外で"業界人"の気持ちが分かるみたいな口ぶりで味方ヅラするのは調子に乗ってる。


「今回のMajestic Monarkは……行き過ぎてますよ、テーマも一線を越えてる」


なんだコイツ。本当におかしいんじゃないかって。すり寄ってくるな、すり寄ってくるなって。そんなこと言わなくていいんだよ君はって。一線も何も、そうした宗教的タブーに踏み込んで、シリーズの固定観念を打ち破ったチャレンジにこそ意味があるんですよMajestic Monarkは。「海外展開を見据えてどんどん丸くなっていくシリーズにあって、世界各国の保守的な観念に従う事のみがMajesticシリーズの目指す場所かどうかを問いたい」って、ディレクターのダニーMさんもインタビューで言ってただろ。聞いてなかったのかよって。本当に何も分かってない。


「仰る通りです。追加コンテンツも搾取的で子供に対する配慮も全然感じられない」


"お客様"であるあの人に何が分かるんだって。Majesticシリーズが続いていく中で、プロデューサーの沢辺さんとかマーケの矢島さんとかが、どういう気持ちで販売計画建てたのか知ってるのかよ。子供にも遊んでもらいたいって言って、あれこれ頑張って考えて、頑張って頑張って考えて、ようやくゴーサインが出してもらえるレベルにまとめたんだろうが。黙ってろよ。"お客様"がそういう面に首を突っ込んで物知り顔するのはダサい、ダサいんだって。僕も昔はそうでした。でも"業界人"になって気付いた。そういうののダサさって本当見てらんない。なんで分からないんだろう。


「実際ゲームに依存させるためだけの構造で……遊ぶ人が可哀想だ」


ほっとけよ。僕が何を遊んで何に時間を使うか、どう生きてどう死ぬか、そんなの僕の勝手じゃないですか。勝手に憐れむなよ。お前に憐れむ権利はないんだよ。分かんないかな、分かんないだろうな。可哀想みたいな言い方ですり寄ってきて、味方ヅラすんなよって。本当、情けなくて。プロっていうのは、そんなんで怒るようじゃまだまだだなっていうのは、頭では分かってたんですけど。やっぱり、まだ、僕は、"業界人"じゃなく"お客様"で、外側から見てる消費者なんだろうなって思うんですけど。もう、聞いていたら、どうしても、我慢できなくなって。


だって、「ゲームも出来が悪そうだし、発売中止したほうが良い」って言うから。


===


「それで……思わず、『このゲームは面白い』と、言ってしまった、と?」


はい。そうです。本当に、ぼくの仕事は、好きなゲームを悪く言うことなんで。


昔からゲームが好きでした。でも、本当、取り立てて何が出来るというわけでもなくて、本当にただ好きなだけだったんで。もうちょっと面白おかしくゲームを紹介できる才能があれば良かったんですけど、実際のところ、それがどうやって作られているのかも未だに分かってないレベルだから。好きなゲームを悪く言う仕事でも、こんな仕事でも、少しでも、ゲームの世界に触れていたいと思ったんです。こんな騒ぎを起こして、警備員の皆さんにご迷惑をおかけしてしまった時点で、もう、プロとしては失格で、なんとお詫びしていいのかも、分からないんですが。


「まぁ……、こちらとしては"お客様"と騒ぎを起こしたんじゃなくて、あくまでそちらの身内での騒ぎだから、いいんだけどさ。いや……身内って言っていいのかな」


あの、そうですね。身内で、良いと思います。騙して、いましたけど。でも、多分、みんな、僕の口から「このゲームは面白い」なんて言葉が出てくるとは夢にも思わなかっただろうから、びっくりしたんだと思います。裏切られたって。僕が一番熱心に看板も作ってたし、僕が一番熱心に現場にも行ってたし。どこかの団体に入っていたわけじゃない、一人でやってたことだけど、みんな、ありがとうありがとう、一緒に頑張ろうって声をかけてくれることも多かったから。あの……もしよかったらで良いんですけど、みんな、僕のこと、なんて言ってましたか?


「いや、まぁ、うーん、何とも言ってなかったよ。これは本当に。彼らもまだしっかりは分かってないんじゃないのか、君が、その、"業界人"だってことは」


ありがとうございます。まぁ、あの人たちってあんまり、身内の恥をあれこれ貶すタイプの人たちじゃないから。もしかすると、優しさなのかな。そういう人たちだから。分かって、くれたのかもしれない。あー、でも、僕はもう、戻れないでしょうね。あれだけはっきりと、あれだけ大勢の前で、「このゲームは面白い」って言っちゃったから。やっぱり、"業界人"、向いてなかったのかな。新作情報のリーク、身内びいき、新作イベントで揉め事。これじゃ厄介でこだわりの強い"お客様"が出禁されるときみたいで、結局、外側の人間だったのかなって。


「あの、それなんだけどね」


なんでしょう。


「あー…、まぁ、悪いんだけど、こちらも仕事だから。さっきAleandro Gamesのマーケティングの方に、お宅の所属を確認させてもらったのね」


矢島さんですか?


「いや、守秘義務的に名前は言えなくてね」


メガネの、中肉中背の、緑色の髪の方ですか?


「あー、まぁ、そう思ってもらって構いませんよ、構いませんってことでね。貴方の所属を確認させてもらったって話なんだけどね」


そんな人は知らない、ですか?


「まぁ、うん、そういうこと。で、あれこれ聞こうとしたんだけど、忙しいからダメだーって、代わりにアナタに伝言してって言われちゃってさ」


伝言、かぁ。


「えーと、読みますよ、『Aleandro Gamesが送る史上最高のアクションシューティングMajesticシリーズ最新作Majestic Monark、豪華クリエイター人が送る怒涛のエンターテイメント・エクスペリエンス!舞台は遂に暗黒魔界へ!12か国で発売禁止!17か国で要修正!現代社会の倫理観に訴える衝撃のサスペンスが、この春ついに日本発売決定!通常版は8900円、限定デラックス版は決定版サウンドトラック付きで12900円!2024年4月29日発売予定!ぜひ、ご予約ください!』……だ、そうなんだけど。これ、アナタ、何が言いたいんだか、意味、分かる?」


……そうかぁ。ありがとうございます。意味は、分かります。うん。矢島さんも本当"業界人"だなぁ。最初から、全てが明るみに出たら、僕は"業界人"から"お客様"に戻る約束だったんで。これも、矢島さんなりの優しさなんだと思います。いや……、優しさじゃないか、切り捨てられてるんだし。でも、それが"業界人"だもんな。僕でもそうするかな。矢島さん、最初から、僕みたいな"業界人"はいなかったと、そう言ってるんだと思います。これは、単なる"お客様"同士の揉め事だって。だから、宣伝してるんですよ、僕に。"お客様"である、僕に。


「あー、もういいよいいよ、その辺で。深く知りたくないんだこっちとしてもさ。一応警備の仕事としてやらなきゃいけないことだけやってるだけだから、ホラ」


警備員さんも案外仕事熱心なんですね。あ、最後に一つ、良いですか。


「えーと、なに?」


こちらからも、せっかくの機会なんで、伝言を返して欲しいんですが。


「あー、それくらいだったら、必ず伝えるとお約束は出来ませんけど」


それでいいです。僕、"お客様"なんで、こんな機会でもないと開発者の方に伝言できないから。えーと、どうしよう。迷うな。伝えたいことがいっぱいあって。Majestic Monark、本当に期待してたんですよ、第一報が出たときから。これまでシリーズが長く続く中で結構システムもすり減っちゃってる気がしてたから、そこを宗教的タブーに踏み込んで、これが固定観念を打ち破ってくれるんじゃないかーって期待があって。続編も全然でない中でずっと待ってたタイトルだったから、思い入れも深くて、期待も不安もあって、こんなこと警備員さんに話しても仕方ないんだけど。


「あー、うん、そうだな、もうちょっと手短にしてもらえる?」


ごめんなさい。そうですよね。うーん、そうだな。こういうのって、いざ何か言えって言われると迷っちゃうもんなんですね。なんか、久しぶりの感覚だなあって。最近あんまりそういうこと無かったから、ちょっと言葉が出てこない。うわあ、どうしよう。ごめんなさい、ちょっと時間かかっちゃって。普段はあれだけあれを伝えたい、これを伝えたいって考えてるはずなのに。有名人の前に立つと何も言えなくなるファンみたいで、ちょっと自分が嫌になる。あ、"お客様"だって、思ったりして。あー、どうしよう。そうだな、まぁいいや、決めた、決めました。


「はいはい、じゃあ、私、書き留めますからね、どうぞ」


はい。「新作ずっと期待してました、プロジェクトに参加できる皆さんが羨ましいです」と、開発者の皆さんにお伝え願えますか?

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