マジック・サークル

「おっと、キム・ソジュン選手、何やらカメラに向かって叫んでいるようです」


「あーっと、これはいかんですね」


「あっ、いけませんねこれは。宇宙連合杯 銀河星系・レブ星系開港記念特別 第3回キャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシー。お聞き苦しい表現がありましたため只今一時放送の音声を停止しております。えー、キム・ソジュン選手、なにやら暴言を叫んでおります、どうやら運営に抗議?しているようですが、これは……」


「いかんですねー。気持ちは分からんでもないが紳士的じゃない。百年前ならいざ知らずこの大宇宙時代の競技シーンにおいてね、他の星系からの招待選手にも失礼ですよあの態度は。全宇宙放送ですよ? あんなに激しく騒いでどう見られるか分かってるのか。彼もプロになって数年の選手じゃないわけですから、冷静さを欠かないで欲しいんですがね」


「山口さん、この場面、解説者としてはキム選手は何をあそこまで激高しているとご覧になりますか」


「この場面でのショットは彼にとっては非常にタイミングの悪い一打になってしまいましたからね。ああして激高する理由は分からんでもないと言いいますか。まったく石頭なところは昔っからちっとも変わってないというか……。ああ、いや、その、ごめんなさい。今の石頭という比喩にはね、そのケイ素生物の方を揶揄しようとか、そういう他意はありませんよ、あしからず」


「えーと……お話し仕切り直しますが、タイミングが悪いと言いますと?」


「ええ、それも飛び切りのヤツです」


「それはどういった視点からでしょう?」


「そうですね。例えばこの場面、スペース・ゴルフ・コンバットをあまりご存じない方のために説明しますと、ルール的には”ルースインペディメント”を巡る処理が必要になる場面なわけですよ。キム選手もまぁ、平たく言えばその取り扱いに不満があるからこそ、ああ長々と暴言を吐いているわけですね」


「なるほど、”ルースインペディメント”」


「はいはい」


「おっとキム選手、観客に向かって中指を立てました」


「……話続けますが”ルースインペディメント”とはコース上に存在する自然物のことです。 具体的には、木の枝や落ち葉とか、小石、動物の残骸なんかね。スペース・ゴルフ・コンバットは歴史の長いスポーツです。今では人工惑星でプレーされることも多いですが、元々は各惑星が持つ大自然の中でプレーされてこそのスポーツであると、まぁ、こういう理念があったわけです。惑星の持つ自然を読み解くこと、それこそがスペース・ゴルフ・コンバットというゲームの醍醐味である、と」


「非常によく分かるお話です」


「キャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシーは銀河星系とレブ星系の星交成立を記念して開催されている大会なわけですが、向こうの主星ってのは地球に比べると大気が薄くて重力も軽い。だから地球にいると身体が重くて動けなかったり酔ったような気分になったりするそうですよ。レブ星系から招待されているプロ選手も今回少数いらっしゃいますが、そうした選手は地球の大気や重力も含めて計算に入れ、地球の自然を読んでそれをゲームに活かしている。……そういう意味じゃ、自然の摂理もまたルールの一部なんです」


「今回は3名のレブ星系出身プロが大会に参加しております」


「しかしそうなるとですね、例えば『落ち葉が打つのに邪魔だ』とか『小石が打つのに邪魔だ』なんてことを言いだすと、どこからどこまで自然に手を加えていいのか、際限が無くなってしまうわけです。下手をすればラフの草をぜーんぶ毟っちゃっても良いのか?って話にもなってしまいますから。そこで、バンカーなどのハザード内においては、ルースインペディメントがいくら打ち辛い位置にあっても、それを取り除こうとすれば2罰打が適用されてしまうルールになってるワケですよ、ただし」


「ただし?」


「このルースインペディメントについてのルールが……、実はまぁ来年度、来年度と言ってもあと一か月ほど後の大会から改定されると告知されてるんですよ。バンカー内でも罰無しで移動可能ですよっていう具合にね。次の次はもうツアーチャンピオンシップですしね、旧ルールで行われる大会としてはこの大会が最終節にあたる。あと一か月もすればキム選手はあんな風に抗議しなくて済んだわけですから、彼にとってはタイミングの悪い一打だった、と言えるでしょう」


「つまり先ほど山口さんが仰ったタイミングの悪さとは、プレーの内容ではなく、それよりもっと大きなレイヤーにおけるタイミングの悪さのことを指摘されていたと、そういうわけですね?」


「そうですそうです。彼も気の毒なもんですよ。キム選手だってまさか一晩のうちにバンカー内であれだけ大型の怪獣が倒れてるとは思ってもみなかったでしょうからね。なにしろ過去に例のない異常事態ですから」


「ではご覧の皆さんも非常に希少なケースに立ち会っていることになると……。こうなってくるとキム選手の次の一打がさらに気になってくるところですが、そのあたりはどうご覧になりますか?」


「難しいところですね。現役時代にバンカーで大型の怪獣が倒れなくて良かったとつくづく思いますわ。キム選手がああして両手で中指を立てる気持ちも……いやあれはちょっと見苦しすぎるな。おそらくですが、キム選手はですね、かなりみっともない話だとは思いますが、あの怪獣は生きているんだと、そう主張してるんだと思いますよ、私は。あの怪獣、生きてるぞー、と。まぁ私も現役時代なら……いや、やらないな、やりませんねあそこまでは」


「あの怪獣が生きていると? あー……、確かに。暴言を一つ一つを読み取っていきますと、概ねそのようなことを主張しているようにも思えますが」


「先ほども言った通り、ルースインペディメントはコース上に存在する自然物のことです。死んでる動物もその辺の落ち葉や小石と変わらない、コースという自然の一部ですよというハナシ。じゃあ、生きてる動物はルール上どう扱われるかと言うと、これはそのものずばり”生きてる動物”です。いかに生きてる動物も自然の一部であると言ったって、流石に暴れ狂う動物の隣でプレーを続けろと言うのはムチャですからね、ルールもまた別なんです」


「一見して体長18m、重さも10トンは軽く超えているでしょうからね。一方で平均的なコンバッタンは183cm 75kgと言われています」


「ええ、ですのでこの場面、キム選手にとって怪獣の生死はゲームを左右する非常に重要な要素なんです。ルール上、怪獣の生死で大きく戦略が変わってしまいますから。死んでいるなら怪獣は”ルースインペディメント”ですが、生きているなら”危険な状況”に該当するでしょう。元々はガラガラヘビや蜂の巣とかを想定したもので、もう何世紀も前に定められたルールですが、まぁ現代における怪獣も似たような存在と言えるんじゃないですかね?」


「怪獣が生きていた場合、キム選手にはどのような救済が?」


「罰無しでのドロップですね。危険がないと認められる場所でのボールドロップ。原則ボールは同じハザード内にドロップされなければいかんですが、あれほど大型怪獣だと不可能と看做されるかも。その場合は近くで似たようなハザード内にボールをドロップです。それも無理だと判断された場合は、1打罰でバンカー後方にボールをドロップ。良いことづくめですよ。誰だって怪獣が生きて暴れてくれることを祈るでしょう、そりゃ」


「キム選手、必死に怪獣の権利保護を訴えていますが、あれもゲーム的な駆け引きの一部と見て良いのでしょうか?」


「私個人としては彼の良心を信じますがねー。結局、彼もコースがああいう状況になっていることを承知の上でこのホールに臨んでいるわけですからね。まさか自分があの場に打ち込むドジ踏むとは思わんかったというのは分かりますが、解説者としては厳しい目で見ざるをえませんねー」


「キム選手、やはり、苦し紛れの動物愛護の可能性は高そうです」


「いやー申し訳ないけどね。そうでもないとこの土壇場でFREE KAIJUとか言わんでしょ。そもそもあんなゴテゴテの鰐皮のベルトして今更何言ってんのって話ですから。でもこの場面、キム選手も苦しいですが運営もかなり苦しい場面だと思いますよ、彼らも下手に怪獣が生きてるとか死んでるとかは言えんでしょうからね」


「運営もですか?」


「ええ、そりゃあ苦しいでしょう。そもそも怪獣の生死をいかにして判断するかというと、これはスペース・ゴルフ・コンバットのルール上明確な決まりはありません。一見して死んでいれば死体、一見して生きていれば生命。当然と言えば当然ですが、そんな程度のルールしかないんです。トゥービー、オア、ノットトゥービー。生きているか死んでいるか、それが問題だ、でしたっけ? まぁ私も学はあまりない方ですが、哲学の講義で単位を欲しいときしか真面目に考えんでしょ、その、生だの死だの小難しい話は」


「となるとこの場面、ゲームルール上一体どのようにしてあの怪獣の生死を判断することになるのでしょう? 過去のケースですと酔った観客が裸でコースに侵入し、ボールが臀部に直撃して心肺停止状態になった、なんて例もあるようですが……」


「ははは、迷惑な観客はスペース・ゴルフ・コンバットじゃお馴染みですよ(笑)まぁそれはさておき、今必要なのはスポーツ上の難しい解説ではなく、一般的な怪獣災害の対応のお話でしょうね。やはり原則的に怪獣の生死確認を行うのはコースの存在する惑星の現地政府の生物災害担当機関、ということになるでしょう。怪獣ってのはホラ、体内に未知の細菌とかあるでしょ。素人が関わっちゃ危ないから、大抵どの星でも生死判定自体を禁じられてるんです。今回のケースですとこちらバイロン・カントリー・クラブのあるニューサウスウェールズ州の現地警察の生物災害課でしょう」


「山口さん、失礼ながら、怪獣対策にも非常にお詳しいですね」


「食っていけんからですよ!解説者としてはこれもゲームルールの一部という認識でいないとお声がかからない。……しかし話は戻りますが、何度振り返ってもつくづくキム選手にとってはタイミングの悪い一打になってしまいましたねー。太平洋連合には”未確認生物の襲来に関する対応法規”という法律があるんですがね、あれはオーストラリアやニュージーランドなどの各国家間での行動指針を定めたルールにすぎません。はっきり言ってしまえば何の実行力もない、書いてあるのは『危ない生き物に近づかないようにしましょう』、くらいなもんで」


「えっ、それは、なかなか、よくない言葉ですが、ザルですね」


「ええ。おそらくこの場面、運営側は単に野生動物がコース内で野垂れ死んだものとして対応するでしょう。イナゴやらプレーリードッグが大量発生した時に苦情を申し立てるのと同じ市役所の窓口への通報です。そこから先どのように役場が対応してくれるかどうかは分かりませんが、まぁ……、未だに網持った専門家の一人も現れないということは、そういうことなんじゃありませんかね? あと数か月も後の大会であれば”未確認生物緊急保護法”というオーストラリア独自の法律が適用される場面になりそうなものだったのですが……つくづく惜しい」


「ちなみにその”未確認生物緊急保護法”というのはどのような取り決めなのでしょう? この場面でのゲームも変わっていましたか?」


「オーストラリア独自の大型怪獣対応法規ですよ。与党が肝入りでやってるやつで、次の議会で強行採決されるだろうとみられてます。かなり怪獣の権利保護に配慮した法案でね、専門の調査機関監督のもと所定の手続きを経なければ死体を移動することが許されないんですよ。『生死不確定の場合は原則まだ生きている怪獣と見做し対応する』という一文もあったかな。まぁそういう内容の法規ですから、行政側で本当に対応できるのかと、安全性はどうだ、予算面はどうだと、法規ありきになってるんじゃないかと野党の抵抗も激しいわけです」


「なるほど、現地の政治的動向の読みもここでゲームに入ってくると」


「ええ。今は大型スポーツイベントはどこも『怪獣があらわれた時のルールは現地政府の関係法規に従う』で丸投げですから、カンの良い選手ならこういう現地の動向もちゃーんと読んどりますね。でも今回については与党議員の収賄なんだかんだで土壇場で可決見送りになってるからなぁ……。あともう少し、ほ~んの少し可決が早ければキム選手も余計な一打を打つことにはならなかったわけで、『惑星の持つ自然を読み解くことこそがスペース・ゴルフ・コンバットというゲームの醍醐味である』という先人の言葉もまぁここまで深いものかと思わされますね」


「おっと、軽快なユーモアも飛び出ましたようですが」


「ユーモアじゃない、アイロニーですよこれは。何が楽しくて地元政府のダラダラした駆け引きまでゲームの一部にカウントしなくちゃならんのか。芝読んでんのとはワケが違うんですよ。大体ルール上そう書かれているからこっちは渋々ゲームルールをそれに合わせているだけで、『その土地のお役所や企業の事情もコースを構築する自然の一部でしょう』なんてのはね、こんなもん、本来自虐でもなければ口に出来ないようなお話でしょう、それも分からず『流石プロのコンバッタンは御立派御立派』だの自慢気に話す輩が最近は本当に多くて……」


「あー、すみません、少しお話が逸れてしまったようでもう一度画面を件のコースに戻しますが……、あっと、これは、キム選手、どうやら抗議を辞めて素直に打つことに決めたようですね」


「本当にいかんのよ、本当にいかん、ゲームルールってのは神聖なものでね、外の人間がそうやすやすとあれこれ弄くりまわして良いわけじゃないのよ」


「山口さん、山口さん、あちら、キム選手打ちますね」


「え?」


「打つみたいです、キム選手」


「ああ……、私にはちょっと冷静さを欠いているように見えますがね」


「えっ!?この場面でですか!?」


「ええ。キム選手からしてみたらこの大会結構調子良いですから是が非でも勝ちたいんでしょう、賞金ランキングも50位の当落線上でしたっけ? ホラ、今、彼、本国で歯磨き粉のCMやってるでしょう。あれって三年契約ですから、今年なんとしてでも一勝あげとかないと契約が続かないんですよ。彼だってこれが来年、契約が更に3年延びた状態か、いっそ打ち切られた後なら怪獣に向かってボール打とうなんて馬鹿な真似しませんよ」


「山口さん、ちょっとお話逸れがちなようですが……」


「まぁでもそれを言ったら大会側も悪い!本来ね、ルースインペディメントってのはプレイヤーに課されるルールであって、大会運営がコース上から異物を取り除くのには何の罰則もありませんから。選手が巨大怪獣動かそうとかする前にね、専用重機持ってきて海にでもズバーンと沈めちゃえばよかったんですよ!それをコースの建て替えだか借り換えだか下手な駆け引きで老朽更新先延ばしにするから、イザという時に怪獣を倒す設備すらなく大会を始める羽目になる。反省ものですよこれは」


「山口さん、山口さん。ちょっとトーンを抑えていただけると、視聴者の方々も多分スムーズにお話しが聞けるかと思いますが……」


「ああ、失礼しました。キム選手ね。あれね、破れかぶれです。まぁおそらくは……ボールを怪獣にぶち当てるつもりなんですよ。今更になって運営が怪獣が生きてると認めたら、大会を開いた理由をオーストラリア政府に弁明できない、既にコースを回っている他のプレーヤにも説明のしようがないでしょう。だから運営と議論を続けても怪獣が生きているとは絶対に認めませんよ。立てる指もなくなって、ようやく彼にもそれが分かったんでしょうね。だから、実力行使に出るつもりなんです」


「少し、山口さんから驚くべき発言が出たように思われましたが。山口さん、もう一度お願いします。この場面、キム選手、ボールを怪獣にぶちあてるつもりだと、そう仰った、間違いありませんか」


「間違いありませんね。ボールをぶつけて怪獣が起きて暴れりゃ儲けもんくらいに思ってるでしょう。この場面なら私でもそうしますよ。いくらアゴの高いバンカーって言ったって、地球にあそこまでの山超えさせられるコースはただの一つもありません。千葉のゴルフ5でもあんなひどくはないですよ。17番ホールだったか……あそこで高低差5mとかでしょう。一方こちらはバンカーに10m超える怪獣がねそべってるんだもの。そう思えばね、ぶつける人間の目としか思えませんよ、あれは」


「大変、恐るべき事態になってしまいました。スペース・ゴルフ・コンバットの歴史上、果たしてこのような日が訪れることは二度ありうるのでしょうか。プロのコンバッタンが、怪獣に向けてボールをぶつけようとしている。……山口さん、この場面、もうキム選手を止める手段は無いのでしょうか」


「無いでしょうね。そりゃわざわざ彼が『怪獣にボールをぶち当てます』とでも宣言してから打つのであれば話は別ですが、『たまたま』打ったボールが動物に当たってしまったプレイヤーを罰するルールなど存在しませんから。ついでに言えば未確認生物の襲来に関する対応法規にも、オーストラリア刑法にも存在しませんよ。仮に運営が彼のプレーそのものを止めようってんなら、それは同時に運営が怪獣の生存危険性を認めていることを意味する。論理破綻ですわ。我々は見守るしかありません」


「想像される最悪のシナリオはどのようなものですか」


「それはスペース・ゴルフ・コンバットのゲーム展開についてですか? それとも我々の安否の問題についてですか?」


「両方でお願いします」


「そうですねー。まぁいずれにせよ最悪なケースは、これは同時にキム選手にとっては最高のケースですが、怪獣が生きてた場合でしょうね。動物にボールが当たった場合のケースと同じく1打取り消しで再ストロークということになるでしょう。その場合、運営は暴れまわる怪獣を生きていると認めざるをえず、まぁその時にはもうコースは踏み荒らされ見るも無残な状態になっていることでしょうが、あくまでルール上は”危険な状況”に該当するため罰無しでのドロップになります、他の選手がゲームをまだ続行する気があれば、の話ですがね」


「キム選手、アイアンを受け取りました。今大会キャディーについている父キム・ダヤン氏も非常に神妙な面持ちです。場合により死地に挑むことになるであろう息子の意志を汲む。そうした決意のあらわれなのでしょうか」


「あっ、あのオヤジ、根性悪いな。前からそういう人なんですわあのオヤジは。ジェット・スレッジ渡してるでしょ。あれ本来重力比で地球の7倍くらいの惑星で使うやつでしょ、あんなもん地球のバンカーで使ったら地面がえぐれますよ。本人的にはあれで一発スパコーンとボールを怪獣にぶち当てて目を覚ましてやろうって腹積もりなんでしょうが、冷静さを欠いてますねー。あんなもんぶち当てた日には生きてる証明のために怪獣を自分の手で殺しちゃう可能性忘れちゃってますよ、いかんなー」


「晴天に恵まれたこちらバイロン・カントリー・クラブ、17番ホール。異様な光景を前に、五月蠅いほどの静寂に包まれております。狙いとしては10m超のアゴ超えを狙う……と見せかけての怪獣への目覚めの一撃。俄かにですが、時折吹いていた海風も収まってきたかのように思います」


「お、覚悟決めましたね」


「打ちますか」


「打ちますね」


「怪獣は生きているのか死んでいるのか。キム選手のこの一打、生きるのか死ぬのか。決断の行方は、果たして……」


カツーン


「おっ!いった!いったいった!」


「臀部真正面!」


「うわー!大根切りでしょうあれ、ケツに行ったよケツに!」


「フルスイングで放たれたボールはこれは狙い通りか臀部に一直線!」


「ケツだよ!ケツ!」


「臀部に当たったボールは転がり……元の位置まで戻ってきてしまう、これはどこまで狙い通りだったのか!? キム選手、思わず首をかしげました!」


「なるほどケツにぶつければ死なない!なるほどなるほど!」


「山口さん、いかがでしたか今の一打は!?」


「ひとまずはナイスショットと言っていいんじゃないでしょうかね。いやしかしキム選手、ケツの弾力ではボールが跳ね返ってしまうことも計算できていたんですかねこの場面。解説者としてはケツのラインに嫌わらてしまいましたねと言わざるを得ない結果ですがねー、いやぁ、すごいもの見せてもらった。ナイスショットですよ、解説者としてではなく一ファンとして、ナイスショットでしたね、拍手です素直に」


「山口さん、臀部で、臀部でお願いします」


「あ、ごめんなさい、臀部ね、臀部に嫌われちゃいましたね、臀部に一ファンとしてナイスショットでしたね」


「あっと……。ちょっと待ってください……怪獣、動きますか?」


「どうでしょ、当たった瞬間は動いたように見えたけども」


「これは……動かない……?」


「あら、残念賞かな?」


「さて……これは……山口さん……?」


「やっぱり死んで……あ、いや、あれ、ケツ!ケツ見てください!」


「山口さん、臀部で、臀部でお願いします!」


「臀部臀部!ホラ、動いてる!あれは……痛みに対する反応でしょう!」


「あっ!動いてますね!」


「動いてる動いてる!生きてるわアレ!」


「ご覧ください!わずかに、わずかにではありますが、ボールが当たった部分が確かに動いている!視聴者の皆さんにもお分かりになるでしょうか!?」


「うわー、これはキム選手やったな!博打成功ですよこれは!」


「生きているか、死んでいるか、それが問題だ!まるでそう言わんばかりのミラクル・ショット!キム選手、見事怪獣が生きていることを一打で証明しました!本来なら生物災害課により長い時間をかけなければ確認できない怪獣の生死ですが、今、こうして怪獣が動いている以上、最早誰にも死んでいるとはみなせないでしょう!怪獣は生きていた!平和なゴルフコースに大怪獣現る!バンカー上で暴れる動物がいた場合、これはもう明確に”危険な状況”に当たります!キム選手、この土壇場で罰無しでのドロップ!罰無しでのドロップを勝ち取りました!」


「いやー、お見事お見事!来年の歯磨きのCMは怪獣のお尻にボールをぶつけて汚れを落とすキム選手で決まりやね!」


「キム選手に安堵の笑みがこぼれる!あっ、今運営側が協議に入りました、協議です!山口さん、これは裁定に入るということでしょうか!?」


「あっ、いや、うん?」


「はい? どうされましたか?」


「あっ、うん、ちょっとね。オヤジがね。ああごめんなさい、キム選手のキャディーについてるキム・ダヤンさんね。ちょっと表情が暗いように見えますでしょ? 多分コース上からだと、なんかよくないものが見えてるんだと思いますね、あれは。でもこの場面怪獣生きてたら陣営的には言うことなしだと思うんだけどな。うーん、どうしたんでしょうね。もうちょっと怪獣の映像拡大できます? ボールがぶつかったところ。怪獣のケツ、ケツベタにアップしてもらえます? どこまでいけます?」


「臀部ですね」


「はい、ごめんなさいね、臀部にアップしてもらって」


「はい。では先ほどのショット、スローでもう一度どうぞ。力任せに放たれたボールですが、真っすぐバンカー上怪獣の右臀部表面に当たって……、臀部の弾性でキム選手の足元に跳ね返ってきていますね。怪獣の臀部をアップすることは可能ですか? はい、ありがとうございます。一部ショッキングな映像が流れますので、心臓の弱い方、小さなお子様などはお気を付けください。非常に痛々しい映像です。皮膚の一部がめくれております、中は……あれは岩石でしょうか、鉱物のようにも見えますが」


「……あっ!」


「山口さん、どうやら怪獣の中は岩石または鉱物のようですが?」


「……うわ~これやっちゃってるな」


「山口さん、山口さん、この局面、怪獣の内部が岩石または鉱物と分かるということは、ゲームにそこまで大きな影響を与えますか?」


「いや……これは……うーん。うわぁ、よく見ると血も流れてない。これは……いかんかもしれんな……。一回お祓い行ったほうが良いよこれは。プロツアーってのはまぁえてして運が絡むもんであるとは言いますけどね、これに関しては本当に運がないと言いますか……キム選手には申し訳ないけど今年は本当厄に絡まれとるとでも言いますか……またなんともタイミングの悪い……」


「すみません、少し、お話が専門的で見えないのですが……」


「ああ、いやね、多分キム・ダヤンさんも同じところでひっかかってるんだと思いますよ。我々地球上の生命体は一般的に炭素、原子価4の元素で身体が構成されているでしょ。でもあの怪獣の中身は、身にまとっていた皮膚は別としてね、中身は岩石かまたは鉱物で出来ているように見える。ありゃ多分ケイ素生物なんです、同じ原子価4の元素ながら体が全てケイ素で出来てるっていう地球の原生生物ではない種だろうと思われるわけですよ、ようは岩石生物です」


「岩石生物!」


「いや揉めますよこれは……。岩石生物ってのはようは無機物ですからね、宇宙連合全体で見ればまぁ珍しくもない種だとは言われているんですが、地球では法整備が追い付いてないことは否めませんから。そもそも何をもって彼らの生と死を判別するのか?ってところから学者先生が議論交わしている段階なワケで、彼らの生死はそもそも地球側では判別するすべがない。オーストラリアだと、どうなんでしょうねー。下手すると動物どころか”単なる地面の隆起”とさえ見做される可能性がありますよ」


「えっ……? ではこの場合、ルール上どうなるのでしょう?」


「それはもちろん、今は大型スポーツイベントはどこも『怪獣があらわれた時のルールは現地政府の関係法規に従う』で丸投げですから。ではそうして丸投げされた先の現地政府の関係法規ではどうなっているかというと、今度は『選任された学術的知見を持つ専門家による第三者機関の意見を仰ぐ』で丸投げ。つまり最終的には……、今回のケースですと、オーストラリア政府与党の諮問に入っている学者先生方のシンクタンクに委ねられるんじゃないですか? よく分かりませんが」


「ここへ来てシンクタンクですか!?」


「ここへ来てシンクタンクでしょう。でも、こういうルール判定って一体どこに投げられるんでしょうね? 生か、死か、ですよ。生か、死か!哲学の先生方か、生物の先生方か、はたまた化学の先生方か。目の前で起きてることはたった一つの変わらない出来事なんですが、どこのルールをおっかぶせるかによってゲームはいつも大きく変わりますからねー。哲学だとまずいな、困ります。もうこの歳になってから、その、生だの死だのの小難しい話を考えなきゃならんのは……まぁきつい!きっぱり答えを出していただける先生方だと有難いんですが」


「お父様からの耳打ちでキム選手も事態に気付いたようです、あー、非常に、非常に渋い顔をしておりますキム選手。山口さん、この場面大会運営としてはどのような裁定をくだすと思われますか?」


「いやぁ……こればっかりはなんとも、ね。ホラ、今大会始まる前だってね、最後の最後まで脳をサイボーグ化してるアマのエントリー問題で揉めたでしょ。あれだってね、肉体改造してない選手と機械化された選手との能力格差の問題で決着がつきましたけど、ようは機械化された人間は人間と認められるのかって話だったでしょ? 別大会に回されたサイボーグ・アマの選手たちの気持ちを考えたらね、良い気しないでしょう。ここで『岩石生物は無機物だけど生きてます!』とか明言されたら。『我々だって無機物だけど生きとるわい!』とね、そりゃ、なりますよ」


「確かに、非常にセンシティブな人権問題ですからね」


「とは言ってもねー。目の前でもう普通に怪獣が暴れだしそうですからねー。今こうして見てる我々も、ルール上ここにいなきゃいけないことになってるからここにいるってだけで、ルールが無ければさっさと逃げ出した方が良いに決まってますからね。とは言え本当にあれが法律上たまたま動いただけのケイ素の塊、それこそ”単なる地面の隆起”と看做されるようなら、我々は逃げたが最後全員揃って契約違反の債務不履行ですよ。いやー、むしろどうします? 我々も逃げた方が良いんですかねこれ? でもルール的には……大会運営の中止命令を待つことになってますね」


「私に聞かれましても……」


「大体ね、そもそもこんな状況で大会開催しなくても……。いや、そもそも巨大怪獣がゴルフコースに寝そべるときのことなんか誰も想定してないからルールにない、なら、ルールにないんだからルール通り進めなきゃならんのか……? いやいや、いやいやいやいや、流石にそれは。もう少しこう、機転を利かせてというか。いやでも機転なんか利かせたらゲームが操作されるんか、いや、でも、にしたってこれは……」


「あ、ですがなにやら、大会運営側も動き出しましたよ」


「あー、やっとかー」


「大会運営スタッフが出てきました、キム選手、撮影クルー、観客共に一時的に怪獣の周りから退避させているようです。あ、地元警察も出てきましたね、生物災害課でしょうか、全身に物々しい装備を携えています」


「そうでしょうそうでしょう。道義的にね。大会運営側はサイボーグ・アマや地元政府にカンカンにやられるでしょうがね、一人の選手に責任負わせるようじゃいけまんよ。どっちとるっていうなら選手の安全取ってあげないと。いや、英断です。あっぱれ。まぁ全ては遅きに逸したかもしれませんが、その勇気は称えたい」


「第3回キャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシー。コース内に生きている怪獣の侵入が発生したため、只今一時進行が中断しております。えー、キム・ソジュン選手、なにやらまだ暴言を叫んでおります、どうやら怪獣に向かって怒って?いるようですが、これは……」


「ええ? なにやってんだアイツ?」


「非常に凄い剣幕ですね……。えー、一旦音声中断しましょうか、中断……ですね、お聞き苦しい表現がありましたため只今一時放送の音声を停止しております。ああ、地元警察が怪獣の撤去作業に取り掛かろうとする中、それでもキム選手、怪獣に向かって罵詈雑言が止みません!山口さん、これは……?」


「いや、分からんですよ……なに怒ってんだ?」


「……あ、ちょっとお待ちください」


「情報入りました?」


「あ、はい、いえ、差し換えですね。大変失礼しました。先ほどの説明に誤りがありましたので謹んで訂正いたします。現在ご覧いただいております宇宙連合杯 銀河星系・レブ星系開港記念特別 第3回キャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシーですが、大会進行中に怪獣がコースに侵入したと報道したところ、正しくは大会進行中に興奮した観客がコースに侵入した、の誤りでした。繰り返します。現在ご覧いただいております第3回キャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシーですが、大会進行中に怪獣がコースに侵入したと報道したところ、正しくは大会進行中に興奮した観客がコースに侵入した、の誤りでした。謹んでお詫び申し上げます」


「あっ!なに!?ということはアレ……、ああいやごめんなさい、あの方って、その、未確認生物ではなく、宇宙連合内で人権を持ってる人だってこと!?」


「どうやら、そのようですね……。まさにこのキャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシーがそれを記念する大会ですが、レブ星系における全戸籍所有者に対し地球内での同等の人権を与えるようになってまる3年、ですから。レブ星系側の招待プロの皆さんから、身体がケイ素で出来ている人もいます、18m程度に成長する種もいます、ということでご連絡いただいたようで……どうやら大会進行に錯乱してコース内に侵入してしまったのだろうと」


「あーなるほど。だからキム選手、あんなに怒ってるのか」


「や、山口さん、山口さん……。今はとりあえず、視聴者の皆さん、それから先ほどの方にお詫び申し上げるべきではないかと」


「は? お詫び? 何に?」


「ええと、ですから、我々不適切な呼び名を連呼してしまいましたので」


「ええ? 誰に対して?」


「ええと、ですから、先ほど保護されたレブ星系の方を、怪獣とお呼びしてしまったことについて、ですが」


「いやいやいや、それは違うでしょう。むしろ怒るべきなのは我々の方であり、視聴者の皆さん、そして何より被害を被ったキム選手ですよ。この場面、ゲームのルール上どういった状況に当たるのか、ちゃんとお分かりになってますか?」


「いえ、正直に申し上げて、そこまで正確には……」


「でしょう。この場面、スペース・ゴルフ・コンバットをあまりご存じない方のために説明しますと、ルール的には”ラブ・オブ・ザ・グリーン”を巡る処理が必要になる場面なわけですよ。キム選手もまぁ、平たく言えばその取り扱いに不満があるからこそ、ああ長々と暴言を吐いているわけですね」


「なるほど、”ラブ・オブ・ザ・グリーン”」


「はいはい」


「おっとキム選手、侵入者に向かって中指を立てました」


「お話続けますが” ラブ・オブ・ザ・グリーン”とは動いている球が局外者により偶然に方向を変えられたり止められるケースのことです。 具体的には、スタッフやキャディー、ギャラリーなんかにぶつかった場合ですわね。あの方が、生きてなかろうが無機物であろうが、現地政府によりアクティブな人権を認められているということになれば、ルールとしての解釈は一つしかありませんよ。酔ってハイになった素っ裸の観客がコース上に侵入して、バンカーに寝そべって、その尻にボールが当たって跳ね返った……。これはね、スペース・ゴルフ・コンバットじゃお馴染み、はた迷惑なギャラリーの乱入事件なんですよ。少なくとも、ルール上はね」


「……となると、今あの方を保護しているのは」


「怪獣災害課ならあんな催涙スプレー持って来ないでしょう、夜の繁華街を警邏してるのと同じ、単なる治安維持化の警官ですよ。地球の空気は濃すぎてレブ星人は悪酔いする、地球の重力は重すぎてレブ星人は寝起きが辛いって言いますからね。留置所できつい二日酔いを迎えるのでは? まぁ18mを超える人が入る留置場があるとは私も思いませんがね……、そういうルールですから」


「ええと、すみません、山口さん。どうにも沢山の出来事が一打内におきすぎて、私、少々まだ混乱しているようです。少し、お話整理させてください」


「どうぞ、ご自由に」


「あの方は一見巨大で暴れそうにも見えましたが、それは地球人である我々の無知にすぎず、ルール上……と言いますか法律上は、酔ってコースに侵入してボールをぶつけられた迷惑な観客に過ぎない、という扱いになると」


「そうですね」


「ということは、今大会、宇宙連合杯 銀河星系・レブ星系開港記念特別 キャスティ・アジアパシフィック・インビテーショナル・ギャラクシーですが、こんな状況になっておきながら、特に中止等もされないはずだろうと?」


「そりゃそうでしょう、テロリストでもあるまいし泥酔したギャラリーが乱入した程度で中止になる大会はありませんよ、運営側もそういうつもりだから地元警察にああやって通報したんじゃありませんかね?」


「では、最も重要なポイントについてお聞きします。山口さん、このケース、ルール上ではキム選手はどういう扱いになるのでしょう?」


「彼も気の毒なもんですよ。キム選手だってまさか観客が酔って暴れてバンカーでふて寝してるところ、それもケツ、失礼、臀部にボールが当たるとは思ってもみなかったでしょうからね。まぁでもこれはスペース・ゴルフ・コンバットじゃよくある話ですから。ルール上は今ボールが落ちている地点から再開でしょう」


「なるほど。キム選手、一打分体力を無駄にしましたね」

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