機知の戦い

へぇ、"Yorion, Sky Nomad / 空を放浪するもの、ヨーリオン"なんてカード持ってるとはね。旦那、薄汚いナリしてカードの趣味はそこそこ良いじゃないか。良いカードだ、気に入ったよ。ワタシはこう見えて舌が肥えててさ。いつも腹いっぱいに煙を入れとかないと、ほら、見て、手が振るっちゃうんだよ。まぁ、約束は約束だから。貰ったカードの分だけは話してあげるよ。貰ったカードの分だけは、だけどね。


ここだけの話にしといてよ。ちょっと耳貸してよ、旦那。


===


旦那の言う通り、"世界で最後のカードゲームショップ"はこの道をまっすぐ行った先にあるよ。大戦前は秋葉原って呼ばれてたゴミ溜めの中だ。道中ところどころ旧時代の標識があるからそれを目指して進むといい。一時間ほど歩くと崩壊したビルの合間にゴミで埋め尽くされた谷があって、ゴミ山をよじ登っていくつかの廃墟の屋上に上がれるようになってる。店があるのは「ラジオ」って看板が目印の廃墟。そこの裏手の11階。近くまで行きゃすぐに分かるさ。夜通し延々と煙が立ち上ってる廃墟があって、そこに取ってつけたようなあばら家が建ってるから。


まぁ、でも、カード貰った後で悪いけど。あそこは旦那が期待するような店じゃないよ。旦那も大方他の連中と同じ、あそこでカードの売買が出来ると思ってここまで来たクチなんだろ? そりゃご愁傷様だね。もしもそんな親切な店があるってんなら、こんなババアが案内役商売やってるわけないだろ? あの店ではね、確かにカードを売ってる。旧時代には"マジック:ザ・ギャザリング"とか"遊戯王"とか呼ばれてたカード達だ。でもね、あの店は、ここらの人間にとっちゃカードショップじゃない。あの店はね……、ここらの人間にとっちゃ"世界で最後の煙草屋"なのさ。


秋葉原ってのは貧しい土地だよ。旦那の住んでる豊かな北関東とは違う。旧時代には漫画やら玩具やらの市場として栄えていたらしいけど、大戦後の今の時代、そんなゴミがクソほどあって何になる? ワタシの婆さんの婆さんは大戦直後、麦の一粒も育たないあのごみ溜めで、貴重な古本を齧って食いつなぎ、ゲームの修復用アルコールを舐めて喉を潤した。今だって何一つ変わりゃしない。秋葉原の人間は、知りもしないゲームの同人誌を茹でて飲むし、知りもしないアニメのぼろきれを纏う。「文化を食らって生きながらえた」歴史そのものが、この場所の文化とさえ言っていい。


ここらの人間はみんな、煙草と言えばカード、カードと言えば煙草なんだ。好きなカードを何十枚か集めて切り刻むだろ。それをよーくシャッフルしてデッキを作る。デッキってのは、つまりはシャグさ。巻紙に使うカードを一枚選んで、刻んだカードを詰めて筒状に丸める。そうして端に火をつけて、軽く煙を吸い込むんだよ。人によっちゃここにフィルターを挟むらしいけど、ワタシは邪道だと思うね。せっかくの煙草の味が歪んぢまう。旧時代の文明が燃え尽きる煙が口から喉へとすーっと突き抜ける……。あの背徳的な苦みこそが、ここらの人間にとっての心の故郷なんだ。


……フーッ……。こうやって話してるだけでまた口が乾いてきた……。旦那。ワタシは旦那の味方だよ。同じ境遇の人間なんだよ。欲しいカードがある、どうしても吸いたいカードがある。なのに、なかなかカードが手に入らなくて頭抱えてる。トレーディングカードとも言えない何百年前のピンクチラシ拾ってきて、何百年前の雑誌やら雑草やらの切れ端を詰めて、これは本物の遊戯王カードだ、これは本物のポケモンカードなんだって自分に言い聞かせながら、プロキシのシケモク吸ってる。どうだい。これで少しはワタシの言うことも信用してみようって気になってくれたかい?


===


……ワタシ相手で良かったよ。あの店の中でそんな人を馬鹿にしたようなツラしてみな。旦那、袋叩きにされた上に身ぐるみはがされて明日の朝には野垂れ死んでた。


あの店に行きたいってんなら、ンッンッ、早く文化の違いに慣れるこったね。"マジック:ザ・ギャザリング"。"遊戯王"。"ポケモンカード"。旦那にとっちゃどれもカードゲームの名前なんだろうけど、ここじゃそれはもう煙草の銘柄でしかない。欲しいカードを買おうと思ったら、もう煙草として買う以外に道はない。文化に先だの後だの言っても無意味さ。来るのが三百年遅かったと思って諦めな。旦那、普段はなんのカードで遊んでんの? へぇ、マジック:ザ・ギャザリング。奇遇だね。ワタシがよく吸ってるのもマジックのやつだよ。旦那とはちょっと遊び方が違うだけさ。


それで? 普段はどんなデッキ使ってるんだか教えておくれよ。へぇ、"Griselbrand / グリセルブランド"。じゃあ、他に入れてるカードは"Reanimate / 再活性"とか"Entomb / 納墓"とか? そうかい。案外、煙草もカードゲームもそう違いはしないもんだね。……いや? 知らないよ? 煙草に描かれている模様の意味なんざワタシが構うわけがないじゃないか。でも、ここらの人間なら誰でも"Griselbrand / グリセルブランド"が入ってるシャグには"Reanimate / 再活性"を入れるだろってことくらい分かる。煙草の味と味、フレーバーとフレーバーとがつながるからさ。


旦那はカードゲームがこの世で最も高尚な遊びだとでも思ってるんだろうけど、ワタシから見りゃカード煙草はそんな子供騙しよりよっぽど高尚な嗜みだよ。旦那の持ってるカードの組み合わせはリアニメイトって言って、煙草としちゃ結構重めの喫味で食事の口直しに吸う人間も多いデッキなんだ。ハンデス、ビートダウン、バーン。カード煙草はシャグに入れるカードの組み合わせで味がガラリと変わっちまうから、愛煙家は一枚一枚デッキに入れるカードを吟味して独自ブレンドのデッキを作りたがる。たった一枚のカードですらだよ。たった一枚のカードですら、だ。


だから、あの店でも煙草の味を分かってる常連客たちは、一枚一枚自分の手でストレージやショーケースから選んでカードを買う。店側もそれぞれの客の好みがあることは百も承知だから、分かってる客の買い物にはいちいち詮索はしない。カードの刻み方ですら煙の味は変わっちまうんだ。だから、店もカードを無傷のまま売ってくれる。逆に言えば、そうじゃない客には、そうは売らない。カード煙草に詳しくない客が葉っぱの調合なんて出来るわけがない。だから店側も親切心で、最初からカードを切り刻んで配合した状態のものを"構築済みデッキ"として売ってる。


ストレージは店に入ってすぐ右側の棚にあるよ。でかくて黒くて油汚れした棚だ。ショーケースは店に入って一番奥の壁。でかい錠前がついたガラスの棚。まぁ、どっちも一目見りゃすぐ分かるだろうね。ストレージを漁るときは店員に声をかけなくてもいいけど、ショーケースは店に一声かけないとトラブルになるから注意しておきな。そこから先は、まぁ、旦那自身がその手でお目当てのカードを探すんだね。下手に旦那みたいな外の人間が「あれがあるかこれがあるか」と聞くと怪しまれるから、ワタシに教えてもらったとか余計なことも言ってくれるんじゃないよ。


……ところで旦那。ここから先はサービスで教えてあげるけど。さっきも言った通り、ここらの人間はみんなカード煙草に結構なアイデンティティを感じてるのさ。そこへそんな文化を全く知らないはずの余所者がふらりとやってきて、恐れ多くも「無傷のカードで売ってくれ」と宣ったとする。店の人間は親切心で「初心者は構築済みデッキを買うと良いですよ」と言うが、ソイツは頑なに「いや、とにかくカードが無傷の状態で欲しい」と突っぱねる。そんなとき、地元の人間はどう思うか。「コイツ、カードを煙草じゃなくゲームとして買いたいんじゃないか?」と思うだろう。


地元で愛されている食い物や飲み物をお遊びに浪費される。

旦那。そういう生意気な余所者って、その後どういう末路を辿ると思う?


===


……へへへ。毎度あり毎度あり。"死闘/Mortal Combat"とはまた良いカード持ってらっしゃる。悪いね。でも約束は「店までの道を教えて欲しい」だったからね、そこから先のことまで知りたいとなったら追加でカードが欲しいのは仕方ないじゃないか。むしろ、野垂れ事ぬ前に忠告してやったんだから感謝されても良いくらいさ。貰ったカードの分だけは話してあげるよ。貰ったカードの分だけは、ね。


あんまり人に聞かれたくないんだ。ちょっと耳貸してよ、旦那。


===


……フーッ……。旦那。そもそもの話、"世界で最後のカードゲームショップ"なんてものがなんで成り立ってるのかって疑問に思わなかったのかい? 一度も? まったく? へへへ、そりゃ、あの店が何百年も続くわけだ。いくら旧時代の秋葉原に何十万枚ものカードがあったと言ったって、大戦から三百年も経ってる今の時代にあの店がどうやってカードの在庫を確保してんのかってこと。もちろんいるよ、ごみ溜めを漁るスカベンジャーは。でも、死体漁りでカラスにすら劣るあの連中が、カードを次々と掘り出してこれると本気で思ってんのならそりゃおめでたい話だよ。


あの店はね。"世界で最後のカードゲームショップ"を名乗ることで、"世界で最後のカードゲームの流通ルート"を抑えてんのさ。運送業者は国中からやってきて、あの店に新品のカードを収める。北は栃木、南は静岡。旦那は川口からだっけ? じゃあ、連中惜しいことをしたよ。明日の朝には川口も流通ルート入りするところだったんだから。……ヘヘヘ、信用できたかい? ワタシがここでこうして案内役やってる理由も分かっただろ。ワタシと旦那は利害が一致してる。どうせ店を通して割増料金で旦那のカードを買うなら、先に旦那から直接買った方が安いんだからさ。


結論から言えば、あの店で旦那が無傷のカードを買おうと思ったら、方法は三つしかないね。一番目の方法はちょっと難易度が高いけど一番安上がり。二番目の方法は一見簡単に見えるけど絶対に買うことはできない罠だ。三番目の方法は……、まぁ、これはかなり値が張るから一番目の最初の方法にしておいた方が良いよ。本当だよ。本当。これは心の底から親切心で言ってる。ワタシもそろそろ目当てのカードが揃ってきてさ、旦那からこれ以上カードをぼったくっても仕方がないってのがその理由。……ぼったくるってのは言葉のアヤだから、その、あんまり深く考えないで。


……まぁ、一番目の方法が何かってのは旦那も薄々分かってるんじゃないの? 至極簡単な話だよ。カードゲームを買いに来たんじゃなく、煙草を買いに来たって信じさせればいい。ようは無傷のカードを持ち帰ろうとするから怪しまれるんであって、買ったカードにその場で火をつけて吸っちゃえば誰も旦那を疑うことはしない。あの店にはフリースペースがあって、買い物をした客なら誰でもそこで喫煙できるようになってる。旦那は店員に「すぐにそこで吸いたい」とかなんとか言って、自分の手でカードを切り刻んで、それを胸いっぱい吸って見せればいいのさ。


大昔から同じことだよ。バーに流れ着いた旅人が地元の人間に受け入れられるにはどうすべきか? 地元の人間もぶったおれるような地元の酒を、地元の人間以上に吞んで見せればいい。カードの巻き方はワタシが教えるよ。旦那はそれを怪しまれないよう美味い美味いと味わう。こーんな感じで目を細めたりしてね……。もちろんお目当てのカードまで切り刻んだらおしまいだから、目くらましに何十枚かカードを買って、一枚だけ懐に隠して持って帰るってやり方になる。そんな金がないってんなら、旦那が腰からぶら下げているデッキ、そいつに火をつけて吸って見せてもいい。


ヘヘ……。やってみればさ、これも案外悪くないって旦那も思うよ。巻紙に使うカードは出来る限り燃焼速度が遅いものを。箔押しのカードは丸まってるけど、あれを巻紙に使うと味にムラが出て人を選ぶから注意したほうが良い。そうそう、シャグに使うカードの切り方も教えとかないと。刻み幅は大体0.7ミリ、細くなれば細くなるほど口当たりが優しくなるから、何本か吸って自分で調整するといいさ。同じカードでも再録された時期によって印刷の時期が違うから煙の味も違ってね、慣れた人間だと火をつける前からカードの臭いを嗅ぎ当てることさえ出来るくらいだ。


懐古趣味も入ってるとは思うけど、古い時代に印刷されたカードは雑味が少なくて舌にも甘く感じるんだよ。遊戯王なんて特に再録が多い銘柄だから、ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴンなんて"ストラクチャーデッキ-海馬編-"に収録されていたカードと"ストラクチャーデッキ-海馬編- Volume2"に収録されていたカードじゃ切り幅によって辛味が180度変わるとも言われてるくらいで、肺に入れば同じカードとは分かっていながら、ワタシもいつかはご相伴に預かりたいと思ってるんだけど、これがなかなか市場に出回らなくて、そしたらこないだ栃木からやってきたカモが……。


===


……へぇ。そう。やっぱりどうしたって気に入らない? そりゃ残念。


……いいや? ゴホッ! 別にワタシは構わないよ? 薄々そう言うんじゃないかとは思ってたんだ。旦那だけじゃない、ヨソからやってきた人間はみーんなそう言うから。もう二度と印刷されないカードさ。古代文明の遺物。出来る限り数を減らしたくないって気持ちも分からなくはない。ましてや自分の手で火をつけて、燃やして、灰にして啜ろうってんだから、抵抗があってもおかしくはないさ。まぁ……、「分からなくはない」ってのは嘘だね。ワタシには旦那の気持ちは分かりはしないけど、旦那がそう言うことを言うだろうなってのは、分からなくはない、ってだけ。


歴史ね……。歴史。確かに大事なことだろうさ。こいつがカードゲームとして遊ばれてきた歴史より、カード煙草として燃やされてきた歴史の方がもう長いくらいだけど。だからと言って最初はカードゲームだったという歴史が揺らぐことはない。別に構わないよ。旦那があくまでカードゲームとしてカードを買いたいって言うんなら。ワタシも止めやしないし、店だって無理にそれを止めようとはしない。さっきも言った通りさ。旦那には選択肢がある。店の扉を正面から叩いて、自分の素性を堂々と名乗って、「カードを買わせろ」と馬鹿正直にお願いすることも出来なくはない。


……フーッ……。実際、そうやって店に行った人間もこれまで何人もいたよ。でも、まぁ、お勧めはしないね。ワタシが儲からないからってのもあるけど、単純に、人間としてお勧めしない。それが元々のゲームにあったルールかどうかは知らないけどさ。そういう時、店の人間は決まってアンティってのを客に持ちかけるんだ。お前さんが煙草屋でカードゲームを買いたいと言うのなら、お前さんの好きなカードゲームで勝てたら譲ってあげても良いですよ。その代わりお前さんが負けたら、お前さんの持ってるカードを私たちに吸わせてくださいって。賭け試合だよ。


ワタシらみたいな客風情じゃ大昔カードゲームがどう遊ばれていたかなんて誰も知らないけどさ、流石に店の人間ともなるとそのあたりの歴史もよく知ってるんだ。大戦前はああだったこうだった。ルールブックみたいなのを持ってて、このゲームを遊ぶ正式な手順も把握してるらしい。だから、旦那はこのまま道をまっすぐ歩いて、そのまま用意されたテーブルに座って、そこで勝てるんだったらそれも一つの選択さ。聞いた話じゃ何戦かゲームをやるらしい。試合を重ねるごとに賭けるカードの枚数が吊り上げられていって、最後はデッキまるまるアンティになるんだってさ。


腕に自信があるってんなら、ワタシは止めないよ、旦那。へへへ……。実際、それが二つ目の方法なんだから。ワタシはこのまま黙って旦那を見送るだけさ、それで済むんならこっちとしても願ったり叶ったり。まぁ、そうだね。一言言っておくんなら、そうして見送った連中の内、ちゃんとこの道を戻ってきた人間を見たこと、ワタシは無いね。一人もさ。ああ、ただの一人も。でもいいじゃないか。カードゲームのルールで戦うんなら、カードを煙草としか思ってない連中に負けるわけがないって、そう思ってんだろ? 自分の生き様に自信を持ちなよ。その腕、試してこればいい。


……ところで旦那。ここから先はもう一つサービスで教えてあげるけど。さっきも言った通り、"世界で最後のカードゲームショップ"は旦那みたいな旅人からカードを巻き上げることで在庫を補充してるんだよ。大抵の旅人ってのはカードゲームの知識なら負けないって思ってるし、ここだけの話、実際に遊んでみると店の人間もやっぱりゲームのことをそこまで分かっちゃいないらしい。でも、なんでか知らないけど、終わってみたら負けてカードを巻き上げられてるんだってさ。単純に、カードの引きが良いらしいよ。まるで、次来るカードが何かを分かってるみたいに。


ゲームに詳しくないと嘯きながら、やたらとカードの引きだけは良い。

旦那。そういう不自然な挙動って、その裏どういうコトをやってると思う?


===


……なんてこった。待ち人来たりとはこのことだよ。旦那"脳崩し/Brainspoil"なんて持ってたのかい……!? ずっと探してたカードなんだ……。コイツさえあれば、ようやく胸いっぱい煙が吸える!ありったけカードを集めてどれだけの間お預け喰らわされてきたことか……。旦那、ワタシ、何でも話すよ。そりゃ何でも話させていただくさ。貰ったカードの分だけは話す。貰ったカードの分だけは、ね。


どれもこれも内緒の話さ。ちょっと耳貸してよ、旦那。


===


……それにしても残念だね。最初に言った通りだよ。3つある方法の内、最後の一つは割高になるからお勧めしないんだ。まぁでも、旦那もアンティに勝つってのがあまり現実的じゃないってことは分かってくれたろ? これまでの連中にも言って聞かせたけど、大抵の連中は旦那と違って聞く耳も持たなかったよ。そう考えれば旦那は博打打ちとしても冷静ってことなんだから、ひょっとすると、他の連中よりかは勝つ確率も高いのかもしれないけどね。どうだい? ワタシはカードゲームのルールはよく知らないけど、手札がばれてるってのはそんなに遊びづらいもんなのかい?


ああ、いいよいいよ、細かい説明はいい。興味もないし、どうせ説明されたってこの頭じゃわかりゃしないんだから。どこまでのもんなのか知りたかっただけで、旦那には悪いけど、ワタシにとっちゃどこまで行っても煙草は煙草だから。それは店の連中も同じだよ。どれだけ口先でカードゲームを遊びましょうと言ったところで、連中にとってカードってのはあくまで煙草の葉っぱなんだ。シャグの臭いをひと嗅ぎすれば生産年度まで言い当てる中毒者相手に、手札を隠して腹の探り合いするなんてどうしたって馬鹿げてる。勝てっこない。つまりはそういうことだろう?


でもまぁ、参ったねこれは。ワタシが仕向けたワケじゃないけど。これじゃまるで最初から選択肢は最後の一つしかなかったみたいだ。でも、仕方がないね。旦那は誇り高いカードゲーマー、ワタシら煙中毒とはワケが違う。同じカードを愛し、同じ言葉を使っても、考え方は全く異なってる。愛するカードに自分で火をつけて灰にするようなマネはしたくないし、愛するカードを嗅ぎ当てるような無法者と遊びたくはない。そりゃ仕方がないことさ。誰も責められない。旦那、こんな腐った時代の中にあっても、その誇り高さ、ワタシは心から尊敬してるよ。本当にさ、本当に。


でも、本当に最後の一つはお勧めできないんだよ。カード1枚手に入れるのに対して、そうだね、カード5枚は欲しい。これまでなら2枚でもやってたけど、一通り必要だったカードは手に入ったわけだし、無理にやる必要もなくなったわけで、まぁ5枚は欲しい、と言うか、かかるかな。旦那が欲しいカードがあるってんなら、それと同等の価値のカード5倍はかかる計算かな、うん。旦那達の言うところの1-5交換ってやつさ。旦那は1枚のカードを相手のライブラリから持ってくるのに、5枚のカードを支払わなくてはならない。どうだい? それっぽく言えてただろ。


ヘヘヘ……。はいはい。自分で言ってても割高だとは思ってますよ。でも、仕方がないじゃないか。ワタシだってあんな掃きだめみたいな店には近寄りたくない。ただでさえ年中異臭がするような店だってのに、下手すりゃこっちのカードまでかっぱらわれる。それを旦那がどうしても、どーしてもワタシに代わりにカードを買いに行って欲しいってんなら……、手数料としてそれくらいの対価は貰わないと割に合わない。そうだろう? ワタシほどの善人は秋葉原にはいないよ? でも、ワタシほどの善人にも生活んがある。何かと要りようなのさ。こっちの事情も分かってくれよ、旦那。


ゴホッ! ゴホッ! 別に。このレートで嫌だってんなら、構わないよ。ゴホッ! 旦那がこれから煙草を覚えて、このゴミ溜めに馴染もうってんなら邪魔はしないさ。随分と気の遠くなるような作戦だとは思うけどね、旦那がそこまで貴重なカードに火をつけたいってんなら止めやしないよ。無理を承知で店に行ってアンティ・マッチに臨んでみてもいいんじゃない? 面白いじゃないか。匂いでカードを言い当てるなんて現実的じゃない、本当はそんなこと出来っこないって可能性に賭けてみるのも。まぁ、よく知らないけどそれがカードゲーマーらしさなんだろう? 違うのかい?


……時間はあるんだ、ゆっくり考えてみてよ旦那。ワタシは旦那から貰ったカードで欲しかったカードはぜーんぶ集まった。早いとこコイツで一服させてもらいたくてさ。"空を放浪するもの、ヨーリオン/Yorion, Sky Nomad"、"死闘/Mortal Combat"、それに"脳崩し/Brainspoil"……。騙すつもりはなかったんだけど、まさか旦那が丁度ワタシの欲しがってたカード全部持ってるなんて思いもしなかったから。でも、旦那も悪いんだよ? 手札が揃ったプレイヤーは冒険しないのがセオリーだ。相手にカードを渡すときは、ギリギリまで相手の手の内を予想しなくっちゃ。


……っと、おっと、これじゃまるでワタシの方がカードゲーマーみたいじゃないか。舐めた口きいて悪かったね、旦那。じゃあ、ワタシはさっそく向こうで一服させてもらうから、腹が決まったら声をかけてよ。なにせ夢にまで見た百種以上のフレーバーが混ざってる超贅沢な一服だよ。丸一日は、吸いっぱなしになると思うからさ。


……ヘヘヘ。


===


……フーッ……。それで? 旦那、結局どうするつもり?


まだ、決まらない。ンッンッ。ああ、そうですか、そうですか……。気になってるのはレート? ああ、確かにそりゃそうね。1枚のカードと同価値のカード5枚って言われても、旦那の欲しいカードが店でどの程度の価値なのかが分からないと。確かにそうね、そりゃそうね。何をどれだけ払うことになるのか分からないってんじゃ、仕事頼むのにも踏ん切りはつかないと。フーッ。そりゃそうね、そりゃそうね。えーっと、なら、まずは教えてもらえる? 旦那があの店、"世界で最後のカードゲームショップ"で買いたかったカードってのは、一体全体なんだってのか。


……"機知の戦い/Battle of Wits"?


……フーッ……。そう、そう。なるほどね。旦那が探してたのは、"機知の戦い/Battle of Wits"だったか……。いや、そう。すると、あれかい。"空を放浪するもの、ヨーリオン/Yorion, Sky Nomad"、"死闘/Mortal Combat"、それに"脳崩し/Brainspoil"……。これまで旦那がワタシに渡してきたカードってのは、あれは元々旦那が組みたいデッキのキーカードで、そこから余った分をワタシに渡したと、そういうこと? ……フーッ……。いや、ワタシはてっきり、純粋に旦那が要らないカードをうっぱらってるもんだとばかり思ってたんで……。


……まぁ念のため、確認するんだけどさ。


ンッンッ。えーと、旦那がそこまでして欲しかったカードが"機知の戦い/Battle of Wits"ってことは、すると、あれ、旦那が組みたかったデッキってのは、バベルデッキで間違いない? 一つのデッキにカードを200枚以上つっこむ必要がある、あの、贅沢な。ああ、そうですか、そうですか。そりゃそうだね、"機知の戦い/Battle of Wits"が入ってなきゃ、バベルデッキは作れないしねぇ……。で? 旦那としては? "脳崩し/Brainspoil"を隠し味に"空を放浪するもの、ヨーリオン/Yorion, Sky Nomad"で味を安定させようと思ってたとね。なるほどねぇ……へぇ……。


……フーッ……。これは一体、どうしたもんかね……。


……案外鈍いね、旦那も。そこまで鈍いと、こっちにも要らない罪悪感が出てくるじゃないか……。ゴホッ!ああ、悪い悪い。ゴホッ!旦那と、ワタシ。二人をカードゲーマーと愛煙家って分けるから分かりにくくなってるだけかも。単純に、二人の人間が同じルールに従ってカードを欲しがってたって考えればいい。旦那が持ってたカードは、ワタシが欲しかったカード。同タイプのデッキを使う者同士で、でも、根本のところでワタシと旦那じゃテーマが違っていて。ワタシは煙中毒で、旦那はカードゲーマーで。もうあの店には、一枚も"機知の戦い/Battle of Wits"は売ってなくて……。


ああ……、一服したらなんかだんだん面倒くさくなってきたね……。

こっちの方が早いや。ちょっと鼻貸してよ、旦那。


===


……フーッ……。


===


分かった? 今嗅いだのが、"世界で最後のバベルデッキ"が燃える匂いなんだけどさ。

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