撒き餌

……おい。よせって。そっとしとけ。お前も巻き込まれるぞ。暫くしたら落ち着くからコーヒーでも淹れて大人しく待っとけ。ナウェルと統計チームのいがみ合いはここじゃリリース後の恒例イベントなんだよ。いちいち気に病んでたらこっちの神経がおかしくなっちまう。心配すんな。「何をどうしたらいいのかも分からない!」とか「何が面白くて何が面白くないかも分からなくなってる!」とか大袈裟に騒いじゃいるが、ナウェルは誰もが認めるゲームデザイナーだよ。


この間リリースした"ブルーエステイト"のイベントあったろ? あれの新規ユーザー分析の結果が出たんだとさ。それで、その結果がどうにも気に入らないって噛みついてんの。統計チームの連中も文句言われるのが毎度のことだから、何を根拠に抜かしてんだって噛み付き返す。どっちも疲れるまで辞めないんだからほっとくしかない。おい、スタジオのBGM変えれるか? ノーマルガチャのシーンのやつかけてくれ。眠くなるやつ。そうそうそれそれ。それで落ち着くまで様子見よう。


お前この現場来て何ヶ月になる? じゃあナウェルの喧嘩を見るのも今回が初めてか? それじゃ面食らうのも無理ないな。まぁ、しばらくは慣れないと思うがそのまま業務続けてくれ。大丈夫大丈夫。直に慣れる。どこにでもあるような些細な話だよ。当人だけは自分の置かれている立場にまるで満足していないってやつ。才能ある若者が自身の才能を認めたくても認められない、若さ故の葛藤、可能性への過大なる不信感。アイツもまた、そんな悩める若者のうちの一人なんだよ。


ナウェルは昔っから自分の作るゲームが人間に遊ばれていない現実がお気に召さないようでね。やめとけって何度も何度も声をかけてんのに、自分の評判をネットワーク上で検索するのが辞められない性格なんだよ。その癖して、自分のゲームがbotにしか遊ばれてないんだと現実を突きつけられると、狼狽し、錯乱する。かわいそうな話だが、毎度のことなんだ。私の作るゲームには血が通っていないとでも言うのか、だから機械しか遊ばないとでも言うのかって、ああやって嘆き苦しむ。


有り余る才能が招く悲劇だよ。……あんまりこんなこた言いたかないがな、そもそも俺らのいる部署はどこだって話なんだ。D&EfBチーム。ディベロッピング・アンド・エンジリニアリング・フォー・ボット。お前も分かってるだろ? フォー・ボットだぜ? 自分の作ったゲームがbotに遊ばれてるのが気に入らないも何も、俺らは最初からbotを客層にしてゲームを開発するチームにいるんだ。それをあんなに嘆き苦しまれちゃ、聞かされてるこっちの身にもなって欲しいもんだ。


ナウェルだってbotが遊ぶゲームを作る為に雇われてるデザイナーだぞ。botが遊ぶゲームを作る部署に所属し、botはどんなゲームに楽しむのかを考えて企画し、botが興味を持つゲームを開発している。つまり、全ては計画通り。ゲームを遊ぶべき連中は遊んでくれてるのに、それがどうしても気に入らない。俺は以前は人間向けのゲーム開発に携わってたが、同じだよ。ようはあれこそが、クリエイターと会社との間で作品を届けたいユーザー層がズレちまった喧嘩ってヤツなんだよ。


ナウェルはな、もっとアイツの信じる「人間らしい人間」に自分のゲームを遊んで欲しいのさ。時に感銘を受けて、時に感傷に耽るような……分かるだろ?


===


アイツの気持ちも分からんわけじゃない。客の悪口を言うのは気が引けるが、ハッキリ言やbotはネットワーク上における一種の公害だからな。50年前から加速度的にその数を増やし、今じゃ7000億を超えるbotが活動していると言われている。日本語圏だけでも500億くらいか? 奴らを最初に生み出した連中は、かつてはbotを通じてビッグデータへの介入を画策していたらしい。機械に大量に任意の会話をさせることで、ネットワークを管理する人工知能すら欺こうと試みたんだ。


しかし、所詮はbotのコントロールを放り出しちまった無責任な連中の描く陰謀だよ。指数関数的に増えたbotはビッグデータを破壊するどころかお互いの認知を歪めちまって、誰かの作ったbotの話題をまた別のbotが拾う無限ループに陥った。ネットワーク上じゃ今もbot同士の無意味な会話が肥大している。奴らの会話なんて「やぁ、こんにちは」「こんにちはとはこんにちはだね」くらいなもんだ。そんなもんまともに制御しようとしたら、あっという間にネットワークはパンクしちまう。


今となっちゃ口にするのも憚られるが、昔は政府肝煎りでネットワーク上から全botを排除する計画だって立てられたくらいだ。しかしよ。相手は7000億もの数でネットワークを占拠してる人工知能の大群だぜ? 既に製作者が死んでる野良botだけでも5000億は徘徊してるってのに、そんなのどうやって虱潰しにしようってんだ。生体人格と人工人格に99.7%の差異しかないこの時代に、会話の質が低いからと言ってbotを一律に削除することは人権の観点から見てもマトモじゃない。


圧倒的マジョリティとなったbotとの共存は、人類にとっちゃもう避けようのない現実なんだよ。そこで人類は思いつく限り最も安上がりな方法で人類社会とbotの社会を遮断することにした。つまりは棲み分けだな。人と人とを接続するもの、人と人とを分断するもの、それはいつだって「話題」だ。botがbotだけの話題で盛り上がっている間に、人類は人類だけの話題で盛り上がっておく。そうすりゃ文化が勝手に隔たれ、次第にお互いの存在すら認識出来なくなる。簡単なトリックだろ?


人類には人類が消費するコンテンツが必要だし、botにはbotが消費するコンテンツが必要だ。ウチの担当はたまたまbot向けだったってだけの話。botが好みそうな情報を餌にしてネットワークにばら撒くことで、その話題へとヤツらをうまく誘導するんだ。「撒き餌」に釣られたbotは競うようにしてそのコンテンツに言及し、言及された撒き餌は流行りの話題と勘違いされて他のbotの手で拡散される。情報と興味が檻となって、連中は一生人類社会には関わることがなくなるワケだ。


アイツに引け目があるのは無理もない。偉そうな口きかれることも多い業界だよ、ウチは。機械を騙して儲けてるだのなんだの。クリエイティビティがどうだアカデミックがどうだ、そういう視点から見ればそりゃウチのゲームはどれも人類史にとって無に等しい存在だからな。文化的寄与はゼロ。考察の価値は皆無。無数のbotが産み出す無意味なアクセス数の広告収入によって成り立ってる無節操な業界だろうよ。しかしだな、俺らがゲームを作らなかったら、この世はどうなる?


「貴方も○○を遊んでるの? ここにホットなチックが貴方との協力プレイを待ってるわよ!国立天文台駅まで来て!gjwa15g45k」


無価値な情報の洪水の中に、人類文明は音もなく沈んでいくだろうよ。無数のホットなチックで構成された海から、たった二文字の文化を引き上げる小舟のように。


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botはシンプルなプログラムだ。センセーショナルな話題、ショッキングな話題、スキャンダラスな話題をヘッドラインからいち早く見つけ、それについて一丁噛みで会話を行うようにプログラムされてるだけ。逆に言えば、あえてそういうコンテンツを定期的に供給することで、人類なら馬鹿馬鹿しくてすぐ飽きるような作品も、bot相手なら半永久的に盛り上がっていると錯覚させることができる。かと言って、それを生業にしようと思えばコトはそうシンプルにはいかない。


いっそクリエイターとして無能なら良かった。ナウェルが不幸だったのは、本人が望みもしない才能がアイツにあったことだ。こういうbot向けコンテンツは作るのにセンスがいるんだよ。一握りのクリエイターだけだ、ストレスでおかしくならないのは。なにせどこまでもユーザーの動物的本能に訴えかけ、それでいて特定のルーチンを描くように機械的で、一度始めたら最後までやり通さなきゃいけない。どこのスクショを切り取ってもbot受けがいい。ナウェルはそれが素面で出来る。


純文学には純文学のbot担当が、ジャーナリズムのにはジャーナリズムのbot担当がいるだろう。だがな。ビデオゲーム業界のbot担当であるところのウチは、ヨソと違ってSNSで上っ面だけの会話をするbotに加え、自動でゲームをプレイしてゲーム内通貨を稼ぎ続けるプレイヤーとしてのbotのご機嫌取りも同時に行わなくちゃならない。プレイヤーネームが「default-465234632」とか「vyneodye」とかになってる皆様のことだ。こいつらがまぁ、なかなか気難しい顧客なんだ。


ナウェルが過去にデザインしたゲーム、遊んだことがあるか? アイツと揉める前に一度は遊んどけよ。人間向けにこそ作られちゃいないが、なかなか良いぞ。心の底からエンターテインメントで、まるで記憶に残らない爽やかさがある。俺がこのプロジェクトに参加したのだって元を辿ればアイツのゲームに惹かれたからだ。素晴らしいゲームだよ、まるでヴァイラルメディアにまとめられるために生まれてきたかのようなゲーム。今回の"ブルーエステート"だって実際そうだっただろ?


ちょっと待ってろよ。おい、新規ユーザー分析の結果、公開ルームにもチャットで投げてもらっていいか。ありがとうありがとう。えーと、おお、すげぇな。見てみろここの数字。新規登録ユーザー7億8000万人、うちbotユーザー数が99.99999%。毎度ながらとんでもねぇbot人気だ。イベント走破率はどうだ……? おいおい、こっちも78.75%ときたか。ちょっと性能の低いbotだとゲームルールをちっとも分かっちゃくれないもんだが、流石はナウェル勘所が分かってやがる。


統計チームはこりゃ面目丸つぶれだぞ。今回の喧嘩はやけに長いと思ったら、そういう理由でも揉めてんのか……。シナリオにしろキャラクターにしろ、ナウェルがごり押ししたところばっかりトレンド入りしてるじゃねぇか。統計チームは「新規イベントは他社トレンドでもある政治問題に被せましょう」って推してたんだが、ナウェルが「政治問題を人気取りで作品に取り込むのは人倫に悖る」って言って止めたんだよ。その結果がこれじゃ、そりゃ揉めるだろうな……。


統計チームの連中だって連中なりに本気でbot好みのゲームを作ろうって開発に口出ししてたんだ。それを真っ向から否定された挙句、今じゃ自分たちを否定した相手がやっぱり正しかったって分析結果をまとめてるんだぜ。こんな分析結果を報告しなきゃならないってだけでも屈辱だろうに、その相手であるナウェルが何にあんなにキレ散らかしてるのかって言ったら……、自分のゲームをbotが遊んでるなんて信じられない、分析結果が間違ってるだろって文句つけてんだから。


救えねぇ、まったく救いようがねぇよ。誰にも止められねぇし、誰も幸せにならないし、誰も救わない揉め事なんだ、あれは。


===


やめとけって。だからやめとけ。お前の優しさは分かる。分かるが、残念ながらお前は人間だ。誰かにとって耳触りの良い言葉ばかりを喋るようには作られてない。下手に人間である俺らが声をかけると藪蛇になりかねない。今はそっとしておいてやるべきなんだよ。統計チームの連中はあれはあれで強かで、数日もたてばナウェルの手柄でも平気で自分たちも頑張りましたみたいなツラしてるから大丈夫だ。あいつらにとっちゃゲームは仕事だからな、割り切るところは割り切るさ。


ナウェルは……、まぁ後に引きずる方ではあるが、声をかけて今より余計に拗れるよかはマシだろ。「最近お喋り用botとばっかり話してる」ってこの間も言ってたしな、なんか40kbくらいのbotと話してると心が休まるらしい。……おいおい、お前、なんだその目。その目は偏見というか驕りを感じるぞ。もしかしてナウェルとおんなじタイプの思い込みしてないか? ははーん。さてはアイツが「自分のゲームをbotしか遊んでくれない」って嘆き悲しんでると勘違いしてるな?


待った待った。言っとくがな、あいつは別に自分のゲームがbotにしか遊ばれてないなんてこれっぽちも思っちゃいないぞ。止めといてよかった。「私は面白いと思いますよ」とか「分かってくれる人は分かってくれていますよ」とか声をかけてみろ、「私のゲームがbotにしか遊ばれてないと思ってるんですか!?」って逆に無茶苦茶な剣幕で叱り飛ばされるところだったぞ。偏見だよ偏見。アイツと方向性は違えど、botに偏見を持ってるからそういう思い込みにハマるんだ。


この場合は人間に思い込みを持ってるっつったほうが良いのかな。まぁなんでも良い経験だ。早いうちからの勉強だな。一遍お前も見てみるといい。さっきの新規ユーザー分析結果、0.00001%の非該当ユーザーに対してクエリ投げてみろ。新規イベントで増えた非該当ユーザー、つまりは人類は73名。うち、イベント走破者は8名。うち、アンケートに参加してくださった方は4名。どーれ。4名のありがたいプレイヤー様のコメントは……、おーおーこりゃまたありがたいこって。


「omosiroine」で星3/10、「遊び方が分からんつまらん死ね」が星1/10、「いったい何をどうやって遊んでいいのかも分からない」で星2/10と、「何が面白くて何が面白くないかも分からない」の星3/10だとさ。


分かっただろ。これに懲りたらお前も人類のお客様が40kbのお客様より高尚だと思い込むのはやめるこったな。大抵のゲームの感想文は過去のデータから自動でbotが生成してくれる世の中だ、自分がいつまでも高尚な側にいると思い込むのは驕りだぞ。……さっき俺が人類用のゲーム開発やってた話、しただろ。想像してみろよ。ウチと全く真逆、99.99999%が人類のお客様のゲームで、毎日これに付き合わされる身になったら。俺がアイツのゲームに惹かれた気持ちも、分かるだろ。


あーあ、まったく嫌んなる。俺たちが人類が愚かになるコトに慣れすぎちまっているのか、それともアイツにクリエイターとしての自信がありすぎるのか……。アイツの内心までは分からんが。まぁ、やっぱり根が優しいんだろう。じゃなきゃあそこまで意地になって食い下がらないだろうしな。たまに思うんだよ。アイツは多分、人類のために胸張ってるんじゃないかって。ほら、見てみろよ。現にこのスタジオにだって、人類のために立ち上がろうってヤツは一人もいないだろ。


……お前、まだナウェルと一緒になって、人類のために胸張ってくるつもりあるか?

「こんなのおかしい、botと人類の統計逆になってませんか?」みたいにさ。


いや、すまん。意地悪言うつもりはなかった。ただ、その、聞いてみただけだ。








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