遊ぶカナリア


「コリヌム・ワレヌ小学校の1年生の皆さん、こんにちは」


『『『こんにちはー! 』』』


「今日はコリヌム国立鳥類保護センターにお越しいただき、誠にありがとうございます。僕は案内係を務める飼育員のレッドです。オウムも、ダチョウも、ヒトも。みんなからはレッドって呼ばれています。皆さんも、何か質問があれば遠慮なくレッドと呼んでくださいね。今日は一日見学、よろしくお願いします!」


『『『レッドさん、よろしくおねがいします!』』』


「さて、このコリヌム国立鳥類保護センターでは何百種類もの鳥類を保護しています。北はシベリア南はパタゴニア、世界中のありとあらゆる場所からここまで鳥たちが集まっている場所はこの国には他にありません。しっかり勉強をして帰ってくださいね。……ところで、皆さんはアマルカナリアって知ってるかな?」


『知らない』『カナリア?』『ウチにもいるやつ?』


「今、皆さんの目の前にあるこのケージ。中をたくさんの黄色い鳥たちが飛んでいるでしょう。実は、彼らがこそアマルカナリアなんです。この鳥たちは遠い遠い南のアマルジャル島からやってきました。見た目も可愛くてとっても元気だよね。翼長30cm、体長約15cm、一般的なカナリアと比べると比較的大柄な種です」


『あのう、レッドさん、これって撮影しても大丈夫ですか?』


「おっと、ここでスマホを取り出すのはちょっと待ってください。撮影自体は問題ないんだけど、いくつか注意事項があるので後で撮影時間を設けます。さてさて、先生の目もあることなので、それまで少しお勉強をしておきましょう。実は、彼らはとーっても面白いあだ名で呼ばれていたんだけど……、皆さんはなんだか分かるかな?」


『わかんない』『バナナとか?』『アママカナリア』


「ハハハ。確かに彼らはちょっとバナナに似てるよね。でも、残念ながら違います。アママカナリアは面白いな、でもそれってあだ名っていうのかな。残念ながらそれも違います。他に分かった人はいないかな? ……いなさそうですね。じゃあ、答えを教えましょう。"Canario para jugar"、つまり、"遊ぶカナリア"です」


===


アマルカナリアは、別名「遊ぶカナリア」と呼ばれていた。

その名の通り、彼らはかつては本当に遊ぶカナリアだったんだ。


彼等の故郷アマルジャル島には「ヨルハ」と名乗る部族がいて、月と太陽と信奉する敬虔な人々だった。太陽の陽射しを生、月灯りを死の象徴と看做すヨルハの死生観では、夜に太陽が見えないことを生命の胎動が弱まっていく兆候だと解釈した。そこで古代ヨルハの人々は、パレムと呼ばれる椰子の木の薄皮を剥き、目一杯の油を染み込ませ、それにボール状にしたものに火をつけた。夜が明けるまでの太陽代わりに、見張り台や軒先などなど、高いところに偽物の太陽を掲げる風習を作ったんだそうだ。


見張り台にしろ軒先にしろ、地上からの高さはたった数メートル。どれだけボールが煌々と燃えても、太陽の代わりはつとまらないと思っただろ? 古代ヨルハの人々も、どうやら僕らと同じ不満を抱いた。ボールを高く、今より高く、いつかは月に届くまで。彼らはひたすらボールを高く蹴り上げる術を磨き、いつしかそれはパレミオという宗教儀礼のような遊びに変わった。パレミオの偉大な神官たちは、鳥たちが羽ばたくところ、およそ30m上空までボールを蹴り上げる事もできたらしい。


白い砂浜。岩がちの台地。苦い臭いの立ち込める沼。広いアマルジャル島の全てがパレミオのフィールドだった。長いホモ・サピエンスの文化行動史に照らして言えば、どんな宗教儀礼も成熟すればいつかは競争の種になるもので。最初はただ高くボールを蹴り上げれば良かっただけのパレミオも、次第に隣の村……相手フィールドからボールを奪い、一つでも多くの太陽を自分の村……自身のフィールドに蹴り上げ続けるエンターテイメント、または祭りの様相を帯びていった。


こちらも長いホモ・サピエンスの文化行動史に照らして言えば、どんなゲームルールも成熟すればいつかはシステムの穴を突こうと考える不届き者が現れるもので。島の波や風、時には鳥まで利用して、更に高くボールを運ぼうとする人々が現れたのもまた、歴史の必然だった。ボールに餌となるミミズを練り込んだり、ショートの葉で香りをつけたり、あるいは群れの移動を餌を撒いて無理やり変えてしまったり。そうして古代ヨルハの人々は、天を飛ぶ鳥たちに自らの太陽を運ばせたんだ。


月灯りから、松明の灯りへ。松明の灯りから、鳥たちの運ぶ灯りへ。パレミオはサルがヒトへと進化する過程で、夜まで活動時間を広げるために生まれた遊びと言っていいかもしれない。事実古代ヨルハの人々は、そうして自ら偽物の太陽を運ばせた鳥たちを、神の遣いとして敬い、崇めた。アマルジャル島のあちこちには、今も鳥たちが落としたパレムの火で全焼した集落の跡が残ってる。面白い話で、そうして焼けた家々は、彼らからしてみれば神から下った罰という認識だったそうだ。


クマノミとイソギンチャクのように。アブラムシとブフネラのように。数千年に渡るヒトとの関わりの中で、アマルカナリアの習性はパレミオというゲームのルールに組み込まれていった。燃え盛る火の玉を追う鳥の大群を、君は見たことがあるかい。僕はある。古いビデオの中だけど。彼らは故郷の自然の摂理として、それを追い、飛び続けることで餌にありつけるということを覚えている。本能のままに飛び、歌い、どこかのフィールドまでそれを運び届けるんだ。いつまでも、どこまでも。


それが遊ぶカナリアとしての、アマルカナリアの本来の姿だった。


===


「アマルカナリアは現在、IUCNレッドリストカテゴリーに登録されている鳥たちです。絶滅危惧種って言葉、知ってるかな? これは、世界でももうほとんどいない、とってもとっても数が少なくなってしまった動物ってこと。遊ぶカナリアってあだ名だったけど、今はもうほとんど遊び相手がいなくなってしまった鳥なんです」


『レッドさん、質問してもいいですか?』


「どうぞ、何でも聞いてください。その前に、君の名前は?」


『私はベラです。よろしくレッド。私が聞きたかったのは、アマルカナリアたちがいったいどんな遊びをするかってことです。ビデオゲーム? 言葉遊び? ただその辺をぶらぶらするんですか? だって、かわいそうだから。私は家でよく偉そうな人を撃って殺すゲームを遊びます。アマルカナリアも一緒に遊べますか?』


「ありがとうベラ、とても良い質問だね。まず初めにお答えすると、アマルカナリアたちは偉そうな人を撃って殺すゲームは遊びません……試したことはないけど。もしかしたら遊べるかもね。でも、彼らはずっと昔から、たった一つのゲームに夢中なんです。そのゲームの名前は"パレミオ"。ボールを使うゲームです」


『ボールを使うんですか? どんなゲームなの?』


「ほら、ケージの中を見てみて。天井からボールが吊り下がっているでしょう、下にはゴールって書かれたエリアもある。むかーしむかーしアマルジャル島では、たくさんの人が椰子の木の皮を丸めたボールに火をつけたもの蹴って遊んでいました。ヒトと、アマルカナリアが、一緒になってゲームを遊んでいたんです」


『ええと、それで、どんなゲームなんですか』


「それは非常に美しい遊びで、言わばヒトの社会とアマルカナリアの社会とのファーストコンタクトでした。言語を介さないコミュニケーションとして、かつて僕らの先祖はゲームを通してカナリアと対話し、カナリアを介して島のあらゆる自然との対話を行ってきたと言ってもいいでしょう。それは僕らが既に忘れてしまった……」


『……あの、すみません、私が聞きたかったのはそういうかっこいいお話じゃなくて、単にどういうルールだったですかって聞きたかったんですけど……』


「あっ、ごめんなさい……。こういう話になるとついつい喋りすぎちゃって……。ええと、ヒトがボールを蹴り上げると、鳥たちがそれを追いかけるんです。そうすると鳥たちは餌をもらえて、自然とボールを運ぶ習性が身についていったんだそうです。だからここでも同じようにケージに遊び道具を用意して餌付けをしようと……」


『あの……』


「……ベラ。ごめんなさい。正直に言うと、その質問には答えられないんです。さっき、アマルカナリアは絶滅危惧種だと説明しましたよね? だから、遊ぶ相手も減ってしまったと。パレミオも同じ。もう鳥たち以外誰も遊んでいないゲームです。だからどんなルールなのかは、ヒトはもう、だーれも覚えていないんです」


===


A棟にある飼料倉庫。普段は誰も近寄らない場所。あそこの裏手でスマホの灯りをかざすと、暗がりの向こうにアマルカナリアのケージが見えることに気付いたのは、入職してから3年目のことだった。美しい鳥だったんだ。それでいて楽し気で。仲間に混ぜてもらいけど、僕みたいなヤツが近づきすぎるのはちょっと耐え難いみたいな。夜は担当者以外ケージに近づいてはいけない決まりになっていたから、月の1/3ほどは残業があると嘘をつき、そこから彼らを盗み見るのが僕の日課になった。


2020年現在、アマルカナリアは世界で約250羽しかいないと言われている。貴重な鳥だ。その内およそ150羽はアマルジャル島で飼育されている集団で、残りの99羽が僕の勤め先であるコリヌム国立鳥類保護センターにいる集団。研究者達は必死の保護活動を続けているが、僕に言わせれば努力をすればするほど悪い方に向かうばかりで、遊ぶカナリアとしてのアマルカナリアは今世紀中に絶滅するだろうと考える人も少なくない。理由は単純明快で、誰一人として彼らの飼育方法が分からないからだ。


17世紀の領有以降、スペイン人はアマルジャル島を灯台を作るのに向いた島としか評さず、その豊かな文化には一切敬意を払ってこなかった。宗教、法律、学問。何世紀もの時間をかけて旧大陸から持ち込まれた数々の西欧文化は、徐々にヨルハの人々を彼らの言うところの「欧化」の病に犯し、パレミオの伝統を遅れた文化だと断罪するようにさえなったらしい。ボールを蹴る者が一人減り、二人減り。そうして人々の心が島を離れるたびに、島は見る影もなく荒廃の一途を辿った。


元をたどれば、パレミオは夜闇を明るく照らすために遊ばれていたゲームであり、宗教的儀式だ。ガス灯やカンテラ、電球やネオン。西洋生まれの灯りが持ち込まれるたび、野生動物に運ばせる偽物の太陽なんかより、よっぽど安全で手軽な偽物の太陽が島には溢れた。わざわざ燃え盛るボールを蹴り上げて鳥たちに運ばせるなんて、馬鹿げていた。ボールを家々に落とすのはゲームルールの反則だなんだって、最初からそんな可能性のあるゲームを遊ばないに越したことはなかったんだ。


時代が21世紀へと移り、アマルジャルの文化にようやく人々が目を向けるようになった頃には、既に全てが手遅れになっていた。島の共通語はスペイン語にとってかわり、ヨルハ語は年寄りが喋る方言に成り下がっていた。パレミオの信仰は昔々の御伽噺となり、パレムはそのほとんどが安価なサッカーボールへと置き換えられてしまった。かつては空を埋め尽くすほどに飛んでいたアマルカナリアは、島の年寄りが気づいた時にはもう、半世紀以上も姿を現さなくなってしまった後だった。


「危急」、「危機」、「深刻な危機」、「絶滅危惧種」。時が経つごとに遊び相手は減っていき、今ではもう「野生絶滅」。焦った人類は今更になって保護活動に乗り出したが、何世紀もの間ヒトに放っておかれた鳥たちは、もうヒトの手から餌を食べようとはしなかった。どんな高名な鳥類学者が籠の中で餌付けしてみてもダメだった。まるでそんなゲームルールでもあるかのように餌に口をつけようとしない。受け入れられないと言わんばかりに、ぷいとヒトの手から逃げ去ってしまう。


「もしかしたらパレミオを通して彼らに餌付けできるんじゃないか?」僕の所属するコリヌム国立鳥類保護センターでも、たくさんある悪あがきの一巻としてヒトとアマルカナリアの関係性の復元を試してきた。飼育スタッフみんなで取り寄せたパレムの皮を剥ぎ、それを丸めてボールを作るんだ。ヤシの油にそれを浸した後、中に小型鳥類用の餌をたっぷりつめて、火をつけ、鳥たちの目の前で高々と蹴り上げて見せる。そうしてボールを蹴り上げた後に、毎回毎回、みんな決まってこう思う。


「それで結局、パレミオってゲーム、この後なにしたらいいの?」


===


『ルールを忘れちゃったんですか? みんな? 誰も?』


「ええ、大昔の人たちはパレミオの遊び方を知っていました。彼らはゲームを通してこのアマルカナリア達と意思疎通が出来たんです。意思疎通なんて難しい言葉使っちゃったかな。ようは、彼らは鳥たちとお話が出来たってこと。でも、ヒトは彼らより先にゲームに飽きてしまって、遊び方を忘れてしまったんですよ」


『じゃあ、そこにぶらさがっているのはなんなんですか?』


「ええっと、その前に、君の名前を教えてもらってもいいですか?」


『僕はディエルゴです。そのケージの中にあるボールは何なんですか?』


「これは、パレムと呼ばれるボールです。アマルジャル島には同じ名前のパレムという椰子の木がたくさん生えていて、昔の人はその皮を剥いでこういうボールを作ったんです。たっぷり油を染み込ませて、夜の間は火をつけてね。地面を掘ると大昔に作られたボールが出てくるので、ひとまずよく似たボールは作れました」


『じゃあ、そっちにあるゴールはなんなんですか?』


「とっても良い質問だね、ディエルゴ。良い質問すぎて、なんて答えたらいいのか分からない。G、O、A、L。そこにはゴールと書かれていますね。でも、そこは別にゴールじゃありません。パレミオのゴールがどこにあったのかはもう誰にも分からないので、みんなでゴールっぽい場所を作ってみただけ」


『そんなのおかしいよ』


「おかしいって?」


『だってそれじゃ、カナリアが何を遊んでいるかはもう誰にも分かんないってことじゃん。それなら、カナリアがやってることがゲームかどうかも分かんないし、ただゲームを遊んでいるように見えてるだけかもしれないじゃん。それなら遊ぶカナリアなんてあだ名はおかしいし、そんなの単なるカナリアじゃん』


「ええ」


『ええって、どういうこと?』


「ディエルゴ。君の言う通りだってこと。今の僕らにはアマルカナリアが本当にゲームを遊んでいるかどうか確かめる方法がありません。いつまでも放っておいたものだから、もうヒトにはゲームルールを教えてくれないんです。だから、僕も皆さんにこう言いました。悲しいけど、……「面白いあだ名で呼ばれていた」ってね」


===


パレムと呼ばれる椰子の木の薄皮を剥き、目一杯の油を染み込ませ、それをボール状にしたものに火をつける。プレイヤーたちはボールを高く蹴り上げて、自軍のフィールドに持ってくる。それはみんな知ってる。逆に言えば、知っているのは、ただそれだけ。プレイヤーたちってのがいったい何人で、自軍のフィールドってのがどこにあるのか。何をしたら何ポイントの点数が入り、いつまで遊べばどうやってゲームが終わるのかも分からない。これじゃ遊ぼうと思っても遊びようがない。


パレミオは人類史から失われて久しいゲームだ。文字を持たなかったヨルハの人々は代々口承で教えを受け継いできたけど、それがスペイン語にとって変わってからは教えの意味がよく分からなくなってしまったと言われている。残されている最古の文献は1700年のスペイン人航海士による記述。でも当時はヨルハ語の翻訳も満足に出来ない時代だったので「燃えるボールを蹴って鳥に追わせる」くらいのことしか書かれていない。いくら読んでも何が楽しかったのかすら分からない酷いレビューだ。


パレミオというゲームはもう、アマルカナリアの習性の中にしか現存しないゲームなんだ。だからヒトにはどこへボールを蹴り上げたらいいかも分からないし、どんなボールなら追いかけてくれるかも分からない。何をしたら彼らに勝ったと理解してもらえるのかも分からないし、どうやったらヒトを味方だと分かってもらえるのかさえ分からない。僕らスタッフにやれることと言えば、訳も分からずボールを燃やし、訳も分からずボールを蹴り上げ、アマルカナリアの反応を横目で窺ってみるだけ。


別に格好つけた言い回しをしようとしてるわけじゃない。理解の無い上司とか、意地の悪い同僚とか、粗野な連中は時々そうして僕のことを茶化すけど。でも純然たる事実として、ヒトは鳥たちに黙ってパレミオを勝手に辞めた側じゃないか。百年経ってルールも忘れてからもう一度ゲームに入れてもらおうと思ったって、そんなの鳥たちだって素直に受け入れてくれるわけがない。僕たちヒトは、楽し気なゲームに入れてもらいたくて、指を咥えて遠巻きに彼らを盗み見ている仲間外れの子供だ。


僕らのやってきたことは所詮、ゲームの真似事でしかなかった。パレムに似せたボールを天井から吊り下げ、そこからバラバラと餌をばら撒く。毎晩決まった時間になるとケージの前にスタッフが集まり、見せつけるようにロングパスを打ち合う。そこには勝敗もルールも駆け引きもない。なんだかゲームっぽく見えるだけの無意味な挙動。そんなの鳥たちからしてみれば、さもそのゲームをよく遊んでいるんだぜと近づいて、たいして仲良くもないのに仲間ヅラしてくる不気味な連中だよ。


チェスで勝ったら嬉しい。カードで勝っても嬉しい。僕だって仲間内でやるゲームで会心のプレイが出来た日には、気分が良くなって一杯奢ってもらうこともある。でもさ、隣のテーブルからやってきた見ず知らずのヤツに、なんだか駒をぐちゃぐちゃに動かされ、意味もなくカードをばら撒かれ、果ては相手から「参った参った、今日のお前は最高のプレイヤーだったな、そのプレイを賞して一杯おごらせてくれよ」なんて言われたらどうだよ? そんなの、誰だってこう言うはずじゃないか。


「ええ、その、なんて言うか、結構です、どうか僕たちにはお構いなく」


===


『ハイ、こんにちは、私はレノです』


「ハイ、レノ。質問ですか?」


『うん、じゃなかった、はい。レッド。私が気になっているのは、アマルカナリアの習性についてです。アマルカナリアがゲームを遊ぶくらい頭が良い鳥というのは凄いことだと思います。これはアマルカナリアだけが出来ることなんですか? ほかの鳥たちとは遊ばないのですか?』


「ありがとうレノ、素晴らしい質問です。実のところ、ある種のカラスやインコは遊びをすることで知られているんだ。地面すれすれまでチキン・レースをしたり、朝まで鳴き声合戦をやったりね。でも、アマルカナリアはヒトと一緒にゲームを遊ぶ鳥でした。他の鳥とは遊びません。彼らだけで遊ぶことはあるみたいだけど」


『貴方の目から見て、どうですか?』


「僕の目から見てどう、とは?」


『ええと、つまり。アマルカナリアの飼育員であるレッド、貴方から見て、ケージの中のアマルカナリアたちはいつも遊んでいるように見えるか?と聞いたんです。パレミオでもなんでも。勝って楽し気に飛んだりとか。負けて不機嫌になって飛ばなかったりとか。そんな様子があるのですかって質問なんです、これは』


「ああ、なるほど、そういうことですか……」


『ごめんなさい、おかしなことを聞いたのなら謝ります』


「いやいや、何もおかしくないよ。難しいことですが、その答えはイエスでもありノーでもあります。アマルカナリア達はケージの中でもパレミオを遊んでいるようです。夜になると一匹の鳴き声で綺麗に整列して、フォーメーションに沿って動いたりするんです、まるでリーガのフットボーラーみたいでしょう?」


『すごいすごい!見てみたい!』


「でも、そこから先は、何も始まりません。ボールを追いかけるわけでもない。ゴールに向かうわけでもない。ただ、一晩中ずっとそうやって忙しなく動いているだけ。ボールの来ないフィールドにただ立っているだけのことを、ゲームを遊んでいるみたいだと言って良いかどうか。レノ、貴女は逆にどう思いますか?」


『私は……、かわいそうだなって思います』


「かわいそう、か。確かに、そうかもしれないね」


===


飼料倉庫から眺めるアマルカナリア達は、いつもケージの中を忙しなく飛んでいた。そこにはスタッフが作ったハリボテのボールが吊り下げられていて、GOALと書かれたゴール以外の何物でもないゴールじゃないエリアがあったが、彼らは見向きもしていなかった。日に日に弱弱しくなっていく姿を見ていられなくなった僕の、心の弱さこそが偽らざる真実で。もしかすると、こんなことはたくさんある悪あがきの一つに他ならないんじゃないかという不安は、決行の瞬間まで無いわけじゃなかった。


最初はかなり不確かで、もしかしたらそんなこともあるかな、という程度の考えだったんだ。でも考えれば考えるほど、それはどんなゲームにでも起こりうることで、パレミオにだけ起こっていないと考えることこそ、逆にヒトである自分の驕りのように思えた。たった数分を席を外しただけで、みんな断りもなく遊ぶゲームを変えてしまうこともあるっていうのに。何百年も席を立ってから戻ってきたパレミオのルールがかつてと同じままだなんて、そんな都合の良いことがあるものかってさ。


カナリアは賢い鳥だよ。隣のテーブルの奴らがおかしなことをやっていれば、目を合わさずに話題を変えるくらいのことはやってのける。パレミオのルールは、かつてヒトとアマルカナリアが共同作業によって作り上げたものであり、決して全知全能の霊長類が鳥たちに与えたもうた遊戯じゃなかった。今、パレミオのルールを決める権利があるのは、今、パレミオを実際に遊んでいる者たちだけ。仮に鳥たちが自分自身のためにゲームを変えて、いったいそこにどんな不都合がある?


ヒトがいなくなった後のパレミオのルールを、僕はあの倉庫の裏からずっと盗み見ていた。たった一つのプレイを見逃さないために、何千時間も撮影を続けて。昔から、そういうのは得意な方だったんだ。クラスの中心で盛り上がる集団の様子を窺って、彼らが一体どんな話題で盛り上がっているのかを逆算して、後になって話を合わせるのさ。リーダー格がボールを追いかければ「それを追いかけるんだよね」って嘯く、クラスの人気者がどこかに居座れば「ここがゴールなんだよね」ってな具合に。


そうして盗み見を繰り返すうち、なんとなくだけれど、僕は鳥たちがパレミオをどんなゲームに変えてしまったのかが分かるようになった。もちろんそこまで正確にルールを把握できたわけじゃないから、上司や同僚には言えなかったけど。バカにされると思ったし。でもさ、どんなゲームだって長く見てればどんな道具を使うかくらいのことは見当がつくだろう。それと同じだよ。多分、彼らもヒトがいなくなってから、ボールが飛ばなくなったパレミオで、ずっと代わりのボールを探していたんだ。


日中ヒトの目のあるところではあれだけ忙しなく飛んでいる鳥たちが、21時を回る頃になると、いつもケージの壁際に設置してあるバーの上に並ぶんだ。飼料倉庫裏からまっすぐ行ったあたり、何十羽というアマルカナリア達が規則正しく整列し、じっと何かを見つめていた。最初こそ意図は分からなかった。でも、これが冗談みたいな話で。彼らの表情を見ていたら、まるでピッチに並んだフットボーラーみたいな顔をしていたから。あの先に何があるんだって思ったら、案外簡単に答えは見つかって。


パレミオの燃えるボールは、夜に太陽の代わりとして蹴り上げられていたんだ。

だったらヒトがボールを蹴り上げなくなった後、彼らは何をボールと思うのか。

多分、その視線の先にあった月をずっと追いかけていたんじゃないかって。


===


『もしもカナリアたちがパレミオの本物のボールや本物のゴールを知っていて、ずーっとケージの中でそれを探しているなら、それってとってもかわいそうだなって。だって、自分たちはゲームを遊んでいるつもりになっているのに、何も遊べていないのと一緒なんだし。ずっとボールのないフィールドでフットボールしてるみたい』


「……ええ、僕もそう思います。僕だけじゃない。コリヌム国立鳥類保護センターの全スタッフ、この国の全ての鳥類研究者、世界中のみんなが、彼らがまた自由にゲームを遊べる日が来ることを願って努力を続けています。パレミオのルールを解明すること、それがカナリアたちを保護する最善の方法だからです」


『具体的にはなにをしてあげてるんですか?』


「この間は大学で考古学を教えている先生がいらっしゃって、一緒に鳥たちの習性と古い文献を照らし合わせたりしました。神話のこの部分は多分パレミオの動きではこう解釈するんじゃないかなって議論したりね。鳥たちが追いかけやすいボールが一体どんなものなのかを皆で話し合うんです。形を変えたり、臭いを変えたり」


『効果は?』


「……残念ながら、あんまり。あれこれ用意はしましたけど、どれも見向きもしてもらえないんです。まるでフットボールグラウンドにゴルフボールやラグビーボールを投げ込んでいる迷惑なファンみたい!人によっては、鳥たちはボールと勘違いして"月"を追いかけてるんじゃないかーなんて冗談を言ったりする人もいましたよ」


『月?』『月だって』『月を追いかけるなんてヘンなの』


「ははは、確かにちょっとヘンかもしれないね。でも、月を蹴るゲームなんてヘンなのと皆さんが思うのは、大昔の人がスペースシャトルで月まで飛んで行ったから、学校の授業で月が本当はものすごく大きいものだと教わったからです。月まで飛んで行ったことのないカナリアが、それをヘンだと思うとは限らないでしょう?」


『それじゃあ、カナリアは、何かしませんでしたか』


「カナリアがですか? それは、飼育員にゲームルールを教えてくれたりとか?」


『いや、そうじゃなくて、あの、なんか、ごめんなさい』


「何も謝らなくていいんですよ、何でも聞いてくださいと言ったじゃありませんか」


『……その、ボールを追いかけて、例えば月を追いかけて、逃げちゃったりとか』


「……ハハハ、それでもじもじしていたんですね。ありがとうレノ、貴女の優しさにセンターを代表してお礼を言います。気にしなくても大丈夫。そして、その指摘はとっても鋭い。事実、アマルカナリア達は過去に一度大規模な脱走を企てたことがありました。文字通り、外にあった"ボール"を追いかけて」


===


ゲームルールが一般常識に反してはならないってのは、あくまでヒト側の見方であって、必ずしもアマルカナリアが守らなければならないルールじゃない。ゲームルールが殺人を良しとしないのはヒトの決めた法がそれを良しとしないからであり、ゲームルールが光速を超えないのはヒトの見つけた物理法則がそれを許さないからであり、カナリアからしてみれば無いも同然のルールさ。「月を蹴れ」なんて荒唐無稽なルールも、蹴れないことさえ知らなければゲームとして成立してしまう。


まさか、と思う気持ちはあった。思いつく限りどれほど残酷な物語も、達成不可能な目標に向かって無意味な努力を続ける何者かが、絶望の中で死んでいく物語と比べたら、後味はまだマシだったから。パレミオのルールがどのように変わったにせよ、肝心のボールが月になってるんじゃ、いつまで経っても彼らが真の意味でゲームを遊ぶことはない。だって前提条件が壊れてる。そんなの誰も始めることはできないし、終わらせることもできないゲームじゃないか。


考えれば考えるほど気は滅入った。空気を読まずにゲームを止めるか、そのまま続けさせるか、どっちの方が彼らのためなのかって。閉ざされたケージの中にいる以上、彼らがルールの破綻に気づく日はやってこないんだ。すぐそこに浮かんでいる月が落ちてくるのを待ち、健気にバーの上に整列して、ゲームに勝つための布陣を築く。毎日毎日、布陣を築く。築くだけ。一生ゲームを遊ぶことはない。無意味なゲームルールを頑なに守ることで、彼らの種族は長い時間をかけて徐々に衰退していく。


いつから主従が逆転したのかは分からない。アマルカナリアはいつしか、習性をゲームに利用される生物ではなく、自らゲームルールに則って生きる生物……プレイヤーになってしまったんだ。どれだけゲームルールを大事にしたところで、月の満ち欠けは29.5日の周期を辿るという事実からは逃れられないってのに。一か月の1/3ほどは追いかけるボールすら見えないゲームを遊んでるんだ、彼らは。それは丁度、鳥たちが餌を拒絶する時期としてスタッフにもよく知られた周期だった。


どんな気分なんだろう。絶対に遊ぶことのできないゲームを遊ぶ気持ちは。月を追いかけるなんて馬鹿げてる。不可能なルールは存在しないも同然だ。でも、ルールってのは皆がそれを守る時に存在するもので、パレミオは確かに彼らの中に存在している。新作ゲームの発売を待っているときみたいな、あのワクワクした気分が一生続いているんだろうか。それともウダウダと続くローディング画面を眺めているときみたいな、あのどうしようもない退屈な気分が一生続いているんだろうか。


誰かが「面白い」と言っているゲームに、「そのゲームつまんないよ」とわざわざ声をかけるかのような、そんな気まずさはずっと付きまとった。教えてどうなる。月を追いかけるなんてゲームとして破綻してるだなんて、そんな無粋で野暮なこと。自分たちが無意味に時間を過ごしてきたことに絶望して、このまま更に絶滅への道を辿るかもしれない。あるいは結局、ルールが破綻してることになんか気付かずに、いつまで経ってもボールを追いかけて楽しさの中で絶滅するのかもしれない。


僕の力じゃ彼らのゲームを始めてあげることはできない。

でも、僕の力でも、彼らにゲームをやめるかどうかを選ばしてあげることはできる。

それが、決断に至った最終的な言い訳だった。


===


「見てください。ケージの一番下の部分、全部格子が新しく張り替えられているでしょう? ここはむかーしカナリアたちがボールを激しくぶつけた部分で、ちょうど昨年末、ここに出来た小さな歪みから99羽全員が大脱走を図ったんです。センター中がしっちゃかめっちゃかになって……、もう大変でした」


『ひどい』『怒られなかったのかな』『ニュースになったのかな』


「はい、皆さん落ち着いて落ち着いて。一つづつ質問に答えましょう。まず、怒られなかったかについていえば、とっても怒られました。こーんな分厚い報告書を何枚も書かされました。それも万年筆で。19世紀レベルの罰です。何故なら鳥たちの脱走はニュースになったから。偉い人たちもたくさんやってきました」


『すごい』『脱走って難しそう』『やっぱり頭が良いんだな』


「ええ、ええ。鳥たちがそんな高度な脱走劇を企てるとは夢にも思っていなかったので、スタッフたちはみんな驚きました。一晩中かかって鳥たちをケージに戻して、結局全羽捕まえたのでだーれもクビにはなりませんでしたが、もしも1羽でも逃していたら……僕も今日、皆さんとお話ししていなかったかもしれません」


『はい!レッドもその時センターにいたんですか?』


「ええ、実は丁度その晩、僕は夜勤だったんです。燃え盛る火の玉を追う鳥の大群を、君は見たことがあるかな。彼らは故郷の自然の摂理として、それを追い、飛び続けることで餌にありつけるということを覚えています。本能のままに飛び、歌い、どこかのフィールドまでそれを運び届けるんです。いつまでも、どこまでも」


『ねぇレッド、それってどんな感じだったんですか?』


「そうですね。……美しい、美しい鳥でした。それでいて楽し気で。仲間に混ぜてもらいけど、僕みたいなヤツが近づきすぎるのはちょっと耐え難いみたいな。僕らのやってきたことは所詮、ゲームの真似事でしかなかったと思いました。ごめんなさい、なんだかちょっと、格好つけた言い方になっちゃったかもしれないけど」


===


言うほど難しいことじゃなかった。たいした予算もついてないセンターだからこそ、僕みたいなヤツが雇われてるんだから。夜勤の晩は人が少なくて、清掃に割く人員すらいない。昨年の夏は排水溝からペンギンが逃げた、一昨年は雪の重みでケージが歪んでアヒルが逃げた。アマルカナリアのケージにもスタッフなら誰もが知っている小さな綻びがあった。昨年スタッフの一人がボールを蹴りつけて歪ませてしまった部分だ。ゲームに夢中なカナリアたちはまったく気づいてなかったけれど。


居眠りをする上司の目を盗み、ちょっと外を見回ってきますよと同僚に一声かける。後は何食わぬ顔をしてアマルカナリアのケージまで行き、綻びに向かって偽物のパレムを強く蹴りつけるだけ。ガツン、ガツンと。不用心な話だとは思うけど、ウチのスタッフは一度居眠りをはじめたらオウムが鳴いても目を覚まさないと近隣住民の間ではもっぱらの評判だ。そうして4回から5回蹴りつけたところで、偽物のゴールエリアの真裏あたり、ケージが緩いカーブを描いて溝が出来た。


それは最初から狙った通り、ちょうどカナリア一羽がギリギリ通れるほどの隙間だった。アマルカナリアの群れはチームプレーがモットーで、いつ月が落ちてきても良いように皆がいつでもフォーメーションを守っていた。……あくまで、僕にはそう見えていただけだったから、本当に彼らがパレミオを真面目に遊んでいるかどうかは今でも分からないけれど。どんな場所にも目敏いヤツはいるもので、一際身体の小さくてすばしっこいヤツが、すぐさま前線に"ガラ空きのスペース"を見つけたんだ。


もしかしたらアイツが司令塔ってやつだったのかな。あるいはこれはパレミオなんだから、敬意をこめてお呼びするなら神官の方が良かったのかもしれない。彼、また彼女は小さな溝から外に出ると、飼育倉庫のはるか上空に浮かんだ満月、それを中心に大きくぐるっと弧を描くように飛んだ。ヒトである僕にも、それは往年のプレイヤーが指をくるくると回す「あがれ!」の合図のように見えた。ケージの中に残されたカナリアたちは、彼、または彼女を先頭に次々に前線へと飛び出していった。


パレミオにそんなルールがあるかどうかは知らないけどさ。もしもこれがフットボールやラグビーなら、僕は前線に穴を見つけてロングパスを出した名アシストじゃないか。ごく正直に言えば、感動的な別れとか、感動的な光景とか、あるいはヒトとカナリアとの心が数百年ぶりに繋がった感傷とか、逃がしたついでにそんなものを期待する気持ちが無かったわけじゃないけれど。あそこまでこちらに目もくれずに飛び立たれると、それはそれで彼らのゲームに水を差すような気もしちゃって。


プロのスポーツ選手とファンのように。たった数年のアマルカナリアとの関わりの中で、僕の生活はパレミオというゲームのルールに組み込まれていった。燃え盛る火の玉を追う鳥の大群を、君は見たことがあるかい。僕はある。古いビデオの中で見たと通りだった。彼らは故郷の自然の摂理として、それを追い、飛び続けることで餌にありつけるということを覚えていた。本能のままに飛び、歌い、おそらくだけど、どこかのフィールドまでそれを運び届けようとしてたんだ。いつまでも、どこまでも。


そうして僕は、アマルカナリアたちをケージから逃がした。

ケージから放たれた鳥たちは、真っすぐに夜の闇へと飛び立っていった。

いかなるプレイヤーも、常に次の高みを目指すのが夢物語だとするなら。

やっぱり、彼らは月に向かって飛び立っていったんだろうと、その時は思った。


===


『あの、すみません、レッドさん』


「え、ええ、ごめんなさい。なんでしたか?」


『とっても為になるお話をどうもありがとう。ゲームのお話も、鳥のお話も、とっても楽しかったです。でも、ボク、というか多分みんなも、そろそろアマルカナリア達と記念撮影をしたいと思っていて、それって、あとどれくらいになりますか? 注意事項があるなら、はやく説明をしてもらいたいんですが』


「ああ、ごめんなさい、そうでしたね。ありがとう……えーと、君の名前は?」


『レビです』


「ありがとうレビ。でも実は、僕もそろそろ皆さんに記念撮影をしてもらいたいなと思って、既に撮影に関する注意事項は説明をはじめていたところだったんです」


『え? これまでのお話がってコト、ですか?』


「ええ、そうです。彼らが追いかけるボールの話は、裏を返せば、彼らアマルカナリアの前で何をしちゃいけないのかってコト。パレミオに夢中になっている鳥たちは、ボールを見つけるとものすごい勢いでそれを奪い取ろうと飛んできます。彼らは今はケージの中にいるけど……、とってもラフ・プレイヤーだから」


『でも、さっきのお話じゃ、彼らが一体何をボールと思っているのかはスタッフの皆さんも分からないんじゃなかったんですか?』


「いえ。正確にはそうじゃありません。アマルカナリアがボールと勘違いしているだろうモノは、実はある程度見当がついてるんです。でも、ヒトである僕らには何故彼らがそれをボールと思っているのかが分からない。そしてなにより、そんなものをケージの中にボールとして放り込むことはできないから困っているんです」


『うーん、それで結局、記念撮影の時には何に気を付ければいいんですか?』


「ええ、ではこれからそれをちょっとやってみせましょう。皆さん、静粛に、静粛に。パレミオのキックオフの瞬間を、見逃さないようにしてくださいね」


===


そう言うと、僕は懐からズタボロになった自分のスマホを取り出し、アマルカナリア達のケージの前で高らかに放り投げてみせた。その刹那、黄色い塊となった鳥たちが一斉に"ボール"目掛けて飛んでいき、思い切りよく"対戦相手"を威嚇した。そのまま僕の手元に落ちてきたスマホは、あの晩、彼らが散々突き回してくれたおかげで既にライトの一つも機能しなくなっているっていうのに。彼らはいまだにこれを偽物の太陽だと思い込み、"対戦相手"から"ボール"を奪い取ろうと、懸命にもがいていた。


===


「アマルカナリアたちが逃げ出したあの晩、とあるおっちょこちょいな職員が飼料倉庫の裏手にスマホを忘れていったんです。オマケに、前から注意されていたのに、灯りをつけっぱなしのままね。おかげで鳥たちは一晩中ピカピカ光るスマホを奪い合って、最後の最後は火花が散るまでソレをセンター中で蹴り散らかした」


「大変でした。カナリアの脱走自体はケージの経年劣化による事故ってことで済んだんですけど。スマホを施設内に忘れていったこととか、夜行生物もいるこの場所で灯りをつけっぱなしだったことは、鳥たちの習性を大きく変えかねないスタッフの不注意だってことで反省文を何枚も書かされたんです」


「どうやらパレミオは、しばらくヒトが席を外しているうちに、鳥たちの中でスマホを蹴ってどこかに運ぶゲームなってしまったみたいなんですよ。でも、なんで彼らがスマホを追いかけ回すのか、どんなスマホなら彼らが追いかけ回すのかはまだ分からない。紙や木で偽物のスマホを作ってもすぐに見抜かれちゃうんです」


「……もしかしたら、アマルカナリアからしてみれば、パレミオのルールは昔から何一つ変わっていないのかもしれませんね。ヒトが勝手に使うボールをコロコロ変えていくものだから、毎年ルール改定しなきゃいけなくて困ってるとか。月灯りから松明の灯りに、松明の灯りからスマホの灯りにって感じで」


「だから、『鳥たちは月を追いかけているのではないか』なーんてロマンチックな気分に浸って、『多分彼らはさらなる高みを目指すのだろう』なんてセンチメンタルな物言いに騙されて、彼らのような熱狂的パレミオ・プレイヤーの前で灯りをちらつかせると……、皆さんの持ってる"ボール"も、こういう目にあいますよ」


===


『うわー!』『いやだ!』『こわいよ!』


===


アマルカナリアたちによる激しい奪い合いを経て、中身の部品が丸出しになった無残な僕のスマホを見た子供たちは、めいめいが恐怖に慄き悲鳴を上げた。それはちょうど、ラフ・プレイヤーたちによる激しいプレイで、ボロボロに揉まれていくボールを見た時の純粋なファンのような……、と、途中までは思ったけど。やっぱりこういう格好をつけた言い回しを選ぶ僕の性格が全ての元凶なんじゃないかって気がしたので、もう一度それがどんな光景に似ているかを考え直してみる。


まぁ、強いて言うなら。それは丁度、夜闇の中で灯りが失われることを極度に怖がる古代の人々に似てなくもないだろうな、というのが僕の素直な感想だった。


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