第二十二話 決着
――ここだ。ここが最初で最後の唯一のチャンスだ。
FC31の前に出た美空は、さらにF15を加速した。機体は大丈夫だ、問題はパイロットだ。人間の耐えられる限界をさらに超える、10Gを超える加速が美空を襲った。耐Gスーツが両足を締め付け血が集まるのを防ぐが、すでに性能は限界だ。あとはパイロットの精神力と普段の厳しい訓練で鍛えた体にかかっている。
「うわー!」
美空がコックピットの中で叫んだ。気合を入れて、ブラックアウトによる失神を防ぐためだ。絶対に失神はできない。
美空がさらに速度を上げた。凄まじい遠心力が美空にかかる。すでに危険領域だ。死への誘いが美空を襲う。
――駄目だ!
――絶対に死んでは駄目だ!
――大切な友人を、この世界を守ることができるのは、今この場にいる自分だけだ。
今、自分が死んだら、大切な友人も、大勢の無垢な人々も死んでしまう。だから、自分は絶対に死ねない、死んではならない、その執念が、その信念が、美空を支えた。
美空は絶叫をあげて地獄の苦しみに耐える。だが、コックピット内に反響する悲鳴とは逆に、頭はどこまでも冷静だ。どんなときでも冷静さを失ってはならない、それが空戦で勝ち残るための鉄則だからだ。
――私は負けない。絶対に負けない。
大勢の戦闘機パイロットが空で戦ってきた。大勢の戦闘機パイロットが空で命を失ってきた。故郷を、家族を、自分の大切なものを守るために自らの命をかけて戦い、大切なものを守るために多くの命を奪ってきた。
だが、今、美空は己の命をかけて、全ての命を守るために戦っている。大切な友人の命だけでなく、無垢な人々の命だけでなく、己の命も、敵の命も、全ての命を守るために。
人を殺すための戦闘機で人の命を守るために、敵を倒すための空戦術で敵も味方も守るために、美空はF15に乗って戦っているのだ。
だから、美空は負けられない。負けてはいけない。美空は敵機ではなく運命と戦っているのだ。敵機を墜とすためでなく、未来を切り開くために戦っているのだ。戦争のためでなく、平和を守るために戦っているのだ。
美空がイーグルドライバーになったのは大切なものを守るためだ。その思いは、子どもの頃も今も変わらない。
そして、今、友との約束を果たす時だ。
大空を駆ける大鷲が、最強の大鷲が、限界を超えた飛翔で
「マーベリック、
美空の指示に迷うことなく、国見がサイドワインダーを発射した。射出された赤外線誘導ミサイルは、美空の乗るF15のエンジンをめがけてマッハ5で飛んでいく。
ただちに美空はフレアを放出した。無数の花火が蜘蛛の子のように空中を彷徨い、炎の尾を引く。そして、その一つにミサイルが着弾し爆発した。
F15とFC31の中間に、ミサイルの爆発で生じた黒煙と衝撃が広がる。
その衝撃を避けようとFC31が急旋回し、急速離脱した。態勢が崩れたところを自衛隊機に狙われるのではと、FC31が回避行動を繰り返す。だが、それは独り相撲だった。
絶好の撃墜チャンスになぜかF15が追撃してこないことにFC31のパイロットが訝ったときには、すでに旅客機は戦闘空域から離れ、日本の領海に侵入直前だった。今からでは攻撃は間に合わない。
FC31のパイロットは今更ながら気付いた。自衛隊機には最初から撃墜の意思は無かったことに。自衛隊機の行動は最初から最後まで牽制だった。もしも自衛隊機を無視して旅客機を攻撃していたら作戦は成功していたに違いない。
だが、自衛隊機の牽制は、己の命をかけ、持てる技量をすべて使った牽制だった。僅かな一瞬で状況を判断し、敵の心理を読み、実行可能な戦術を即座に組み立て、生きるか死ぬかの瀬戸際で冷静に実行した。敵ながら見事なすばらしい牽制だ。相当優秀なパイロットが乗っていたのだろう。優れた操縦技術と戦術眼を持ち、命をかける覚悟を備えた兵士だ。なおかつ、僚機からも信頼されている。
そして、引き金を引く覚悟を持ちながらも、命の重みを知っている兵士だ。
「
『
作戦失敗を基地に報告したFC31のパイロットは、一瞬、作戦失敗で処分されるぐらいなら、どこかに亡命するかとも考えたが、基地への帰還についた。
『
FC31のパイロットは、機体の速度を落とした。基地に到着するころには、クーデターは失敗して鎮圧されているだろう。お偉方のごたごたに巻き込まれてはかなわない。
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