第二十一話 大空の戦い
牽制してきた自衛隊機がロックオンのチャンスを見逃したことで、FC31のパイロットは自衛隊機には攻撃の意思がないことを確信した。もう一機のF15は旅客機を守るよう位置どっている。赤外線誘導ミサイルが撃たれたらフレアで誤爆させるつもりだろうが、ホーミングを切れば無意味だ。
中国軍機が旅客機の斜め上前方に上昇し、旅客機を墜とすための射線を探る。すると、旅客機を守るよう位置どっていた自衛隊機が動き、ロックオンのレーダー波を照射した。
「
中国内の抗争に自衛隊が介入し、中国軍機をロックオンすれば完全に戦闘行為だ。だが、それならばこちらも覚悟はある。旅客機ともどもF15も撃墜するだけだ。F15との実戦で結果を出せば、FC31の評価もますます上がるだろう。中国軍機のパイロットのアドレナリンが上がる。
「
しかし、F15がロックオンしたのは味方のF15だった。作戦前に様々なケースを想定してシミュレーションしてきたが、この
しかし、その機体からは殺気が発せられていた。必ず、お前を墜とすという違えようのない殺気だ。
「
こいつは俺を確実に墜とすために油断させた、そうFC31のパイロットは理解した。そして、自らの機体を味方機にロックオンさせた理由に気付き
――こいつは異常だ。いや、日本人は異常だ。カミカゼだ。
FC31のパイロットは直ちに回避行動に出た。まずは自分の身を守るのが先決だ。死んだら元も子もない。
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「国見機が鷲津機をロックオンしました!」
オペレータから悲鳴が上がった。
「なんだと!」
最上も負けず劣らず大声を出す。自衛隊機が自衛隊機をロックオンだと、いったい何を考えている、いったい何が起きている。
「まさか!」
最上の顔から血の気が引いた。
「戦争になるぞ、鷲津」
美空は中国軍機を墜とすつもりだ。そして、命令違反として直ちにその場で自らを味方機に撃墜させる。日本政府としての判断ではなく、現場のパイロットが勝手に行動したことにするためだ。命令を無視して暴走したF15を止めるために味方機が攻撃したが、残念ながら中国軍機の撃墜防止には間に合わなかったというシナリオにするつもりだろう。自分の命を捨てて、旅客機を守るつもりだ。
だが、それで中国が納得するかはわからない。万が一、開戦になったらただの無駄死にだ。最悪の事態を避けるためには、国見機が先に美空を墜としてくれることを望むしかない。
――初の実戦で、感情的になったか。
命令を無視して愚かな行為に走った美空に対し、怒りと、そして、同情と、今後の不確定要素への恐れと、無残にも失われようとしている命への悲しみが、最上の心に入り混じった。
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「
FC31がF15を振り切ろうとバレルロールした。後ろから追ってくる機体を横にスライドしてやり過ごす空戦軌道だ。成功すればやり過ごした機体の背後を逆にこちらがとれる。だが、そんな動きなどお見通しと、F15もバレルロールで離されずに自機を追ってくる。
FC31とF15では設計に40年の差がある。ライト兄弟によるライトフライヤー号の初飛行と第二次世界大戦中にドイツで開発されたジェット戦闘機Me262の初飛行と同じぐらいの年月の差だ。そんな古い設計の機体に最新機種が負けるわけがない。
だが、FC31とF15の大きな差はステルス性能やレーダーなどの電子戦だ。遠隔からのミサイル攻撃、一撃離脱戦法であれば比べるべくもなく圧倒的な性能差だが、純粋な飛行性能による格闘戦では互角だ。いや、第二次世界大戦時の戦闘機と比べても大幅な差はないであろう。アメリカ軍の最新鋭ステルス戦闘機F35が有視界での模擬戦で過去の機体に何度も負けているのは周知の事実だ。
格闘戦での勝負を決めるのは、機体性能ではなくパイロットの腕だ。そして、中国軍機のパイロットが戦っているF15のパイロットは凄腕だった。
日本の航空自衛隊パイロットが優秀なことは有名だ。演習ではアメリカ空軍のパイロットと勝負して何度も勝利をもぎ取っている。だが、当然ながら実戦の経験はない。いや、ないはずだ。今までにも何度か哨戒中の自衛隊機と遭遇したが、中国人パイロットが墜とされる恐怖を感じたことは一度もなかった。
しかし、追ってくるF15からは間違いなく実戦を経験した者の殺気が漂ってくる。人を殺す覚悟、人を殺した覚悟を持ったものの殺気だ。こんな奴が日本の自衛隊にいるのか。もしかすると、外人部隊の出身かもしれない。
だが、この墜とされるかもしれないとの恐怖が、逆に中国人パイロットの心に闘志を燃やした。やるか、やられるか、それならばやるしかない。
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「
自分の見ている光景も、目の前で娘の発した言葉も、
だが、飛行機の窓の外で自衛隊機が戦っていた。中国軍機によって殺されようとしている自分たち中国人を助けるために、日本の自衛隊が戦っている。
「
本来なら、この状況に感謝すべきなのだろう、命をかけて戦っている自衛隊機に声を嗄らして声援を送るべきなのだろう。だが、
1914年6月28日、サラエボでオーストリアの大公夫妻がセルビア人によって暗殺された。そのわずか数発の弾丸が、ヨーロッパ中を誰も予想していなかった戦争の渦に巻き込んだ。戦死者は1600万人を超えるとも言われている。一度、燃え上がった炎は簡単には消えない。殺されたら殺し返す、それが人間の本能だ。
戦争が始まったら、中国人も日本人も大勢が死ぬ。いや、それどころか世界中を巻き込む大戦になるかもしれない。
特に今の中国共産党の守旧勢力は何をしでかすかわからない。自分たちの特権が失われれば、自分たちが虐げてきた者たちから逆に何をされるかわからない、その恐怖で
「
自衛隊機に向かって攻撃を止めろと言うことは、目の前の娘に死ねと言うことと同じだ。妻を亡くしたった一人残された
「
気持ちだけで十分だ、だから撤退してくれ、私たちを見捨ててくれ。
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このままではやられる、一か八かの勝負をかけるしかない、そう中国人パイロットは決断し、巨大なインサイドループに入った。ループ途中で機体にブレーキをかけ、追ってくるF15をループ最高地点で追い抜かせて、逆に後ろをとる。ループの遠心力によって生じる10Gにも迫る強烈な加速度では互いに戦闘はできない。飛行中に速度を落とせば失速して墜落する危険もある。だが、他に方法がない。
自衛隊機が追ってこなければ、そのままインメルマンターンで方向転換し、態勢を立て直すことも可能だと考えた二面作戦だったが、やはり、自衛隊機は迷うことなく追ってきた。2機の戦闘機が空中に巨大なループを描く。
中国人パイロットを強烈なGが襲った。体中の血液が両足に集中し、脳が貧血状態で視界が狭まる。さらにフラップによる速度低下だ。時速900キロで急ブレーキをかけるのだから、車が衝突する以上の衝撃がある。座席に固定したシートベルトが肺を圧迫し、呼吸が止まる。戦闘終了後には、肋骨が折れている可能性もある。だが、それでも死ぬよりはましだ。
生死をかけた飛行はわずか数秒のはずだが、中国人パイロットには何時間もの拷問に感じた。普通の人間には耐えられない拷問だ。だが、男は耐えた。男は鍛えられた兵士だった。男は耐えて拷問を乗り切った。
巨大なループを描くF15が、FC31を追い抜き前に出た。
「
このループの出口で仕留める、中国人パイロットは自らの勝利を確信した。
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