大鷲は大空に泣く

第十七話 龍の巣

 雲仙普賢岳上空、ここが決戦の舞台だ。山の尾根には雲が佇んでいる。そして、炎龍が一機、まるで遊覧飛行のように雲間を飛んでいた。見え見えの罠だ。だが、美空には時間がない。


 美空はその一機に向けて、迷うことなくサイドワインダーを発射した。赤外線誘導型のミサイルだ。サイドワインダーは、炎龍のエンジンめがけて軌道を修正しながらマッハ5のスピードで轟音をたてながら飛んでいく。


 だが、炎龍は機体後方から無数の花火を放ち、発射されたミサイルは炎龍を破壊することなく、そのうちの一つに衝突し爆発した。森田が炎龍に搭載したフレアだ。熱を発する物体を無数発射し、エンジンを狙ったミサイルを誤爆させる。堀越二郎に勝るとも劣らない天才、その森田の才がまたもや証明された。他の炎龍にもフレアが搭載されていることは間違いない。


 これで残弾は、サイドワインダー3発、スパロー4発、ガトリング砲3掃射。


 美空は直ちに遠距離から誘導ミサイルを撃つ一撃離脱戦法を捨て、有視界での格闘戦へと移る。F15を上昇させ上空へと高度を上げる。空戦ではより高い位置を陣取った方が有利になるからだ。そして、雲間を飛んでいる炎龍に上空から急接近した。だが、炎龍をガトリング砲の射程に捕らえる直前、方向を転換して離脱した。


――やはり、罠か。

 美空が攻撃を仕掛けたタイミングと同時に、別の炎龍がF15の背後をとるように雲から現れたのだ。そして、最初に美空を待ち構えていた一機は別の雲の中へと姿を隠し、新たに現れた機体が悠々と雲間を飛び始めた。


 炎の龍が雲の巣に隠れて、大鷲を狙う。


 複数の戦闘機が互いの背後を守る空戦術『ワゴンホイール』だ。敵機が僚機を攻撃すると別の機体が敵機の背後を取る。数的優位を取ったものが可能な戦術だ。レーダーによる遠距離からの誘導ミサイル攻撃が主力となる前の時代、第二次世界大戦からベトナム戦争まで使われた空戦術で、ベトナム戦争では米軍機が多数、この戦術で墜とされた。しかも、炎龍特別作戦部隊が使っているのは、ただのワゴンホイールではない。戦闘機を雲の中に隠すことで、どこから奇襲してくるか予測がつかない。


 ワゴンホイールは、一対一のパイロットの腕に頼った勝負でなく、複数機が集まる飛行編隊ができて初めて可能な戦術だ。旧知の人材を集めて作った炎龍特別作戦部隊だからこそ可能な戦術だ。


 そして、敵機が味方機よりも高性能な場合の消極的な戦法でもある。つまり、松本は炎龍をもってしても、単機ではF15に敵わないことを冷静に見定めている。マサへの感情に流されて炎龍は強奪したが、こと空戦においては全く感情に流されてはいないということだ。


 そして、罠を恐れて美空が近づかなければ、時間切れで松本の勝ちになる。


――龍を巣から追い出す。


 このままワゴンホイールを続けられたら、さすがのF15でも分が悪い。まずは、この罠を崩す必要がある。そして、美空の乗るF15にはそれが可能だ。炎龍には不可能な未来の戦闘機だけが可能な飛行、それが超音速飛行だ。


 美空はアフターバーナーを噴射し、F15の最高速度マッハ2.4まで急加速した。アフターバーナーは通常飛行の5倍の燃料を消費するため長時間の使用はできない。しかも、アフターバーナー噴射中は武装も使えなくなる。本来の使い道は、急速離脱や急速発進だ。


 美空の乗るF15が円錐形の雲を後方に発生させながら、雲仙普賢岳の周りを音速の2倍を超える速さで一周する。もう一周、そして、さらに一周。


 飛行機が速度を増せば増すほど、空気の壁が厚くなり空気抵抗が大きくなる。その空気の壁は音速に近づくと急速に厚くなる。現代でも多くの旅客機が音速以下で飛ぶのはそのためだ。音速を超えて飛行するには莫大なエネルギーを必要とする。そして、飛行機がその音速の壁を破って飛ぶ時に発する強烈な衝撃波、それがソニックブームだ。


 F15によって発せられたソニックブームが、轟音をたてて普賢岳を囲む雲を次々と蹴散らしていく。山全体を揺るがすような轟音の響きは、まるで普賢岳が噴火したかのようだ。そして、ついに炎を吐く龍がその巣から追い出された。隠れ場所を失った炎龍の姿がむき出しになる。


 すかさず、丸裸になった4機の炎龍に向かって、美空の乗るF15がレーダー誘導のスパローミサイルを一斉発射した。時間が経てば、また雲ができて龍が巣に戻ってしまう。敵に一瞬の余裕も与えてはいけない。それが空戦だ。


 4発のミサイルがレーダー波を発しながら、それぞれの炎龍を狙って飛んでいく。森田の作った赤外線誘導ミサイルを防止するフレアは機能した。だが、レーダー誘導を妨害するチャフはどうか。機能しなければ、この一斉発射で勝負は決まる。


 そして、再び森田が天才であることが証明された。大量に空にばら撒かれたレーダー波を乱反射させる無数のアルミ板により、4発のミサイルは目標を見失って千鳥足の酔っぱらいのように空中を彷徨い、何もない空間で爆発した。


 残弾は、サイドワインダー3発、ガトリング砲3掃射。


 しかし、美空はこの結果に動揺していない。森田が天才であることは、美空が一番よく知っている。もちろん、スパローミサイルで炎龍を墜とすことができればベストだったが、チャフで防がれる状況も想定内だ。たとえ炎龍を直撃できなくとも、ミサイルの爆発で炎龍部隊の動きを乱すことができれば十分効果がある。攻撃の二手先、三手先を読むのが空戦だ。


 美空は乱れた4機の中から、一機に狙いをつけた。複数の敵を相手にするときは、まずは一番弱い敵を狙って数を減らす。それが弱肉強食の戦いのセオリーだ。自然界でも人間界でも共通の法則だ。


 F15が背後を取ろうと迫ると、敵機が右に旋回して逃げる。さらに追うと今度は左に旋回して逃げる。わずかに左の旋回の方が膨れるのは、承恩ショウオンの飛び方の特徴だ。


 だが、承恩ショウオンも四人の中では一番弱いといっても、他の三人が凄すぎるだけで、優れたパイロットの一人であることに変わりはない。すぐに旋回して逃げ回るのを止め、まっすぐに一直線に飛び始めた。


 自分の腕では美空には勝てない。しかし、たとえ勝てないまでも、仲間から引き離すことができれば、その間に仲間は態勢を整えられる。そう、すぐさま判断したのだ。旋回はパイロットの腕の差が出る。旋回を続ければ、美空にすぐに捕まる。だが、まっすぐ飛ぶだけなら皆同じだ。


 承恩ショウオンは仲間のために行動した。その行動が自分の命を捨てることにつながるとわかっていてもだ。


 確かにまっすぐ飛ぶだけなら、パイロットの腕の差はでない。だが、機体の性能差はでる。追いかける機体の方が速ければ、遅かれ速かれ追いつかれる。


 そして、承恩ショウオンの乗った炎龍がF15のガトリング砲の射程に入った。


 台湾出身の日本兵ショウオン、本名、湖承恩コショウオン。その死に場所は、祖国から遠く離れた空なのか、それとも祖国の空なのか。


 昔、大戦時のパイロットは撃墜した敵機の数を機体にマークした。数多くの敵を倒した名誉の印だ。だが、自分の奪った命の数を決して忘れないという意味もあったのではないか。


 美空は、ショウオンの乗る炎龍を照準に捕え、ガトリング砲を掃射した。これが、美空の上げた初白星だ。美空が奪った最初の命だ。だが、戦いはまだ終わっていない。悲しむのは全ての戦闘が終わった後だ。


 承恩ショウオンは仲間のために役目を果たした。承恩ショウオンの稼いだ時間で、三機は態勢を整えた。


 残弾は、サイドワインダー3発、ガトリング砲2掃射。美空が落とすべき炎龍は、あと4機。

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