第九話 未来兵器
「結論を申し上げます。F15は現在の我々の技術では絶対に製造不可能です」
美空が現れて二週間後の三月半ば、山南、松本を前にした秘密会議で、航空技師の
「つまり、信じがたいことですが、鷲津二尉とF15は未来の世界からやって来たと結論付けざるを得ません」
美空が未来から来たと主張していることを知っているのは、この会議の参加者だけだ。他の者たちには、F15はドイツが開発した最新戦闘機で、美空はそのテストパイロットだとごまかしてある。不審に思うものもいるだろうが、最悪、アメリカのスパイと疑うものがいても、まさか未来から来たと信じる者もいないだろう。
「F15の巡航速度は時速920km、これはドイツのジェット機メッサーシュミット Me262の860kmと比べて大きく変わりません。もちろん、時速60kmの差は戦闘においては有利ですが、今後、戦闘機が進歩しても革命的に飛行速度が速くなるわけではないということです。音速に近づくほど空気抵抗が大きくなる、いわゆる音速の壁があるからです。F15も大量の燃料を使うことで一時的には音速を超えて飛ぶことができるそうですが、その時は兵装を使えなくなります」
森田の説明を皆が神妙に聞く。わずか二週間の調査で未知の機体をここまで詳細に調べられる技術者は、陸軍には他にいない。零戦を開発した堀越二郎にも匹敵するその才能は、知る人ぞ知る逸材だ。
「しかしながらエンジン出力は格段に大きく、10倍以上といっても良いでしょう。そのため上昇性能、加速性能は全く比べ物になりません。そもそも設計思想が違うのです」
話について来られているだろうかと、森田が皆の顔を見回した。
「現在の戦闘機開発においては、機体をいかに軽量化するかに注力しておりますが、未来の戦闘機は機体の軽量化よりもエンジン出力の強化に重きを置いているようです。ようは力づくで飛ばすということです」
「それでは、小回りが利かなくなるのではないか?」
「そもそも、小回りを利かせる必要がないのです」
一体どういうことかと山南が首を傾げた。松本は鋭い目で森田を睨む。
「未来の戦闘機の基本的な戦術は、一撃離脱です。遠方から射程内に敵を捕らえ、ミサイルを発射し、すぐに退避する。この繰り返しです」
「なんだ、そのミサイルというのは?」
聞いたことのない用語の説明を山南が求める。
「基本的な発想は、ドイツの開発したロケットと同じです。燃料と火薬を搭載し、それ自体が飛行能力を持っています。そのミサイルを戦闘機から空中で発射して敵機を撃墜します」
「ドイツのロケットは聞いたことがある。だが、命中率が低かったはずだ。10発に1発当たるかどうかでは、武器としては使い物にならん」
松本が疑問を呈する。命がけで戦う者たちにとって、精度の低い武器は死を意味する。
「その欠点を補うのが誘導ミサイルです。敵機を狙ってミサイル自体が飛行軌道を変えます」
「なんだと!」
想像を超える未来の兵器に、思わず山南が声を上げた。
「大出力のエンジンが必要な理由も、多数のミサイルを搭載して飛べるようにするためです。ようするに戦闘機はミサイルを運ぶための輸送機と考えても良いでしょう。もちろん、戦場で戦闘機自体が落とされたら元も子もありませんから機動性は必要ですし、ミサイルの射程内まで敵機に近づく必要があります。しかし、近距離での機銃での戦闘は主ではなく、遠距離からのミサイル攻撃が主となります」
「なんという卑怯な!」
思わず、山南が叫んだ。
「別に卑怯ではあるまい。相手に気付かれる前に先手を取るのは空戦の常識だ。いや、海戦や地上戦でも同じだろう。ミサイルだろうが機銃だろうが、先に敵に当てた方が勝つ。少なくとも俺は、そうやって生き残ってきた」
松本が冷静に未来の戦術を分析する。松本に代表される第二次大戦中のエースパイロットに共通しているのは目の良さだ。敵をいち早く見つけ、敵に発見される前に攻撃する。空戦の鉄則だ。特に松本の常人離れした視力は、まるで鷹の目のようだと噂されている。
「ですが、高出力のエンジンもロケットミサイルも、製造が可能か不可能かで言えば不可能ではない。もちろん、実現が限りなく難しいことは確かですが。それよりも問題は、機体を制御する電子機器です」
「なんだ、その電子機器というのは? ラジオのことか?」
「電子計算機、コンピューターです」
初めて聞く言葉に、皆が戸惑う。
「ここからは、空想科学小説家の
「く、空想科学小説家の、た、田中です。では、ご、ご説明させていただきます」
紹介された田中が緊張しているのは、普段付き合いのない軍人を目の前にしているせいか。それとも、下手なことをしたら命を失うという恐怖感か。
「コ、コンピューターというのは、電子計算機のことです。昨今の空想科学小説、略してSF小説に出てきます」
「それでは、わからん。説明になっていない」
「は、はい。申し訳ありません」
山南の𠮟責に、田中の緊張の度が高まる。
「簡単に申し上げますと、人間の代わりに高速で計算する機械のことです」
「だから何だ。別に人間が計算すればよいではないか」
「は、はい、いえ、い、いいえ」
田中がしどろもどろに答えた。
「はいか、いいえか、はっきりしろ!」
「は、はい。いえ、いいえです、いいえ! コンピューターが無ければ駄目なのです!」
田中の要領の得ない回答が続いた。
「例えば、F15には二機のエンジンを積むことで出力を倍に上げています。しかしながら、エンジンの出力というのはぶれがあります。それをコンピューターが自動で制御すれば、人間からは一つのエンジンとして扱うことが可能になります」
「そんなもの、人間がやればいいではないか。エンジンを二機搭載した戦闘機など、今でもある」
「他にもミサイルの誘導も、コンピューターが制御します。ミサイルが飛行中に進行方向と目的がずれれば逐次修正します。これは、人間の計算では追いつきません」
なるほどと松本が頷いた。
「同時に複数のミサイルを制御する、エンジン出力を制御する、レーダーに映った敵機を警告する、機体の姿勢を保つ、機銃が熱で駄目にならないよう連射速度を制御する、これらをすべてコンピューターがやっているのです」
「ようするに、有能な航法士をたくさん乗せているようなものか?」
松本が状況を整理した。
「はい。仰る通りです。例えて言えば、ものすごく優秀な航法士を100人以上戦闘機に乗せているようなものです」
「ひゃ、百人以上!」
驚きの声が山南から上がった。
「それを可能にするのがコンピューターなのです。私も詳しくは理解できかねているのですが、顕微鏡でも視えない微細な精密回路を多数集積して作っており、今の技術では絶対にできません」
おどおどとした態度の田中が力強く断言したのだから、違えようのない真実に違いない。
「つまり、せっかくの未来の機械が宝の持ち腐れということか。何たることだ」
山南が天を仰いだ。
「手元にあるのは一機のみ。製造どころか、故障をしたら修理もできない。武器の補給もできない。しかも、操縦できるのは未来から来た鷲津二尉だけか。それでは何の役にも立つまい」
場の空気が重苦しく沈んだ。
「状況は理解した。下がってよい、ご苦労だった」
「は、はい」
山南の言葉にいそいそと部屋から逃げ出そうとする田中を、森田が遮った。
「お言葉ですが、まだこの話には続きがあります」
落胆する皆とは裏腹に、森田の口調には自信がみなぎっている。
「なんだ? 言ってみろ」
「私が最初に申し上げたのは、F15は現在の我々の技術では製造不可能だということです」
「だから、残念ながら宝の持ち腐れということだろう」
お前は何を言っているのだと、山南が不満げな顔をした。
「いいえ、違います。まさに宝の山です。我々にとって天からの贈り物と言っても過言ではないでしょう」
「どういうことだ?」
山南が話の行き先を促した。
「学べることが山ほどあるということです。本来なら、長年かけて失敗を繰り返しながら試行錯誤しなければいけないことが、すでに答えが目の前にあるのです。言ってみれば、試験でズルをして人の書いた答案を写すようなものです」
皆の注目を一身に集め、森田の弁舌が勢いづく。
「燃料一つとっても学ぶことがあります。F15のジェット燃料は灯油に近い成分となっています。今まではジェットエンジンの燃料も、レシプロ機と同じガソリン燃料を使うと当然のように思い込んでいましたので、目から鱗です」
「オクタン価の低い航空燃料を使えるということか」
森田の説明に山南が驚いた。石油不足の日本では石油の満足な精製ができず、航空機を飛ばすのに不可欠な、オクタン価の高い燃料が不足していた。それが、ジェットエンジンでは、逆にオクタン価の低い航空燃料を使えるとは、まさに目から鱗だ。
「他にもタービンブレードの形状や、材質、主翼の形状、尾翼の付け方、操縦室の気密化や耐Gスーツと呼ばれる飛行服など、実際に設計製造して試行錯誤しなければわからないことが、全て参考になります。本来であれば一年かかる技術開発が一ヶ月でできます。さらに、未来の戦闘機から学ぶことは、単体での飛行性能だけではありません。より重要なことは情報戦です」
「どういうことだ?」
山南が森田の説明に興味を持った。
「松本少佐、戦闘機に無線は必要でしょうか?」
「無用の長物だ。あんなもの重りに過ぎない。窓から放り投げて捨てる奴もいる」
「では、なぜF15には搭載されているのでしょうか?」
森田が挑戦的に尋ねる。
「もちろん、必要だからです」
さも、当然だというように自分で答えを出す。
「では、なぜ我が軍では役に立たないのか? それは、性能が悪くて使い物にならないからです」
「その通りだ。まともな通信など出来たことがない」
松本が喧嘩を売るような態度で言った。戦闘機どころか、戦艦でもまともな通信ができない、それが日本の現状だ。
「松本少佐のご批判には、返す言葉もございません。これは、日本軍が無線をそもそも重視していなかったことに問題があります。作戦は事前に文書で伝えれば良い、あとは現場が臨機応変に対応する。そして、そのやり方がずっとうまくいっていた。だから、無線機の開発に本腰を入れてこなかったのです」
まるで他人事のような説明に皆がいらっとしているが、本人は全く自覚がないようだ。
「もし、ミッドウェーの海戦で零戦にまともに通信できる無線装置が搭載されていたらどうなっていたでしょうか。索敵状況を皆で共有できていたら、もしかしたら戦闘の結果が変わっていたかもしれない、もし、ミッドウェーで勝っていたら戦争そのものの趨勢も変わっていたかもしれない。現実にアメリカ軍は無線を前線で活用することで、臨機応変機動的な軍の運用をしています。つまり、優秀な無線機というのは、ミサイルやジェット機に匹敵する、いや、それ以上に抜本的に部隊の戦力を増強するのです」
「なるほど。単純に個々の力を強化するのではなく、個々の力を結びつけることで、部隊そのものを強化するということだな。戦闘中に自由に会話ができれば、今までの個々のパイロットの技量に頼った一対一の戦闘でなく、複数の戦闘機が一致協力して戦うことができる。そうなれば、戦い方が抜本的に変わる」
森田が、それこそ自分が言いたいことだと松本に頷いた。敵対しているように見えた森田と松本だが、実務的な面ではお互いに優秀な兵士どうし理解しあえるところがあるようだ。
「そしてアメリカ軍以上に高性能な無線機のお手本がここにある。もちろん全く同じものは作れませんが、機体性能同様、参考になることは間違いありません」
会議が始まった当初のこの世の終わりのような沈んだ雰囲気とはうって変わり、皆の顔が明るくなっている。
「残念ながらキ201、通称『火龍』の開発は暗礁に乗り上げておりますが、F15で得られた知見を元に、ただちにキ201を改良した新型のジェット戦闘機キ203の開発に着手致します。『火龍』を超えるジェット戦闘機、名付けて『炎龍』、7月の半ばには一号機を完成させてみせます」
森田の自信あふれる宣言に、会議室がどよめいた。
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