第六話 守れぬ約束

 FC31の動きが変わった。自衛隊機の目的はあくまでも牽制けんせい、撃墜の意思無しと確信し、旅客機の撃墜を狙う。


「マーベリックへ、牽制失敗!」

 美空が無線に悲鳴を上げた。747後方に位置取っていた国見が牽制のため敵機と旅客機の間に割り込む。だが、はたして効果はあるか。


 美空が必死にFC31を追うが、中国軍機のパイロットは怖さを感じていなかった。美空など存在しないかの如く、自機と国見機、そして747の三機の位置関係を確認しながら、旅客機を確実に墜とせるルートを計算する。


 FC31が上昇し、位置エネルギーを溜め、一気に運動エネルギーへと変えた。旅客機を囲む上下の楕円軌道で国見機を揺さぶり、自機と747を結ぶ射線を確保する。そして、躊躇なくミサイルを放った。


 その瞬間、国見機が迎撃のため無数のフレアを発射した。炎の尾を引き花火のように広がる無数のフレアがミサイルから旅客を守る盾のように広がる。だが、敵機の放ったミサイルは、その軌道が一分も揺らぐことなく旅客機へと向かった。


「ラーク、緊急離脱。敵機のミサイルはホーミングを切っている」

 国見機が旅客機から迷うことなく遠ざかる。非情だが、すでに発射されたミサイルを阻止する術はなく、旅客機の爆発に自機が巻き込まれるのを防ぐためだ。


 だが、国見機とは逆に美空の操縦するF15は、旅客機へと全速で近づいていった。


「ラーク、離脱しろ!」

 今まで冷静だった国見の声に焦りが混じる。だが、美空機はその指示に従わなかった。


「ラーク、爆発に巻き込まれる! ラーク!」

 国見が無線に向かって絶叫する。だが、その声は美空には届いていなかった。


#####################


 美空の目前で、悠然ようらんの乗った旅客機が撃墜されようとしていた。敵機の放ったミサイルがマッハ5で旅客機に迫る。だが、美空の目にはその動きはスローモーションのように映っていた。


「駄目ー!」

 美空が叫ぶ。だが、その叫んだ一瞬で、ミサイルが一気に距離を縮める。美空が旅客機に向かってF15を駆り立てるが、その速度はミサイルの五分の一に過ぎない。


「うわー!」

 美空が叫びながら、M61バルカンを撃った。20ミリ口径弾を毎分6,000発発射するM61バルカン。直撃すれば戦闘機であれば木っ端みじんだ。だが、マッハ5で飛ぶミサイルをバルカン砲で撃ち落とすことなど不可能だ。そんなことは戦闘機乗りには常識だ。当然、美空にもそれはわかっている。


 ミサイルはさらに旅客機に近づく。


 ヘッドセットからは、何か叫び声が聞こえる。


 美空は泣きながら、M61バルカンの引き金を引く。砲身の過熱を防ぐため、連続掃射はできない。撃ちたくとも撃つことはできない。たとえ撃ってもミサイルを撃ちとすことなどできない。しかし、それでも美空は引き金を引き続けた。


 このまま旅客機に近づけば、爆発に巻き込まれる。そんなことはわかっている。退避行動をしなければならない。そんなことはわかっている。


 だが、今、悠然ようらんの乗る旅客機を守れるのは自分だけだ。このミサイルを落とさなければ、悠然ようらんは死ぬ。


 もし、音速の5倍を超える速度で飛べたならば、美空は体当たりしてでもミサイルを落としただろう。


 しかし、F15の出せる最高速度はアフターバーナー使用時でもマッハ2.3。ミサイルの速度には遠く及ばない。追っても追っても、追いつかない。追っても追っても、引き離される。


 もう、美空にミサイルを落とす術はなかった。ただ、ミサイルが旅客機に迫る様子を見ていることしかできなかった。


 美空にできることは何もなかった。


 そして、美空の目の前で旅客機は爆発した。


 爆音は空気を伝わる。キャノピーを経て、ヘルメット越しでも伝わる。


 だが、美空には聞こえなかった。


 美空には、旅客機の爆発音も、自分の悲鳴も泣き声も、聞こえなかった。

 

 ただ、聞こえるはずのない悠然ようらんの叫び声だけが聞こえていた。


 爆風に機体が吹き飛ばされ、コントロール不能になる。


 大空を飛ぶ大鷲は、真っ逆さまに落下した。

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