第五話 一瞬の隙

 FC31の動きが変わった。ボーイング747の側面に回り込もうとアフターバーナーを噴射し、一気に音速の壁を越え最高速度を出す。空気を切り裂く衝撃波が機体後方に円錐形の雲ベイパーコーンを作った。


 美空も直ちにアフターバーナーを噴射し、音速を超えた。激しい衝撃に機体が揺れる。アフターバーナーはマッハ2を超える速度を出せるが、通常の5倍の大量の燃料を消費する。アフターバーナーの噴射中は搭載された武装を使って攻撃することができない。使いどころが肝心だ。


 ロックオン体制を取ろうと敵機を照準に捕えようとするが、敵機はそれを察知して進路を変えた。


 エアーコンバットでは、エンジン出力と操舵による水平面内の機体コントロールだけでなく、上下方向の機体運動が重要になる。上に向かえば重力により減速し、下に向かえば逆に重力によって加速する。位置エネルギーを運動エネルギーに変えるアメリカ空軍のジョン・ボイドが唱えたエネルギー機動性理論だ。


 F15はFC31を瞬間最高速度で上回る。美空はFC31の後方から一気に上昇した。重力で減速することでオーバーシュート敵機を追い越すを防ぎ、上昇地点で反転し急角度で降下、いわゆるハイスピード・ヨーヨーと呼ばれる戦術で、FC31の後方にしっかりとついた。


 敵機もすかさず機体をロールさせ、F15の照準から機体を外す。追いつ追われつのエアーコンバットだ。


 日本領海まであと2分。ステルス性能ではF15は最新のステルス機にはかなわない。だが、格闘性能では互角だ。勝負を決めるのは、パイロットの力量だ。日々の訓練、戦術シミュレーション、高Gに耐える肉体、とっさの判断力。美空は世界最高水準といわれる航空自衛隊で鍛えられた最高のパイロットの一人だ。


 だが、敵のパイロットも凄腕だった。


 第二次世界大戦後の戦闘機の武装で革命的な進化を遂げたのが誘導ミサイルだ。敵機のエンジン放熱を追尾する赤外線ホーミング誘導ミサイル、敵機をレーダー誘導するレーダーホーミング誘導ミサイル。誘導ミサイルは、戦闘機の最高速度を凌駕するマッハ5で飛び、人間が耐えられる限界の10Gを遥かに超える40Gの加速度で進路を変更する。近距離で誘導ミサイルを撃たれたら飛行による回避は不可能だ。


 唯一、チャフやフレアで誤爆を誘うことだけが誘導ミサイルから身を守るすべだが絶対確実ではない。だから、戦闘機の空戦演習ではロックオンが撃墜を意味する。哨戒任務で敵機をもしロックオンしようものなら、攻撃の意思とみなされる。昔、韓国軍の駆逐艦が自衛隊機にレーダー照射して問題になったこともある。


 敵機がほんの僅かな隙を作った。未熟なパイロットなら見逃すほどの一瞬、だが、優秀なパイロットなら決してロックオンのチャンスを見逃さない一瞬。


 敵機はリスクを取った。万が一、撃墜されるかもしれないリスクをとり、美空の意思を探った。


 僅か一瞬で勝負は決まった。敵機は、美空に撃墜の意思がないことを悟った。

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