目覚めたら自室の窓がステンドグラスになっていたなんて!

紅之模糊(くれないのもこ)

目覚めたら自室の窓がステンドグラスになっていたなんて!

「おい、誰だよ。誰がこんなことしたんだよ!」


 とある株式会社の社長室に呼び出されたのは、専務とチーフの二名だった。

 普段温厚な赤城社長はいつもと違う社長専用のリクライニングチェアーに横たわり部下をにらみつけていた。

 冷静かつ論理的な高木専務は眉一つ動かさず凛と立っていた。

 一方若手の真木チーフはうつむき肩をすぼませながら赤城社長の険しい顔をチラチラとうかがっていた。

 荒々しく変わり果てた社長室。清潔感にあふれつつもシックな内装は支離滅裂に混沌を極めていた。


 そう、赤城社長の社長室が昨日の華やかな雰囲気とは全く違う変わり果てた状況になっていたのだ。


 「俺はお前らを犯人扱いしたくはないんだ。だからな、正直に名乗ってくれれば、月に十パーセントの減給処分で蹴りをつけようと思ってる。だから正々堂々白状しろ!」


 赤城社長の怒声がステンドガラス張りの社長室にこだました。


 「いったい誰がこんなキリストチックなガラスに変えたんだよ! 昨日までは普通の透明なガラスだったんだよ? でも今日来たらナニコレ! 上裸の外人とか鎧着た兵士とか、極めつけにチューリップだよ、チューリップ! そんな可愛らしい会社じゃないよ。うちが作ってるもの知ってる?」


 「ショベルカーの土すくう部分っすよね」


 「そうだよ真木! 俺らが植え替えるのはチューリップじゃなくてソメイヨシノだよ! 後さ、確か観葉植物変えたいって、高木! お前に言ったよな!」


 「はい。昨日そうおっしゃってました」


 「じゃあなんで門松なんだよ! 門松見て「うん、心が洗われるぅ」って思うか? 思わないだろ。むしろ心が尖っていくばかりだよ! 後、今日何月何日だ?」


 「四月十九日です」


 「そうだよ。正月なんてとっくに終わってるよ! 後これ、俺の椅子。リクライニングにもできて寝ながらでも仕事したいって言ったけどさぁ……。これはないだろ真木ぃ」


 「え、でも社長が……」


 「あ? なんか言ったか?」


 「い、いえ。これはないっすねぇ」


 「これはないっすねぇじゃないよ、これ何かわかる?」


 「介護用ベッド……」


 「そうだよ! リクライニング式ナースコール付きワークベッド。通称介護用ベッドだよ! でもナースコールしても来るのは清掃のおばちゃんだけどね! あっはっはっはっは」


 「はっはっは」


 「笑うなっ! 俺はまだ七十五だ。介護される年じゃない!」


 「…………」


 「なぁに黙ってんだ、真木!」


 「あ、いえ、そのとおりです社長」


 「それにさぁ……このシャンパンボトルとか空き缶ばかりのテーブルはいいとしてさぁ。応接用に用意したソファどこやったの?」


 「いえ、それが警備員の休憩室に移動されてまして、それで代わりに休憩室にあったそれがこっちに移動されていたんですよ」


 「このボロ座布団がぁ? ほんとに? 見ろよ裏面ガムテープで補強されてるよ。何社かお得意先呼んでもひっくり返して使えないじゃないか」


 「いいじゃないですか、裏表のない会社という意味が込められていて」


 「うまい! さすが高木専務!」


 「うまくないっ!」


 「まあでもいいじゃないですか、逆にこの壺、社長がもっと大きくて実用性のあるものにしたいという意向に沿ってますよ」


 「そうっすよ、大きさも十分。この綺麗な流線型を描く丸みが素晴らしい! きっと大層腕の立つ職人が作ったんじゃないっすかー?」


 「これは……三千円だ」


 「え?」


 「三千円だよ」


 「どこで買ったんすか?」


 「ジモティーで買った。自宅にあったんだがな、なぜここにあるのか」


 「そうなんすか」


 「ああ、それにこれは壺じゃない。茶釜だ。座布団と門松、掛け軸まで揃えれば、まるで茶室だな」


 「ご用意いたしましょうか?」


 「いらない! 見たことあるかステンドグラスの茶室なんて! 誰がショートケーキと一緒に抹茶を頂くんだ?」


 「しかし、このプレゼントはよかったんじゃないですか? 新しいノートパソコンです」


 「そ、そうっすよ、持ち運びが簡単で小型のがいいって言ってたじゃないですか。後、最新機能もついてたらいいって!」


 「だからってお前らな。DSはないだろ。それも初期の。これじゃ小型化過ぎるよぉ。どうやって仕事するの? メモとかメールとかどうするの?」


 「そ、それはピクトチャットで……」


 「懐かしすぎるだろぉ。半径三メートルが限界だぞあれ。だったら会話でいいでしょぉ」


 「でも最新機能があって」


 「最新機能?」


 「はい。音声認識機能っす」


 「江戸時代か!」


 「江戸時代?」


 「江戸時代だよ。それぐらいAIの機能は進歩が速いってこと。音声認識とかAIの時間に換算したら三百年くらい前だよ」


 「でも社長これもらった時喜んでましたよ。「懐かしい! 今時売ってたんだ! これでタッチ!カービィやりたい!」ってウキウキだったじゃないっすか?」


 「え? そんなこと言ってたっけ? これ見たの今が初めてだと思うけどなぁ……。まあそんなことはどうでもいい。そんなことよりあれだあれ! ハンガーにかかっている一際目立つやつ!」


 「ああ、あれですね。お似合いでしたよ」


 「違う! 俺は昨日まであそこにかけてあったネクタイの話をしているんじゃない! あの恥ずかしいタスキのことを言ってるんだ!」


 「あ! これっすね社長。もう一回つけてみてください。似合いますよ~」


 「うるさい、着ない! だれが『今日の主役』だ!」


 「そりゃ今日は主役でしょうに」


 「なんだと、高木?」


 「ええ、だって今日は社長の誕生日なんですから」


 「えぇ?」




 赤城社長の脳内に隠蔽された昨晩の記憶が漏洩される。

 社長室には高木専務と真木部長がソファに腰掛けながら、三人でシャンパンに舌鼓していた。


 「明日は俺の誕生日だからな、今日は前祝いだ! そして明日は盛大に祝ってほしい! ただサプライズはプレゼントだけでいいぞ。でもこの部屋でやるのはなんか味気ないな? そうだいっそのこと内装を斬新で奇抜なパーティ仕様にしてみるのはどうかね!」


 「いいっすね、やりましょうやりましょう! プレゼントはお任せください! とっておきのAIが搭載したプレゼントをご用意してあります!」


 シャンパンボトルを一本丸々空け、酔いが完全に回っていた社長は真木チーフの「よいしょ」に乗せられ奇想天外なことを言い出した。


 「観葉植物が欲しいって言ったが、パーティだしクリスマスツリーにでもしようか!」


 「いいですね。でも奇抜さが足りない。いっそのこと門松にしてみれば?」


 「パーティに門松? 斬新だねぇ!」


 「あとソファとか場所が取られて踊れないっすよ! 代わりに座布団持ってきましょう!」


 「いいねえ、座布団をセンス代わりにして『ダンシングヒーロー』踊ろうよ!」


 「そうだ誕生日ケーキも用意してあるんでした。でも社長、紅茶は苦手でしたよね」


 「うむそうだったな。それなら抹茶にするか。最近家内が茶道に通ってて家にあるんだよ茶釜。この部屋には実用性のない壺があるだけだからな。いっそ変えるか」


 「そうなんですね! いいっすねパーティという詫びも寂びも感じられないところにポツンとある茶釜。奇抜なこと間違いなしっす!」


 「それならいっそのこと奇抜さを徹底的に突き詰めちゃいましょう!」


 「どういうことだね高木専務」


 「はい。この窓ガラスをステンドグラスにするんです。それで…………」



 …………。




 「俺らのせいかあああああああああああああああああああああああ!!!」


 昨晩のことを思い出し、頭を抱えうずくまった。


 「思い出しましたか社長。昨晩はそれはそれは酔いが回っていましたからね。覚えてないのも無理はありません」


 「ああ、やっと思い出した。たが高木、この介護用ベッドはどこから出てきたんだ?」


 「それは昨日泥酔しきった社長が、「もうわしゃ働きたくなぁぁーい。もうええかげん誰でもいいから介護してくれー! 今すぐ介護用ベッド用意せんかー!」と申し上げたので早急に手配したのです」


 「そうだったのか……」


 「ええ、ですからこれは借り物なので、今すでに老人ホームの介護士が受付で返却を待っているところです」


 「ええ! そうなの? レンタル料は?」


 「十万円です」


 「じゅ、十万!?」


 「はい。それとステンドグラスや門松の料金も込々で、百五十万です」


 「ひゃひゃひゃ、ひゃくごじゅうまん?!」


 「……社長。それで私たちの処分はどうなるんすか?」



 「皆…………五十パーの減給」

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