スマホをわすれただけなのに…。

宇佐美真里

スマホをわすれただけなのに…。

僕よりも幾分早く部屋を出て行く彼女に、毎朝僕は同じ言葉を投げ掛ける。

「スマホ持った?」

其の言葉に毎回、即答する彼女。

「持った。じゃあ、行って来るね」

いつだったか、母親みたいだね…と彼女は笑った。


彼女が部屋を出てしばらく後に、僕も部屋を出て駅へと向かう。駅の改札を抜け、ラッシュアワーの治まりつつあるホームに立つ。上着のポケットに手を入れ、いつもの様にスマートフォンを眺めようとポケットの中を探る…。

「あ…」

思わず出た声に、周囲の人々が僕に一瞥をくれるが、すぐにまた自分の世界へと戻って行く。上着のポケットにある筈の其れは、在るべき場所になかった。忘れたのだ。普段何気なく手の中にあるスマートフォン。毎朝、彼女に「忘れてない?」と確認している自分が忘れるとは。


他愛の無い日々の遣り取り。重要性も緊急性も全くない下らない遣り取り。

其れでも…いざ、遣り取りを奪われたとなると、何だかとても落ち着かない。時間の経つのがやけに遅く感じる。一日が長い…。


「早く君に会いたい」「君ともっと話がしたい」

面と向かったら、照れてしまって、とても口に出せそうにない言葉たち。

文字での遣り取りですら、照れる言葉たち。


でも、悪いことばかりではないのかもしれない。

君への想いが募る。君への想いが増えて行くのを感じられる。

いつも…では困るけれど、たまには連絡の取りづらい…

其んな一日があっても好いのかもしれない。


帰ったらきっと、彼女は言うだろう。

「いつも自分が言うくせに…。確認しなかったの?」

少しだけ母親ぶった表情をして…。



-了-

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