第6話 高校二年生、この転校生は煽れる

 良く言えば平和、悪く言えば今な何もない日々を最近まで過ごしていた。

 だがしかしそんな平穏な日々は、ひょんなことから突如として破壊される。


「坂口翔! この私と決闘よ!」


 なんで俺がこんな熱血キャラのやつと対戦しなきゃいけーねんだよ。


 ……あーあ、どうしてこうなった。


***


 結局昨日はあの後何も無く、暗くなる前に皆帰って行った。諒ちゃんは残りたそうだったが、水瀬に頼んで強制的に家の外へ放り出すことに成功。

 後の問題といえばその夜、俺がそのベッドで寝づらかったくらいか。明華が寝てたスペースに頑張ってこじんまりと縮こまっていたのを思い出す。


「よー翔。眠そうじゃん」


 学校終わりに健也が話しかけてくる。

 フルで授業が入っていてもう昼過ぎなので、今から遊ぶ約束ではないと思うのだが。


「お前が俺に話しかけてくる時、ほとんど眠そうから始まるよな」

「まじ? 確かにいつも眠そうだしな」

「だったらこれは眠そうじゃなくて平時なんだよ。この顔が普通だと思ってくれ」

「実際は?」

「クソ眠い」


 いつもはゲームによる夜更かしが原因なのだが、今回は違う。そのせいか、なぜかいつもより眠い。

 大抵は寝ようとしてすぐに眠れるのだが、昨日に至っては寝たいのに寝れなかったという違いか。


「それより、今日来た転校生。あいつマジでバケモンだよ」

「転校生?」

「はあおまっ! ……いや、いい。お前はそんなもんだと思ってたよ。それにしてももっと日常に関心を持てよ」


 諦めたような目線に一瞬イラッとくるが、健也の言っていることは何も悪くないのでこちらとしては何も言い返せない。

 というか、転校生なんてビッグイベントは普段の俺ならしっかり起きてるはずなんだ。今日がダメダメなだけなんだ。多分。


「それで、その転校生がどうしたんだよ。まさか転校生ヤベーって話をわざわざ俺に言いに来たわけでもないだろ」

「話が早くて助かるよ。なんでも、その転校生は何やらせても勝てねぇんだ」

「なんだそれ。勝負でもしたの?」

「した。転校生は陸上部のエースに走りで勝ったし、料理自慢の高畑も正々堂々と粉砕しやがった」


 誰だよ料理自慢の高畑。……あれか。帰る間際に今日の献立を声を大にして言ってから帰る野郎のことか。


「射的、ダンス、投球……その他にも色々とやったが誰もそいつに勝てるやつはいなかったんだ」

「へえ。そいつは凄い。マジモンの化け物だな」

「そこでだ翔」

「断る」


 どうせ、次の言葉はゲームで転校生を負かしてくれとかそんなところだろ。

 生憎、俺はそんな面倒事には巻き込まれたくなかった。負けたとしたら悔しさが残るし、勝ったとしてもその転校生に逆恨みされそうだし、今まで負けていったやつらにも嫉妬を持たれそうでデメリットしかない。


 健也は俺が断ったというのに、ニマニマとした表情を浮かべている。

 それと同時にこちらへつかつかと歩いてきて、俺を軽く睨みつつ腕を組む女子が現れた。高圧的なその態度に対して俺は顔を顰めるしかできない。


「残念。もう話は取り付けてあるんだわ」

「あなたが坂口翔?」


 もうヤダ。


 結局、俺が良しとしていないのに勝負内容を聞かされた。

 簡単にまとめると、スマシスを水瀬とやったようなルールでやるということらしい。

 これといって変なとこもないし、それを受けるにあたって俺はある条件を付け加える。


「えー。なんで翔の家じゃないとダメなんだよ」

「因みに、健也が来るのも禁止な。真剣勝負なんだし、野次馬がいて集中できるかよ。こちとらプロゲーマーじゃねーんだよ」


 条件とは、俺の家でやること。見物もダメだということ。

 その二つさえ健也が呑んでくれるとありがたいのだが。


「あたしはいいわよ別に。どこでやろうと変わらないし」

「……そっか。じゃあ勝負の結果は教えてくれよ。今じゃクラス中転校生の話題だからな」


 野次馬根性が逞しい健也があっさり引くとは最初思えなかったが、ここでグイグイいって転校生に図々しいとは思われたくなかったのだろう。

 こういう計算高い男がモテるのか。いや、コイツの場合モテてる理由は顔か。


「あ、でもあたしには触らないでよね。変な気起こしたら警察呼ぶから」

「生憎トゲにわざわざ触れに行く趣味は持ち合わせてないんでね。そのトゲでコントローラーに穴が空いたらどーしよー」

「なっ……! あんた、絶対にギャフンと言わせてやるわ!」

「今時ギャフンなんて表現使うやついるんだな」


 あまりこういう耐性がないのか、顔を赤くしていかにも自分怒り状態ですよと言わんばかりの睨み付け方だ。やめろよ。挑戦者発動しちゃうだろ。

 ……あと思ったんだがコイツ、弄ってて面白いタイプだ。


「とりあえず煽りあいでは翔の勝ちかな」

「はあ!? 今のは勝負でもなんでもないしノーカンよ!」

「そうだぞ健也。勝負にもなってないことに勝ち負けを決めるのは無理だぞ」


 ヤベ。転校生が拳を握りしめて震えている。そろそろ手を出てきそうなのでここら辺で引いておこう。


「まあ落ち着けよ、どーどー。……ぐふぉ!」


 横っ腹を殴られた。女の子がグーはダメだろグーは。


***


 後ろからギャーギャーとうるさい転校生を適当に流していると、俺の家までやっとこさ辿り着いた。

 長かった。徒歩十分もかからないはずなのになんでこんなにも長く感じたのだろう。恐らくだが、後ろからの敵意で気が気じゃなかったんだと思う。


「ほ、本当に何もしないのよね。何か変な事したら本当に警察呼ぶから!」

「あ、妹いるけど気にしないでね」

「無視すんな!」


 今度は肩を殴られた。だからグーはダメだって。せめてパーにしなさい。


「ただいまー」


 玄関のドアを開けると多くの靴が目に入ってきた。

 また明確が人を呼んでいるのか。


 すると、三日連続して顔を合わせると思ってなかった人物が、俺たちを出迎えに階段から下りてやってきた。


「おかえりなさい師匠。……誰ですかその人」

「ん? 彼女」

「んなわけないでしょ! 誰がこんな奴と!」

「こんな奴とは酷い言いようですね。師匠は凄い人なんですよ」


 本気でそう思っているのか、水瀬はムッとした顔で転校生に攻めるように言う。

 それに対して転校生は鼻を鳴らし、俺と水瀬を見て小馬鹿にするような態度をとる。


「無いわー。妹に師匠って呼ばせるとか無いわー」

「あ、それより師匠。また明華ちゃんが行き詰まってます」

「えーまたー? 昨日コツとか教えたんだけどなぁ」

「兄妹揃って無視すんな!」


 その転校生の叫ぶツッコミに、俺と水瀬は顔を合わせてわざとらしくキョトンとする。

 転校生には気づかれないほど一瞬、ニヤッとした水瀬はすぐにハッとした顔を作り上げた。


「おや、もしや妹とは私のことでしたか。私、いつから師匠の妹になったんでしょうかね」

「やめてやれよ。何の確証もないのに水瀬を妹と決めつけたやつを馬鹿にするなよ。コイツは馬鹿は馬鹿でも良い馬鹿なんだ。だよな? 転校生」

「そうでしたか申し訳ありません。よもや私を妹と勝手に決めて煽るような馬鹿な方だとは知らず、配慮が足りませんでした」

「ほら、水瀬もこう言ってるし許してあげてくれないか?」


 俺たちがそう煽っていると、途中までプルプル震えていた転校生はいつしかなりを潜めていた。

 その目からは、諦めや呆れといったものが感じ取れる。


「……あんた達、何なの? あたしを馬鹿にしてそんなに楽しい?」

「「楽しい」ですね」

「○ね!」


 ワオどストレート。


「……というか水瀬。お前なんで上から来たの? 明華の部屋は下だろ」

「それが、師匠部屋でするんだって諒が言って聞かなくて。明華ちゃんはどっちつかずだし私はどちらでも構わないし……ってことで今は師匠の部屋でやってますね」

「え、何? あんた何人も女子を部屋に連れ込んでるの? こわ」

「俺がいない間に強行されてるだけだぞ」


 連れ込んでるって流石に人聞き悪すぎるだろ。一歩間違えれば健也ママの粛清対象になるぞこれは。

 親に頼んで部屋の鍵変えて貰おうか。


「あ、すいません長い間立たせてしまって。では私はこの辺で」


 水瀬はそれを言い残して当然の様に俺の部屋へ帰って行った。

 おかしい。あいつここの住人じゃないよな。いつの間にか俺と水瀬の体が入れ替わったりしてないよな。


 もしかして、食べたお菓子とかのゴミを片付けるの俺か?

 そんなはずないよな。水瀬辺りがしっかりとしてくれるだろ。水瀬以外の信頼が無いのが問題だが。


「靴、ここでいい?」

「うん。意外と律儀だね。イメージではもっとこう、靴もポイポイっと……」

「あんた、あたしをなんだと思ってるの? 人様の家でくらいしっかりするわよ」


 リビングへ転校生を案内し、しばし待つように伝える。

 ゲーム機類が俺の部屋にあるのでそれを取ってこないといけないのだ。何か俺の部屋で悪さしてないか偵察もついでにしておきたい。


 覗きの様になるが、できる限りそっと部屋に向かう。これで万が一お着替え中だったとしても、俺はまったく悪くない。というか俺の部屋でお着替えなんて絶対に有り得ないことを発想してるあたり、俺も相当キモイな。


 チラッ。


 ジーッ。


 バタン。


 ん? なんかタレ目の子と目が合ったんだけど。しかも、ゼロ距離。


「なーにやってんのおにぃ!」


 明華は俺がここにいるというのに勢い良くドアを開けたので、もうすぐで顔面がぺしゃんこになるところだった。


「わー本当に師匠いた……」

「ふふんっ。やっぱり、わたしの勘は……正しい」


 怒っている明華。呆れている水瀬。胸を張る諒ちゃん。

 その三人の美少女にこちらを見られ、居心地が物凄く悪い。


「師匠、諒が凄いんですよ。お兄ちゃんが近づいてるーって言いながらドアに寄ったかと思えば、すぐに師匠がドアを開けるんですもん」

「名付けて、お兄ちゃんセンサー」

「なんてセンサー搭載してやがんだ……」

「それよりおにぃ! 女子が集まってるとこにヒッソリと来るなんて、何考えてたの!?」

「別にやましい事なんて考えてねーよ。ただ、ゲーム機を取りに来たついでに俺の部屋でお前らがやんちゃしてないか確認しに来ただけ」


 皆から目線を外し、ふと部屋を見回してみるとしっかりと汚い。いや汚いな。なんかめちゃくちゃ汚くないか!?


「おいどうなってんだこれ! どうやったらこんなにも汚く……ってか、一時間も経ってないだろ!」

「いやぁ……ははは」

「……」

「め、めいはそんなに散らかしてないよ?」


 苦笑いをしながら目を逸らす水瀬。私は関係ないとばかりに無言な諒ちゃん。二人のせいにしようとする明確。

 提出物だかなんだか知らないが、それが散らばっており食べたお菓子のゴミは放置されている。

 健也の家とまでは言わないが、一時間でここまでにできるのならもしかするとコイツら三人で健也以上の無頓着さを持ち合わせているかもしれない。


「……そういえば水瀬は掃除できなそうだったな」

「うっ……。はい、掃除は苦手分野です」

「お前には期待してたのに」

「ああ待ってください師匠! 片付けます。片付けますからそんな目をしないでください!」


 本当か? まあ、これだけ必死ならある程度は大丈夫かもしれないが……。


「……お前達もだぞ」

「はーい」

「……らじゃ」


 まじで頼むぞ……。

 出てきそうになるため息を堪えながら下でやるゲーム機を持つ。


「……じゃあこれ、持っていくからな。使わないよな?」

「ええはい。……でも、それをあの人とやるんですか? ゲームが上手いようには見えませんでしたが」

「俺も知らないけど、物は試しよ」


 実際、どのくらいまでできるのかは全く把握できていない。

 だが、なんでも人並み以上にできるのなら手先は器用だろうしゲームもわりかしできそうだ。


「じゃあな。これより汚くなったらお前ら出禁」


 そう言い残して俺は部屋を出て階段を下りる。

 やべ。一つコントローラー忘れた。


「ホントに! 片付けないと! 師匠が私とゲームしてくれなくなったらどうするの!」


 部屋に戻って一番に聞いたのは、水瀬の叫びだった。

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ゲーム内の関係をリアルに持ち出すのはNG 灰秋 @graykashin

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