第5話 高校二年生、簡単には眠れない

 俺は階段を上がっていた途中だったので水瀬を見下ろす形になった。


「なんでお前がここにいる」


 水瀬が目の前にいるという事実に諦めた俺は、真っ先にそう聞く。

 だっておかしな話だ。俺の知り合いが助っ人を頼まれるなんてそんな都合のいい話があるわけがない。ましてや目の前にいるのはスルメ。昨日奇跡的な出会いを果たしたばかりなのにそんな偶然あってたまるか。


「いやー師匠が昨日の私との約束破りましたからね。どうにかして連絡を取ろうにも既読すらつかない。ならこうなるでしょう。……家が近いなら行こうと」

「そうはならねーよ」


 いったいどういう思考回路してんだコイツは。そんでもって疑問が何も解消されない。

 何故ここにいるかはわかったが、どうやってここに来れたかは全く分からない。


「あのね、りーちゃん酷いんだよ! めいが助っ人を呼んだのは違う子なのにその子を押しのけてめいについてくるんだもん!」

「クズじゃん」

「ち、違いますよ人聞きの悪い! 押しのけてません。丁重にお断りしただけです」


 人聞きが良くなっただけでやってること同じだからな。


「というか何? お前ら何繋がりなの?」


 その俺の問いに、二人は顔を見合わせ首を傾げる。

 やめてくれよ。ただの全く知らない人同士というオチは。


「んー、ただのクラスメイト?」

「そうですね。話したのも今日が初めてです」

「……クラス……メイト?」


 キョトンとしている二人をよそに絶句する俺。

 少し頭の中を整理しよう。俺は近くの高校で生徒をやっている。そこの高校に新入生である水瀬がやってきた。

 その新入生の水瀬と明華がクラスメイトということは……。


「もしかして明華って俺と同じ高校?」

「もしかしなくてもめいはおにぃと同じ高校だよ。……やっぱり、おにぃはめいのこと興味ないんだ。ふーん」

「妹に興味がある兄よりマシだろ」

「え、家族なのに今知ったんですか!? それもう興味あるないの話じゃ無くなってますよ……」


 それもそうか……。これからはもう少し明華に目を向けてみてもいいかもしれない。

 でも急に明華を見始めてブラコンとか思われるのは癪だから、難しいところだ。


「でもでも、明華ちゃんの制服とか見たことあるんじゃないですか?」

「んー、制服を着てるとこは見たことないな。朝は俺が寝てる間には家を出るし、帰りは俺遅いし」

「明華ちゃんも、もっと自分のこと言わなくちゃ……」

「めいはちゃんと言ってるんだよ? けどおにぃはよく頭死んでるから言っても響かないし、なんなら真に受けてくれないの」

「じゃあもう師匠が全面的に悪いです」

「ごめんて」


 明華は言動全てが小中学生だから、もう先入観でそうと勝手に決めつけていた。なんなら証言があったとしても疑ってしまうレベルなので救いようがない。


 今度お詫びにお菓子でも買ってあげよう。……その対応が最早子ども扱いだと思うと、もうどうしたらいいか分からなくなってくる。


 もうどうにでもなれと頭を抱えようとした瞬間、どこからともなく女の声がした。


「……お兄ちゃん?」


 ゾクリとした。何故ならば今、この家には親は帰っておらず兄妹と遊びに来た水瀬の三人だけだ。


 なのに、その誰の声でもない。


 明華にもお兄ちゃんなんて呼ばれたことないし、水瀬は俺のことをそう呼ぶはずが無い。それも踏まえると第三者がこの家にいるということになる。


 ヤバい。この家、その類のものは今まで出てこなかったんだけどな……。

 それに、明華と水瀬の二人は焦っている様子もないし俺だけが聞こえているのだろう。


 ……怖すぎてお腹が痛くなってきた。中から来る痛みというよりも、外から絞られているようなそんな痛み。

 ああ痛い。……というかおかしくね?

 なんかどんどん締まってくるような気がするんだけど。


「き、キツい……。ギブギブ」

「も、もうそろそろやめた方がいいんじゃないでしょうか……」

「そうだよ諒。おにぃ苦しそう」


 その二人の言葉と共に、俺の腹痛が解消される。


「んふふ……久しぶりでもやっぱり、お兄ちゃんの匂いは……直接が一番」


 振り向くと、ボソボソとした喋り方をする人物がいつの間にやら俺の真後ろにいた。

 お腹が締め付けられたのはこの子が原因か。良かった人間で。……いや良くねーよ誰だテメー。


「本来助っ人を頼んだのは諒だったんだけどね。りーちゃんが代わりになるって言うからルンルン気分でおにぃの部屋に行ってたよ」

「物色はしてないから……安心してお兄ちゃん」


 俺の混乱がますます大きくなる。知らない子にお兄ちゃんと呼ばれ、勝手に俺の部屋へ行っていたと言う。

 なんか凄くこの子との距離が近い。立っている場所が階段の一段だけ上なので、この子が体制を崩しているのもあり顔がほぼ真ん前にある。


 顔が近いのでじっくりと見ると、段々と心当たりがあることを思い出す。


「……諒ちゃんか! へー全然気づかなかった!」

「そうだよ……お兄ちゃん、久しぶりだね」


 小倉おぐら諒 《あき》。確か、よく知っていたのは小学生くらいだったか。

 その時はよく明華と遊んでいるのを見かけて、俺もたまにだがその遊びに参加していた。

 ……そしてその遊びがおままごとであり、身長も明華より低かったのでこの子もまたもっと歳が離れていると思っていたが、恐らく高校生だろう。


 そうと感じる根拠に、小学生の頃よりもかなり大きくなっている。

 大きく、とは言っても昔から見て大きくだ。

 実際パッと見は水瀬の身長は変わらない。だが、諒ちゃんがシャキッと立ったら多分諒ちゃんの方が高いだろう。昔も諒ちゃんは姿勢が悪く、その所為で余計小さく見えていたものだ。


 この子を一言で言い表すなら、影が薄い。俺の真後ろまで来ても分からなかったのはそれ故だ。

 小学生の頃からやる気が無さそうな性格に、それを増長させるような若干のタレ目。それは大きくなった今でも変わっていなかった。

 ハキハキと喋らないのはそれすらも面倒臭いらしい。その面倒臭がりの性格だから、その短い髪はボサボサだ。


 そして、そんなしっかり高校生になった諒ちゃんが俺に抱きついていたと思うと小っ恥ずかしいことこの上ない。


「……もう高校生なんだから、俺のことはお兄ちゃんなんて呼んじゃダメだよ。あとすぐ人に抱きつくのも」

「やだ」


 あらやだこの子が即答するなんて珍しい。

 その珍しいことが今じゃなければ良かったのに。


「……ああもういいよ。諒ちゃんも二人と遊んできな。俺は部屋にいるから」

「おにぃ、ゲームで分からないところがあるんだけど!」

「水瀬に分からんことなら俺も分からん。多分お前の理解が足りないだけだぞ」

「え、そうなの?」

「そうなんですよ! 私はちゃんと対処法を教えてるのに明華ちゃんは真逆のことするんです!」

「……わたし、この中に入りたくない。……絶対、不毛」

「頑張れー。俺は少し寝る」


 そう言い残して抱きついてくる諒ちゃんを引き剥がしながら俺は階段を上がる。

 部屋の中まで入ってこようとした諒ちゃんの脇をこちょこちょして隙を見て鍵を閉めた。


 しばらくドンドンと部屋のドアを叩く音が聞こえてきたが、流石に諦めた様で下に降りていく足音が聞こえてきた。


 ……すぐに上がってくる音が聞こえてきた。


 ガチャ。


「わたしも、一緒にお昼寝する」

「お前その鍵どっから持ってきた」

「明華」


 後で締めよ。

 しかし、部屋に入ってきてしまったのは仕方がない。こうなったら自分から出て行ってもらえるように作戦変更だ。


「なあ諒ちゃんよ。俺のこと好きなの?」


 自分で言ってて悲しくそして恥ずかしくなるが、大抵こうなったら俺に勘違いさせまいと素直に部屋を出て行ってくれるだろ。


「好き。大好き。この世で一番好き。だから一緒に寝よ?」

「待て黙れ喋るな」


 こいつ……人の部屋で寝るために普通そこまでするか!?

 本当に好きな人とかできたら絶対誤解されるし、そうなったらどうするんだよ……。


「……わかった、ベッド貸してやるからもうさっさと寝ろ。俺は床で寝る」

「お兄ちゃんがベッド、使って」

「俺がベッド使ったら潜り込んできそうだからダメ」

「残念……床で寝てても潜り込む。だから、ベッドで寝た方が、効率的」


 強情な……。何が楽しくて俺とそんな寝たがるんだ。久しぶりだからからかってくるのか? それとも、一緒に寝たらセクハラといって訴えられるのか?


「お前な、男ってのは獣なんだぞ。お前みたいなカワイイ系の子が一緒に寝たいとか言い出したら別の意味に捉えられてしまってもしらないからな」


 俺がそう言うと、諒ちゃんは少し体をよじらせ唇に人差し指を軽く触れさせる。


「……少しだけなら、えっちなことも……してくれていい」

「……出てけー!!」


 色々と限界に達した俺は、最近では全く出したことの無い大きな声が出た。

 急な大声で痛くなった喉に顔を顰めていると、下からドタドタと誰かが上がってきている音が聞こえてくる。


「師匠大丈夫ですか!?」


 ドアをバタンと勢いよく開けて部屋に入ってきたのは水瀬だった。多分明華は諒ちゃんがこんなものだと分かっているので来るつもりも無いのだろう。


「助けてくれ水瀬。諒ちゃんにえっちなことされる」

「してない。……されるならいい」

「そ、それは流石に問題なので回収していきますね」


 水瀬に羽交い締めにされて諒ちゃんが退出していった。

 多少抵抗していた様だが、あの子見るからに力無さそうだったからな。ゲームばかりやってる水瀬で完全に抑えられるのだから相当だろう。


 そうして嵐がさり、ポツンと残された俺は。


「……寝よ」


 思考を放棄するように、ベッドにくるまることにした。



***



━━やめなよ。そんなことするの。


━━そんなことしても、その子が悲しむだけだよ。












━━やめてよ。そんなことするの。



***



「……おはよう」

「……おはよう、ございます」

「これ、どういう状況か教えてくれたらお前は不問にするぞ」


 時計を見ると、一時間くらい寝ていたようだ。

 そして寝て起きると両隣に二人の妹が一緒のベッドで目を閉じている。片方は妹ではないが。

 それを水瀬が俺のいつもゲームする時の椅子に座っていて、こうなった場面を見ていたはずなのでそれを期待して聞く。


「えーっと、まずですね。私は、止めたんですけど、多数決で師匠の部屋でゲームする事になったんです」


 止めたというところを強調しているところを見るに、どうしても他責にしたいのだろう。


「おう、まあそれはいいわ。俺が起きなかったってことは静かにやってたんだろうしな」

「……その後、諒がゲームに飽きちゃって。まあ、明華ちゃんがやってるゲームを見るだけですしそれは仕方がないのかなと思ったんですけど、何故かおもむろに師匠の寝ているところに入っていったんですよ」


 分からん。どうしてそうなった……。

 ふと諒ちゃんの方を見ると、気持ちよさそうにすーすーと規則的な寝息をたてていた。

 確かに俺は寝たらすぐには起きれないが、人が入ってきても分からないものか?


「明華ちゃんはですが、師匠がうなされていた時に入っていきましたね。おにぃのメンタルが危ないーとか言いながら」

「あれ、俺うなされてたの?」

「あ、そうなんですよ。苦しそうでしたが、嫌な夢でも見たんですか?」


 見ていた……という気はするが、どのような内容だったかはまるで覚えてない。


「わからんけど、まあ大丈夫だよ。ただ、コイツらをどうするかだな」


 気持ちよさそうに寝る二人の頬を人差し指でつんつんする。

 二人とも負けず劣らずぷにぷにだ。


「ふふ。そうしてると本当に二人のお兄ちゃんみたいですね」

「高校生にもなってこんな密着してる兄妹はそうそういないだろ」


 それもそうですねと微笑む水瀬はどこか寂しそうにしていた。

 ボッチというのはこういう時辛い。自分もそうしたいのにできないのだから。


「……よし、水瀬ここ代われ」

「え、なんでですか」

「俺はもうゲームする。この状況じゃもう寝れないし、コイツら起こすとうるさいし俺の身代わりがいるだろ」

「……了解です」

「慎重にな」


 見事二人を起こすことなく、俺と水瀬の位置交換ができた。

 なんだろう。俺のベッドに美少女達が寝ているというこの状況は。


 もう意味がわからないので何も考える必要のない作業ゲーでもしようかな。


「師匠、すいません。おやすみなさい」

「おう。最低でも六時には起こす」

「……ありがとうございます」


 その言葉を最後に、水瀬も他二人と同じように目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る