第4話 高校二年生、不甲斐なし

「……終わった?」


 LINEにて帰ってきていいという旨を伝えると、今や消えた芸人のように健也がドアから顔を覗かせてきた。


「終わったよ。……あ、スマシスはやめてなんかパーティゲームでもしよっか。とびきり運ゲーのやつ」

「あ、良かった。健也とスマシスやっても勝てる気がしないもんな」


 そう言いつつ、健也はベッドの下を漁り始める。多分パーティゲームを探しているのだろうが、やっぱりもうちょっと部屋の整理をした方が良いのではないだろうか。


「……あれぇー? ここだったはずなんだけどなー。……あったあった」


 そう言って健也が取り出したのはパーティゲームのバッケージではなく、本だった。それも、モザイク必須の。


「ありゃ。違った失礼失礼」

「お前。女子がいるなかでそれは無いぞ。水瀬だったからよかったもの……を……」

「う……あ……うぅ……」


 水瀬の方を見るとそれはそれはもう赤いとしか言いようがなかった。耳まで赤くし、一歩間違えれば湯気さえも出てしまうのでは無いのかというくらいに。


「あーごめんね水瀬ちゃん。こういうの苦手だったか」

「え、お前ゲーム中では下ネタで盛り上がってたじゃん」

「そ、それは! やっぱり男のフリをしてるわけですし、少しはそう言った話もしておかないと……」


 そうだったのか……。確かにそういう類の話をする際、声が上ずっていた気がしないでもない。

 ……ということは、ゲーム中に申し訳ないことをした。


「ごめんな。無理してちんちんなんて言って俺に合わせてもらって」

「わー! わー! 何急に口走ってるんですか師匠! わわわたわた私がそそんなはしたないこと言うわけないじゃないでふか!」

「まーまー落ち着いてよ。水瀬ちゃんの口からちんちんとか○○○とか○○○○とか出てきても気にしないからさ」

「あうぅ……」


 恥ずかしがる水瀬に対してニヤニヤと笑う健也。コイツ、水瀬の反応を楽しんでるな。


「その辺にしとけよ。大人になったらこれだけでも立派なセクハラだからな」

「高校生の今でも十分セクハラですよ! ああもういいですさっさとゲームしましょうよゲーム!」


 直後、健也が探し当てたパーティゲームを起動させ三人で遊んだのだが、水瀬の圧勝だった。

 別に、運ゲーだから負けても悔しくない。悔しくないが、次は絶対負けない。


***


 程なくして解散の流れになった。

 水瀬は余程楽しかった様でまだやり足りないと言っていたのだが、正直俺がいっぱいいっぱいだったので解散にさせてもらった。


「健也。ちょっといいか」

「ん?」


 水瀬に玄関で少し待つようにと伝え、健也を呼び止める。

 さて、まず何から話そうか。


「どうしたんだよ深刻そうな顔して。……俺がいない間に何かあったのか?」

「いや、そういうわけではないんだけどな。ただ、水瀬のこと少しばかり見てやってくれないか?」

「やだよ。お前が見ればいいだろ? せっかく懐かれてるんだしさ」

「……とにかく、頼むよ」


 何もいい言葉が浮かんでこない。健也にメリットがあるのかなんて分からない。コイツを丸め込めるだけの手札が揃ってない。

 それでも、この俺の頼みを承諾して欲しい。それがたとえ、ただの見苦しい我儘だったとしても。


「……具体的なことを言ってもらわなきゃ分かんねーよ」

「あいつをお前レベルとは言わないが、陽キャにしてやって欲しい」

「たはっ、それを抽象的っていうんだ。だけど、そりゃまたどうして?」

「……水瀬は、それになりたがってるんだ。だったら俺ほど不適人なやつはいねーよ」


 その俺の言葉に苦笑しながらも健也は顎に手を当て天井を見、考えている風を装う。

 長年の付き合いだから分かることだが、これは考えているフリだ。答えは最初から決まっているのだろう。


「……そりゃ無理だ」


 半ば予想していた答えが健也の口から放たれる。

 恐らく、俺の話術が達者であってもその答えは変わらなかっただろう。そう思えるほどの断言っぷりだった。


「理由を聞いてもいいか?」

「ゲームを愛するやつは、それにはなれないんだよ」


 そう言う健也の顔はどこか、儚さが感じ取られた。

 それも気のせいかと思うほどに、健也はすぐ顔を作り替える。


「さっさと下行こーぜ。待たせちゃうのも悪いし」

「……ああ、そうだな」


 何も聞かないという選択肢はこの場で最善だと思いたい。

 そういえば、こいつの悩み事なんて聞いた事無かったな。そんなもの無いと思っていたからなのだが、これは考えを改めないといけないかもしれない。


 「あれ、師匠どうしたんですか?」


 階段を下りると、水瀬から開口一番にそう問われる。もしかして何か思い詰めたような顔にでもなっていたのだろうか。

 でもやっぱり、陽キャへの道を進もうとするのであれば俺のような存在からは離れるべきだ。


 ごめんな。お前が師匠と呼ぶ男が不甲斐なくて。


***


 自宅に帰ると、明華がとことことやってきて俺におかえりを言いに来た。普段はそういう事なんてしないし、そんな事初めてだったので今俺は困惑している。

 もしかして何か嫌なことがあったのだろうか。何にせよ、可愛い妹にお出迎えされるなんて不甲斐ない兄としては気持ちが悪い。


「……なんかあったの?」

「めいはおかえりを言っただけだよ。何をそんな怪しんでるの?」

「だって怪しいじゃん」

「まあその勘、当たってるんだけどね」


 隠す気ないのかと思いながら帰り支度をすませていると、ずっとこちらの様子を伺っていた明華が手の平を向けて俺におずおずと差し出してきた。

 なんだろうかコレ。あれかな。前に犬可愛い飼いたいとか言ってたしその鬱憤晴らしだろうか。

 つまり俺にお手をしろと? ペットになれと?


「……明華。よく聞いてくれ。うちじゃペットは飼えないんだ。お前も知ってるだろ? 母さんがめちゃくちゃな犬嫌いだって」

「な、何の話? それは残念だけどめいはほら、その。朝、おにぃのゲーム見たくて早く起きたの。なのにおにぃはクリアしちゃっててさ」

「それはホントにすまん」

「ううん。その事はもう全然怒ってないの。好きな事は好きなタイミングでしたいもんね。ただ、めいは見れなかったのが悲しくてこのやるせない気持ちどうしようって思ってたら一つのいいアイデアが浮かんでさ」


 なんだろう。何故か嫌な予感しかしない。

 眉間に皺が寄るのを感じつつその先の言葉を待つ。できれば聞きたくない、その言葉を。


「めいがプレイしようって。だから、おにぃのゲーム貸してくれないかなー……なんて」


 手をこちらに向けている逆の手で恥ずかしそうに頬をかく。

 明華の言ったそれは普通、常人の発想であり俺がゲームを貸せば丸く収まると思うだろう。

 だが、この明華は残念ながら異常人だ。


「お前、本気で言ってるのか? ……この際はっきりと口に出して言うけど、明華ゲーム有り得ないほど下手じゃん」


 堂々とこんな事を言うのは少々酷だが、明確の顔色が変わってないあたり自分でも理解しているのだろう。


「わ、わかってるよそれくらい。でも、めいだって練習すればクリアくらいできるでしょ?」

「お前そう言って昔俺が貸したゲーム機ぶっ壊したよな。思い通りに動かせなくて泣きながら俺のゲーム機ボコボコにしてたの俺が子どもながら鮮明に覚えてるからな」

「それはもっと子どもの頃でしょ! 私ももう高校生なんだからそんな事しないよ」

「何馬鹿なこと言ってんだ。まだ中学生だろ」

「……何、言ってるの?」


 顔を引き攣らせる明華に対して俺も段々と顔が引き攣って来るのを感じる。

 待てよ。こいつ今いくつだ。


「冗談だよな」

「冗談じゃないよ。めい今十五。今年十六」

「嘘だよな」

「嘘じゃないよ。今までもこれからもめいはおにぃの一個下だよ」

「……ごめん。三つくらい下だと思ってた」

「うん。やっぱそうだよね。時々会話が噛み合わないなと思ってたもん」


 マジか。いやでもよく見ると確かに前よりも変わって……変わってないじゃねーか。

 なんだその発育の遅さは。中学生にしか見えない顔つきに、多く見て一四〇後半のその身長。

 癖っ毛もなくストレートな長髪はツインテールが似合いそうだ。

 それに、普段の言動。自分の事をめいと呼び、俺にはよく子どものように甘えてくる。


 これはそう、一種の洗脳に近い。明華はまるで子どもっぽさを凝縮したような存在だ。


「それでおにぃ。ゲーム、貸してくれる?」

「……ああ、今まで勘違いしてたお詫びも込めて貸すよ。なんだったら俺が隣で教えてやるぞ」

「さ、流石に全部知ってるおにぃとやるのはちょっと……。でも大丈夫! もう助っ人になってくれるっていう人はいるから!」


 そっか。明華はその天真爛漫さが故に友達多いもんな。俺と違って。

 でもその性格のせいで誰かに騙されないかお兄ちゃん心配。


「明日、短縮授業でしょ? だから早速明日からでもその子呼んでやりたいんだけど……いい?」

「俺は全然構わないぞ。近所迷惑にならない程度の騒ぎ方なら多分俺ヘッドフォンしてるし」

「わーいやったー! じゃあ貸して貸して!」


 今すぐにと言われても部屋にあるんだが。

 そう思って取りに向かおうとする寸前、明華がこちらに向けている手を思い出す。

 せっかくずっとこうしてるんだ。何も無しじゃこの手が可哀想だからこちょこちょしとこ。


「ひゃう!?」


 痛。ケツを蹴るなケツを。



 その後破壊されませんようにと祈りながらゲーム機を明華に渡し、ごはんを食べてベッドに寝っ転がっている。

 時刻はもう七時を超えていた。スルメとの約束があったのだが、もうやることはないだろう。そう思うとどこか、喪失感のようなものに苛まれた。


 音が鳴らないスマホに通知が来るのを無視し、その日は徹夜していたこともあり眠りについてしまった。


***


 翌日。ぽけーとしながら半日を過ごし、また人が少なくなるまでスマホを弄る。


 今日は何もない平和な一日だった。健也も話しかけてくる様子はないし、帰ったら誰かフレンドを誘ってアペでもやろうか。

 それにしても、スルメとやらないのはいつぶりだろう。いつも気がつけば隣にいる存在であったが、俺と一緒にやらなくなったらゲームもやらなくなるのだろうか。

 もしそうならまた健也に水瀬を陽キャにしてくれと頼んでみよう。


 そんなことを考えつつ、人が減ったのを見計らい学校を出て帰り道を歩く。

 そういえば今日は明華の友達が来るんだったか。挨拶とかめんどくさいし家の中でも出くわさないようにしないと。


「ただいまー」


 見知らぬ靴を確認しつつ、小声でそう言う。

 恐らくリビングで遊んでいるだろうから俺の部屋に直行だ。


「待って、そっちじゃない! なんで真逆行くの!?」


 明華の声じゃないので明華が呼んだであろう助っ人がそう叫んでいる。

 おやおや。助っ人もやはり明華は手に余るか。しかし、声に聞き覚えがある。

 いや、そんなはずはない。そう思いつつも冷や汗が止まらない。なんで、水瀬の声そっくりなんだ。


 ……もし万が一水瀬だったとしてもバレなければ大丈夫だ。流石に遠ざけようとしてる相手に家を知られるのはまずすぎる。

 心臓の音が異様に聞こえてくる廊下。俺の部屋は二階にあるので階段がミシミシとなるたびにビクリとする。


 そんなスニーキングミッション中、無情にもリビングからの扉が勢いよく開かれた。


「おにぃここ教えてー!」


 恐らく明華は俺が玄関のドアを開けた時点で俺が帰ってきたのが分かったのだろう。この時間に親は帰ってこないし当然といえば当然だ。

 クソっ。俺がやってたのはスニーキングミッションじゃなくてRTAだったか。それだったら音など気にせず最速で二階に向かったのに。


 でも、水瀬声の人物とはまだ接敵していない。これを好機とみて明華に帰ってくれとジェスチャーを送る。

 もし本当に水瀬だった場合、声でバレてしまう恐れがあるので身振り手振りなのが痛いところだ。


「わかった! りーちゃん、おにぃが呼んでるー!」


 いやそれ逆ぅ!


「いや、すいません。先ほどは大声を出してしまって━━どうして壁の方向いてるんですか?」

「ヒトミシリダカラダヨ」

「そ、そうですか。あ、私ですよ私。水瀬です。だからそんなことしなくても大丈夫ですよ師匠」


 ……バレてら。

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