第3話 高校二年生、往生際が悪い

「……」


 ふと水瀬さんを見ると、コントローラーに目を落とし誰から見ても分かるように落ち込んでいた。

 ここで俺はこの状況を理解し、反省する。調子に乗りすぎたと。


「……ごめん。俺実は━━」

「もう一回」

「へ?」

「もう一回させてください。お願いします! 今度は本当に私の持ちキャラでやりますから! 言い訳だと笑って頂いても構いません。でもあと一回!」


 見るからに必死さが伝わってくる。そんなに負けたのが悔しかったのだろうか。やっぱり三タテが堪えたか。

 これなら少しは手加減した方が良かったかなと考えていると、水瀬さんが正座の体制になっていた。


「わかったから。土下座しようとするのやめて。ちゃんとやるから」

「ありがとうございます! では早速」


 そう言って嬉しそうに水瀬さんが選んだキャラはパワーが弱くスピードが早いキャラ。つまり、俺のキャラと似たタイプのキャラだ。但し、タイプが同じなだけでキャラが違うとできる事が大幅に変わる。

 そうして始まった二試合目。

 結果は……。


「なん……だと……」


 一ストック溶かされた。


「そんな負けたよう悔しみ方やめてくださいよ……。このキャラ使って簡単に三タテされたら流石に私泣きます」

「いや、でもマジで水瀬さん上手いね。俺実はネットの大会では何回か優勝したことあるから天狗になってた」

「通りでそんなに。私にゲームを教えてくれる人も先輩と同じキャラだしあの人も大会出てたまに勝ってくるし。私も強くなったつもりなんですがまだまだですね」


 はて、俺と同じキャラでそんな上手いやつなんていただろうか。もしかすると知らないところで何回か戦ってるかもしれない。


「その人の名前って何? 多分ネットの大会出てるなら知ってると思う」

「あ、じゃあ私も参加は結構してるので知ってるかも知れませんね。えっと、師匠がマグロで私がスルメですね」


 マグロ? 変な名前だな。


 そう思って考えてみるが、そんな名前のやついたっけな。そんな名前をつけるのは俺くらいした思いつかない。……ん? 俺?


 え、待って。スルメって水瀬さんなの? あいつ男の声して……ボイスチェンジャーか?

 いやいやそう判断するのは早計だろう。もしかすると違うマグロと違うスルメなのかも……そんな変な名前の師弟が二つもあってたまるかよ。

 でも世界って案外狭いものだな。確かに同じ県に住んでるとは知っていたが同じ高校になるとは。

 ここで俺がマグロと言ったら驚くのだろうか。

 否、帰ってくるのは幻滅だろう。


 だって俺、見るからに陰キャだもん。


「……知ってる知ってる。強いよね」

「ええ。師匠は本当に強いんですよ。他のゲームでも凄く上手いですし特にFPS……ほら、帰りに言ってたアペです」


 そう話すスルメは目をキラキラさせていた。ダメだ。ここで正体を明かしたら絶対に嫌な顔される。そんな事になったら俺耐えられない。


「ところでマグロの名前の由来って何ですか?」


 あれ、カマかけられてる? つまり、疑われてる?

 そりゃそうだ。スマシスでは同じキャラを使い同じ立ち回りをしているし、実績も同じようなもの。そしてここに来るまでにアペをしていると言った。

 そりゃもしかしてとはなるだろう。


「……何なんだろうね。漁師さんが名前つけたのかな。その人に聞かないと分からないでしょ」

「いえ、私が聞きたいのは……。ええい、回りくどいのは無しです! 先輩は、師匠なんですか!?」


 俺は師匠なのか。はて。俺はマグロではあるが一度も師匠として振舞った覚えはないのだが。

 つまり俺は師匠じゃないので本気で何言ってるんですか?という顔ができる。


「え、違うよ? いやまあ人生で言ったら一年だけ師匠かな」

「いや、なんて言うか、言い逃れ方も師匠そっくりですし、会った時から声もそのまんまで困惑してたんですよ。だからもう観念してください」

「ワタシ、チガウヨ。ウソツカナイ」

「そこで声変えた時点でもう師匠じゃないですか」


 クソっ。俺は昔から嘘が苦手なんだよ。

 これもうほとんど俺がマグロって確定してないか?

 いやまだ俺には秘策がある。


「じゃあその師匠に電話かけてみたら? 俺がその師匠なら俺のスマホが鳴るはずでしょ。ほら、俺もこれからスマホ弄らないしさ」


 そう言いつつ、俺は鞄からスマホを取り出す。

 この手ならどれだけ怪しかろうと違うのかとなるだろう。


「なるほど。でもそれは却下です。師匠からの提案なので、どうせスマホ二台持ちかいつもスマホをマナーモードにしてるとかでしょう。師匠いつも返信遅いので後者ですかね」


 はい。いつも授業中とかで切り替えるの面倒臭いからいつもマナーモードです。

 こいつある程度賢いな。いや、今ので騙せると思った俺が馬鹿なのか? そんなわけない。

 手詰まりじゃないのか。

 そう思った瞬間、この部屋のドアが開かれた。


「おーっす。やっと終わった。マジお前覚えてろよ」


 かなり疲れたような顔をして俺を睨みつつ、健也が帰ってきたのだ。

 今の話を流す救世主になりえるかもしれないので、自然と口角が上がってしまう。


「健也、よく帰ってきてくれた」

「星先輩、坂口先輩のゲーム名って何か知ってます?」

「健也、何しに帰ってきたんだよどっか行けよ」

「お前言ってることヤバ」


 確か健也には俺のゲーム名を言ってた気がする。ただ、回数を重ねるほどは言っていないはずなので忘れていてくれたら助かるのだが。


「それで、この人のゲーム名は?」

「この人って……。俺がいない間にどれだけ仲良くなってんのよ。それにしてもあの変な名前だろ? 確か━━」

「まあ座れよ健也! ほら、ここに美味しいお菓子があるだろ?」

「ん、おお。俺のだけどな」


 なんなんだお前はと言いつつ、いつも座っている場所よりも少し水瀬さんに近いところへ座る健也。マジで狙ってるんじゃないだろうな。

 とりあえず何とか会話を遮断できたが、この様子だと覚えてるっぽいな。話を変えないと。


「確かマグロだったよな」

「やはりそうでしたか」


 座ってすぐ、さも当然とばかりにそう言い放つ健也に殺意を覚えるが、ここで終わった訳じゃない。

 今思いついた秘策第二弾がある。健也が話を合わせてくれなければいけないのが難点だが、これなら誤魔化せる……はず。


「おいお前。それって俺の兄貴のゲーム名だって。……あ、そっか! 兄貴がいつも言ってるスルメって水瀬さんのことか!」


 そう、兄貴への押し付け。

 ザルな芝居だが、どうせ初対面だ。嘘をついているか否かなんてわからないと思う。思いたい。


「お兄さん、ですか?」

「うん、そうそう。昔から声も似てるし性格も似てるって言われる。それに俺兄貴大好きだからさ。よく真似するからスマシスでもキャラ一緒なんだよ。アペも兄貴がやってるからやってるだけで」


 俺がそう言うと、水瀬さんは僅かに眉間の皺を寄せる。無理のあることなので疑ってはいるが、やはり嘘だという断定はできないのだろう。

 ゴメン、兄貴。ある事ない事言わせてもらう。俺に兄貴なんていないけど。

 何か言いたげな健也だが、俺がなぜこんな嘘をついているのかを測りかねているのだろう。そして健也は考えるのを終えたようで、こちらを見てニッっと笑った。

 ああ、分かってくれたか。健也はほんと顔は良いし女子からの人気が凄くて腹立つけどちゃんと分かってくれると信じてたよ。


「コイツに兄貴なんていねーよ」

「そうだよ俺には兄貴が……へ?」


 改めて健也を見るとそれはそれは笑顔だった。清々しいようなものではなく、ゲスというのが似合うようなその整った顔の笑顔。


「いやその、健也。嘘だよな? 嘘だと言ってくださいお願いします」

「謙ってる時点で駄目なの気づけバーカ」


 コイツさてはさっきの仕返しだな!

 水瀬さんの反応が気になり、恐る恐るそちらに視線を向けるとこちらもまた笑っていた。健也のような笑いではなく優しげな、それに勘違いでなければ嬉しそうにも見える。


「俺はマグロではないです」

「師匠」


 力強いその言葉に思わず水瀬さんの目を見てしまう。そのまつ毛は長く非常に整ったものであった。

 そういえば、女子をこうしてまじまじと見ることなんて無かったな。肩まで短く切られた綺麗な黒の短髪は、俺と同じく朝に弱いのか所々跳ねているところがある。

 それでも肌は驚く程に白く、美容について全然知らない俺でも水瀬さんがまったく頓着していないわけではないというのがすぐわかった。

 身長は俺が一七〇ちょいだから……目測で一五〇後半といったところか。体型はやはりゲーマーというだけあってなのか、かなりの細身だ。


「師匠……どうして、嘘をつこうとするのですか? 私が、女だからですか?」

「え師匠? もしかして翔の弟子!?」

「……ちょっと健也。本当に悪いんだけど、少しだけ二人で話さしてくれないか? 俺もかなり混乱しててさ」

「お、おう。じゃあ俺は出ていくわ」


 ちらちらとこちらを見つつ、この部屋を出ていく健也。口を出さないでという意味だったので別に部屋にいても良かったのだが、そちらの方が話しやすいのは確かだ。後で健也ママに健也がちゃんと彼女に一途なところを言っておこう。


「ー、と。まず、女子だからってのもある」

「……どうしてですか。やっぱり、昔のことが関係してますか?」

「昔のこと? なんで水瀬さんが?」

「っ……。いえ……なんでも、ありません」


 なんでもないことないだろ。それならどうして、そんな悲しそうな顔が出来るんだよ。

 もしかして会ったことあるとか……。家が近所なのだから、その可能性は十分有り得る。


「……まあいいや。一番の理由は凄い恥ずかしいことなんだけど、笑うなよ? ……ずっとお前が師匠って呼んでたやつがこんな陰キャ丸出しの男って思われたく無かったんだよ。ほら、ネットの世界だけでもよく思われたいやついるじゃん? それだよ」


 自分で言ってて恥ずかしく、それでいて情けなく思えてくるがこの水瀬さんの目からは嘘なんてつけないような気がしていた。

 今でも水瀬さんがスルメだと信じられない自分がいる。これが、夢なんじゃないかとも思う。

 居心地が悪いが、俺が言えるのはここまでだ。後は水瀬さんの返事を待つしかない。

 ソワソワしながら待っていると、水瀬さんはそういえばと前置きして話し始める。


「自分は陽キャだけどスルメが寂しそうだから一緒に遊んであげてるって師匠言ってなかったですか!? もしかして師匠嘘つきなんですか!」

「お前だってさっき基本は外で遊んでますみたいなこと言って陽キャアピしてたじゃねーか! お前は暇な時間全部ゲームに突っ込んでるのわかってんだぞインドアガール!」

「それは師匠が陽キャになる為には必要って教えてくれたやつじゃないですか!? お外大好き大作戦って!」

「はぁ!? お前陽キャになろうとしてたのかよこの裏切り者!」

「私はずっと師匠のこと裏切り者だと思ってましたよバーカ! でもお仲間じゃないですかあっははは!」


 嘲笑うかのようにこちらを指さしてくる水瀬にコイツが本当に後輩なのか分からないでいる。それと同時に、この感覚には覚えがあったのでついため息が出てしまった。


「ど、どうしたんですか。急に冷めないでくださいよ」

「いや、なんかな。今のやり取りで本当にお前がスルメなんだなって思ったよ」


 いつも、というわけではないがたまにコイツとゲームをしているとこのような言い合いに発展することがある。そしてどちらも負けず嫌いなのだからタチが悪く、その流れで今日は解散といったことがあった。

 でも、その言い合いで言いたいことを言えてる気がするので面倒くさくはあったが嫌いではない。今コイツがスルメだなと感じたのもそのような馴染みがあったからだ。


「……そうです。私がスルメなんです。そして、今まで男と偽ってきて申し訳ありませんでした」

「いやそれだよ疑問なのは。なんで声とか一人称とか変えて男になってたのか教えてくれよ。趣味なの?」

「趣味じゃありませんよ。ただ、女であると面倒じゃないですか。ほら、女性とわかれば無理にでも近ずいてこようとする人いるますよね。ちょっとそういう人が無理なので男だったわけです」

「俺にぐらい教えてくれてもいいじゃん。一番一緒にゲームやってるんだぞ?」

「だからこそ怖いじゃないですか。私が性別を言ったとして関係が崩れないとは限りませんし」

「まあ、確かに。俺だったら距離置くね」

「え、マジで言ってますか? もしかしてこれから距離を置こうかとか考えてますか?」

「置こうとは思ってるよ。女子ってわかると何話していいかわかんないし、大事な高校生活の序盤を俺みたいな付き合ってても得のないやつになんて消費してほしくないしな」

「へえ、じゃあ私泣きますね」

「ごめん。どうしてそうなったか教えてくれる?」


 水瀬が何を言っているのか分からないでいると、どんどんと目尻に涙を溜め始めた。

 マジかコイツ。マジに泣くつもりか。


「ぅ……ぐずっ。だっ、だってぇ。ししょーが酷いんですもん。オレ、ししょーとゲームをぉ。い、一緒にやってる時がぁ。嫌なことを忘れられるっていうかぁ。……ずずっ。それなのにオレを見捨てるようなこと言わないでくださいよぉ。うわーん」

「お前やっぱり最後のうわーんだけどうにかならないの?」


 最初突然のことでその涙に焦る気持ちがあったが、途中から普段のスルメを思い出したので冷静になれた。

 スルメは、何かあるとたまに泣き真似をすることがある。それが妙にリアルなので出会った当初は本気で心配していたのだが、その度に最後のうわーんを聞き安心していた。

 恐らく、うわーんはこちらを本気で心配させないようにわざと言っているのだろう。

 ただ、ガチで涙を流しながらやっているとは思わなかった。


「本心ではあります。なのでこれまで通り遊んでください」

「……わかった。わかったよもう。じゃあ、これからもよろしくな」

「はい! よろしくお願いします!」


 そう言いながらの水瀬の笑顔は本当に嬉しそうなものだ。

 そしてその満点な笑顔に対し、俺は心を痛めるのだった。

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