第2話 高校二年生、大人げはない
「それでな、そいつが━━」
「あっはは。そうなんですか! でも━━」
俺の前を歩く二人が楽しそうに話している中、その様子を伺いつつ俺は後ろをついて行く。
時折俺にも話を振ってくるので全然聞いてないという事が出来ないのが痛いところだが、二人とも声の通りが良いので勝手に耳に入ってくるのが救いだ。
しかも大体が俺に意見を求めてくるものでは無いので適当に返事をするだけでいい。
そう思っていると、水瀬さんがこちらに振り向き朗らかな笑顔を向けてきた。
「坂口先輩はFPSって得意ですか?」
「得意かどうかは知らないけど好きだよ」
「むむ、もしや流行りのアペとか?」
「最近はそればっかだな」
「やっぱり! 私もよくそれやってます。一緒にやってる人にはたまに怒られたりするくらいで上手くはないですけど」
「アペかぁ。俺もやってみようかな。そしたら翔、教えてくれよ」
「いいですね! また操作に慣れてきたら三人でやりませんか? 私はいつでもオーケーですので!」
そうだなと適当に相槌を打ちつつまた先程と同じような状況になる。
どうせ今日会ったばかりなんだし、本当に三人でやるなんてことはそうそう無いだろうなとは思う。陽キャなりの希望的観測だろう。
そうして二人はまだアペのことを話していたのだが、今度は健也が振り向き俺に話しかけてきた。
「あれ? そういや翔そのアペってやつで弟子いなかったっけ」
「そんな話したっけ。確かに俺の事を師匠って呼ぶやつはいるけどただのあだ名みたいなものだぞ。いろいろとゲームのことを教えてやってるけど俺は弟子とは思ったことない」
「え、し、師匠ですか?」
「変わってるだろ? そいつもかなり上手くて俺と大差ないし師匠なんて大層な呼び名要らないんだけど」
「へ、へぇ」
何となく歯切れの悪そうな水瀬さん。だが、それをなぜかと言及する前に。
「着いたぞ。ここが俺ん家ち」
健也の家に着いた。
「お邪魔しまーす」
「あら、いらっしゃい翔くん」
ドアを開け健也の後をついて入ると、エコバッグを持った健也ママが靴を履こうと座っているところだった。
幼稚園の頃からよく健也の家に遊びに行っていた事もあり、面識はかなりある。なんなら軽い冗談を言い合える様にもなっている。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。こんな可愛い子は初めてね。翔くんの彼女さん?」
「いえ、健也のです」
「あんた。帰ったら覚えときな。浮気者には慈悲無しよ」
「違うって! おまふざけんなよ!」
健也は余程健也ママからの説教が嫌なのか、俺に撤回するよう掴みかかってくる。割と健也宅ではこういう風景があるのだが、初めて見る水瀬さんは困り顔だ。
でも、健也ママはにこやかなまま。長い付き合いのせいでこれが冗談だとすぐに分かるのだろう。
「ああもう揺らすなって。はいはい嘘ですこれでいいか?」
「まったく最初っから変な嘘つくなよな」
「うふふ、まああんたに浮気する度胸なんて無いわよね」
「……そういえば健也。朝言ってた新入生の可愛い子には唾つけるってやつはできたのか?」
その俺の発言でこの場が凍りつく。勿論冷気を放っているのは健也ママ。そして、長い付き合いのお陰でこれが冗談じゃないとわかっているみたいだ。
「ちょっ、おま」
「あ、それの一人がここにいる水瀬さんか。水瀬さん、健也に狙われてるから気をつけてね」
「は、はぁ」
どんどんと青ざめていく健也。それもそのハズ。だって健也ママはそういった不誠実というものが大キライだからだ。
その理由は昔にある様なのだが、仲良くなった今でも怖くて聞けていない。
「なあ、翔。それも嘘だよな。ほら、また嘘って言えよ。いや言ってください」
「俺に
「そ、そんな」
裏切られたとばかりに絶望した表情をする健也だが、これに懲りて彼女がいながら女子と遊ぶのは控えてほしいものだ。
「あんた」
「……はい」
「今すぐ台所に来なさい」
「……嫌です」
「来なさい」
「……はい」
健也ママは買い物行くんじゃ無かったのかと思いながらも、連行されて行く健也の後ろ姿を見る。その背中は負の感情しか醸し出されていなかった。オモロ。
「あ、翔くん達は健也の部屋で遊んでていいからねー」
「あ、ハイ」
健也ママは台所のドアが閉まる直前に笑顔でそう言ってくるがその笑顔が今は怖い。
気づけば、水瀬さんは健也ママから目を逸らしていた。親しい俺でも背けたいので気持ちは痛いほどわかる。
「ゴメンね。せっかく来たのに」
「いえいえそんな。あのお母さんもそうですが、坂口先輩もおっかない人ですね」
「今の俺悪くなくない? 色んな女子に手を出してるアイツが悪いだろ普通に」
今頃ママさんからのお叱りを受けているのかな。そしてここまで怒鳴り声のようなものが聞こえてこないという事は、淡々と心を抉る言葉の数々を浴びているんじゃないだろうか。南無三。
「……ところで、私はどうしたらいいのでしょう。誘ってもらった手前、何も言わずに帰りたくもなく……」
「あ、帰りたい? なら俺が言っとくよ。元々突発的に集まっただけだからね」
「ああいえ、すみません。言い方が遠回しでしたね。なんと言うかその。……あまりリアルの人とゲームをすることが無いので少し楽しみにしていたんですよ」
モジモジと恥ずかしそうにそう言う水瀬さんは、もしかしてボッチなのだろうか。
リアルで一緒にゲームする人がいないなんて可哀想に……。俺もだけど。
ここはボッチ同士仲良くしたいところなのだが、ボッチは他のボッチ達とも仲良くなれないからボッチなのだ。
「私、リアルの友達とは体を動かすスポーツとかしかしないので」
なんならボッチですら無かった。ちょっと心を開きかけた俺の純情を返せよ。
「いいよ。俺にはネットの世界にたくさん友達いるから」
「……なんの話ですか?」
「何でもない。とりあえず対戦系のゲームしよっか」
「いいですね! お手柔らかにお願いします」
「いえボコボコにします」
「何で!?」
「恨みつらみ」
靴を脱ぎ、二階の健也の部屋へ向かう。
だから何でですかと言いながらも水瀬さんは俺の後をついて来ていた。ここだよと言ってトイレのドアを開けたらどんな反応するのだろう。微妙な空気になる気しかしないので絶対にしないが。
「ここだよ」
そうしてドアを開けると、散らかった漫画の数々、飲みかけのコーラ、蓄えられた多くのお菓子類が俺たちを出迎えた。中には春休みの宿題であるはずのプリントが床に散らばっている。
「うわぁ、汚部屋ですね」
「はっきり言うね」
「す、すみません。ちょっと親近感が湧いちゃって。」
湧いちゃったなら仕方ないなとはならないだろ。仮にも先輩の部屋だぞ。仮にも。俺もここに来たら必ず一回は汚いって言うけど。
「まあ、好きに座るところ作って座ってよ。できるだけテレビが見やすい位置にね」
「分かりました。じゃあ私はここで」
そう言って物を掻き分けて座る水瀬さんはスムーズだった。やっぱり、この部屋に親近感が湧くということはそういう事なのだろうか。
ちょっと水瀬さんの見る目が変わりつつ、俺は健也のである勉強机の下をまさぐる。
「何してるんですか?」
「えーっと確かこの辺に。……あったあった。じゃーん、対戦ゲームでみんな知ってると言えばこれでしょ」
「おお! スマシスですかいいですね!」
よっしゃ。これでその陽キャ魂へし折ってやる。
スマッシュシスターズ。やはり手軽にできて有名なものと言えばこれだろう。
上位まで行けばキャラによって対策を立てたりキャラ毎の技のフレームを覚えたりなどと変態チックなことをしなければならないが、初心者同士だとただスマッシュを相手にうってるだけで楽しい。
そして名前にシスターズが入っているのに男がいるのは永遠の謎。
「これ私、自信あるんですよ。手加減はできるだけしたくないのですが、大丈夫ですか?」
「ボコボコにします」
「頑なですね。何なら私、ハンデつけてもいいですよ?」
「平等な条件でボコボコにします」
「さっきからそれめちゃくちゃ怖いんですけど。負けても怒らないでくださいね!」
スマシスを起動させ、ストック三つのステージは平坦で何のギミックのないものを選択。そしてアイテムは無し。
これが何を意味するか。……そう、実力がはっきりと見えてくる。
「アイテムはありにした方がいいんじゃないですか? じゃないと逆転とか難しいですし」
「あ、そう? そんなに救済処置が欲しかったんだ。配慮が足りなくてゴメンネ」
「いや、やっぱりこのままやりましょう。そしてアイテムをオフにしたことをどうぞ後悔してください」
その後、二人とも持ちキャラを選びゲーム内で試合のカウントダウンがされる。
因みに俺はパワーが弱く、スピードに長けたコンボ向けのキャラを。対する水瀬さんはパワーとスピードがバランス良く、安定した戦いが望めるキャラを選択していた。
そしてカウントダウンが終わって直ぐ。違和感に気づいた。
攻撃が当たらない。
正確には、たまに当たってはいるがどれもガードされるかカス当たりかだ。
何だろう。この、めちゃくちゃ強い人と戦っているような感覚は。あれ、もしかして、水瀬さん強い?
そっか。それなら。
先程の振るだけの攻撃とは違い、ガードされたならカード無視の掴み技を。攻撃が回避されて当たらないのなら、回避するタイミングを予測して回避後の硬直を狩る。
ゴリ押しをすると見せかけて、相手がこちらに攻撃をすることができる時にはステップを挟みその攻撃をギリギリ躱す。そしてその相手が放った攻撃の後隙を、俺の使ってるキャラの最大リターンで返す。
そんな事を繰り返していると、やはり水瀬さんは対応能力も高いのか、対抗手段を直ぐに用いてくる。
が、それすらも読み合い。このレベルの人ならそろそろ対策してきそうだなと思えば、タイミングを僅かばかりずらす等の手段をとる。これはあまりハマることの無い戦法だが、ハマれば相手に何もさせない。そして今回はハマった。
そうしてこの一試合は終始俺の優勢で進んでいく。
勿論、俺の読みや思惑が外れたりしてダメージを受けることも多々あったが、こちらのストックを落とされることなく水瀬さんに完勝した。
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