仮面の少年

砂糖塩

第1話(完)


張り付いた嘘はもう剥がれなくて。

気づいたら、周りに誰もいなくなっていた。


初めて嘘をついたのは、幼稚園の時。

かくれんぼで、  くんがどこにいるか聞かれた時、  くんにお願いされたから、逆の方へ行ったと言った。

鬼役の子とも仲が良かったから、申し訳ないなって思った。

逆に、  くんから感謝されて、嬉しかった。

この時、快感を覚えたんだ。

感謝される、快感を。

こんなにちゃんと、覚えているのに、感謝してくれた子の名前は思い出せないんだよなぁ。

まあ、どうでもいいけどさ。


初めての嘘以来、僕は誰かのためなら嘘をつくようになった。

嘘に信憑性を持たせるために、それに合わせて変化してみせた。

何者にでもなれた。

あれ、本当の僕ってどんなだったけなぁ。

こんな感じかな。


僕には、僕を見てくれる親がいなかった。

施設で育った。

施設の子どもは、時々差別される。

悪いことをすると、これだから施設の子どもはと言われるんだ。

僕自身は言われたことがなかったけど、施設の子が言われていた。

その言葉は、施設の先生にまで届く。

僕はそれが嫌だった。

悪いことは、全部僕が被った。

何かが起こると全部ぼくのせいになるようになった。

施設の子達は。これだから施設の子どもは、なんて言われない。

僕だけが施設の汚点になったんだ。

子どもたちの間で僕はすごく感謝されていた。

でも、いつの間にか皆が僕を遠巻きに見るようになった。

僕は何も悪いことをしていないのに。

やったふりしかしてないよ。

でも、これを言ったら僕の努力は水の泡だ。

言わない。我慢しよう。


施設の先生に言われた。

僕の悪行にはもう目を潰れないって。

泣きながら……

僕はとても悲しくなった。

先生の涙は偽物だったから。

僕は、寝る場所を失った。

心はとっくに離れていたから、施設から出るのは悲しくなんてなかった。

困るのは君たちだ。

僕が居なくなれば、また悪い噂が飛び回るさ。

でも、これからどうしようか。

寝る場所を見つけなくちゃ。

金はもちろん持たされていない。

どこか、無料で泊めてくれるとこないかな。

「君、なかなかいい顔をしているね」

顔を上げると、クマがいた。

正確には、くまの着ぐるみを着た男が。

「行くところを失ったか」

この人は、僕の考えを見透かしてくる。なんだろう。何かが似ている。自分を偽っているような。

「君にはピエロが似合う。サーカス団へ入らないかい」

ピエロ……まさに僕じゃないか。

仮面をつけて、本当の自分を隠す。

サーカス団に行けば、寝る場所に困らない。

「サーカス団は、君が自分を見失わない唯一の場所だ。僕にとってそうなようにね」

自分を見失わない唯一の場所……

行きたい。

「クマさん、連れてって」

「もちろんだ。行こう」


僕はサーカス団に受け入れられて、サーカス団員のピエロになった。

「そうだ、君の名前は?」

僕の、名前?あれ、なんだったっけ。思いだせないな。最後に名前を呼ばれたのはいつだっけ?誰に呼ばれたかな。

「忘れた」

「そうか。じゃあ、私がつけようか。うーん、ムクってどうかな」

ムクか。僕にぴったりの名前だ。

「うん。それがいい」

「よろしくね、ムク。ここが君の居場所だ」

差し出された手を取ろうとしたら、視界が滲んで上手く取れなかった。

団長が、繋ぎ直してぎゅっと握ってくれた。

「よろしく……お願いします!」



「ムク、出番だぞ。行ってこい」

「うん。行ってきます」

今日の僕は、笑っているピエロ。

舞台に立つ時、いつも不安になる。

でも、そんな時はこう言うんだ。

「僕は何にでもなれる。でも、僕はムクだ。何になっても変わらない」

僕はライトで照らされた明るいステージへ躍り出た。

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仮面の少年 砂糖塩 @sugersalter

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