海へ行く3
ブリトンに到着した日。
ふたりはできるだけ、浜辺を歩いた。
北へ行くと砂浜が尽き、波に削られて白くむき出しになった崖が見えた。
「切ったケーキみたい」
「本みたいじゃないですか。ほら、ページのほうから見たときの……」
同じものを見ても、ふたりとも思い浮かべるものがまったく違う。
そんなことがおかしくて笑いあった。
お昼はちいさな店で、フィッシュ・アンド・チップスを買って浜辺で食べた。
「こっちで取れた黄色いカレイを使ってるんだそうですよ」
「リュートックのよりおいしいかな?」
かじかむ手をこすりながら、レンガでできた低い堤防に腰かけたが……。
それは「あっ」と言う間もないできごとだった。
頭上で声をあげていた海鳥が急降下し、まずユメリアの白身魚のフライを、追い払おうとしたナギの手から芋かっさらった。
海鳥は旋回をやめない。それどころか、気づけば足元にも四、五羽が集まり、じりじりと距離を詰めつつあった。
ふたりはフィッシュ・アンド・チップスを抱え込んで、ほうほうのていでその場を逃げ出し、堤防の影でふたりはひとつずつ残ったフライと芋をわけあい、とにかく口に詰め込んだ。
「魚の味どころじゃなかったね」
顔を見合わせて、ため息をついたあとは、やっぱり笑いあった。
一日じゅう外を歩き、からだが冷え切ったふたりは、日が落ちると暖を求めて地元のパブへ転がるように入った。
名物だというロブスターは半尾のグリルなら、ふたりの手にも届く値段だった。「おいしい、おいしい」とたいらげた後。
「活きがいいだろ!」
と、女主人から背からわしっとつかんだロブスターの実物を見せられたユメリアは、皿の上にフォークを取り落とした。
「と、と、とっても大きいんですね……」
その反応を見て、女主人がく、く、く、と笑った。
「都会の人はたいていそんな反応をするね」
店を出てるやいなや、ユメリアが白い息を吐きながら言った。
「美味しかったけど……ロブスター、く、蜘蛛みたいだった……」
「あの海の下にたくさんいるんですよ、きっと」
からかい半分で、ナギは波の音をするほうを指さした。
すっかり夜になり、海は見えない。
潮風が冷たい。ふたりはそれでもその方向へ目をやった。
「旅行って、すごいね」
ユメリアが言った。
「知らないところへ来て、いろんなものを見て、はじめてのものを食べて」
きゅっとナギの指先をにぎる。
「それに、ずっとナギさんといっしょ」
――ふたりで、ただ過ごすためだけに、どこかへ来る。
「ぜいたくですね……」
闇に沈んだ水平線を見つめ、ナギはかじかむ指に息を吹きかけた。
寄せては返す波の音を聞いていると、思ってもいなかったことが口をついて出た。
「俺は、いつか家がほしいです。ちいさな庭付きの家。そこであなたと、薔薇の手入れをして暮らす」
――俺は、家がほしかったのか。
口に出して、はじめて知った。にもかかわらず、その夢はナギの心にしっかりと着地した。まるで百年前からそう思っていたかのように。
「そうだね、いつか……」
風が吹いて雲を払い、一瞬だけ、満点の星空が現れた。
ナギはパブから借りたランプを足元に置く。
冷え切った指を絡め、ふたりはその冴え冴えとした光を、目に、心に焼きつけた。
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