海へ行く1

「海、行きませんか」


 聖誕祭が終わって年が明け、街がようやく静まったころ、ナギが言った。


「今ぐらいの時期、手入れはひとりでも手が足りそうだから、フェスタさんと交代で休みを取ろうっていう話になって」


ユメリアがつくろいものの手を止めた。


「それなら、ナギさん、お家で休んだほうがいいんじゃない? 庭師の仕事増えて、忙しかったでしょう」


夏から秋にかけては、顧客の家を回っての薔薇園などの手入れと冬支度、それに加えてボリス宅の庭仕事もあり、聖誕祭前はこれまたフェスタが考案したリースなどの飾りが好評で、ナギもフェスタも働きづめだった。


「でも、俺たち見たことないでしょう、海」


 ナギは街で買ってきた地図をテーブルに広げて説明する。汽車に乗ってリュートックから東へ向かい、ブリトンという海辺の街をめざす。乗り換えは一回、半日ほどの道のりだという。


「砂浜もあるんだそうです。夏だと泳げるらしいんですけど……」

「汽車に乗るの? 宿に泊まるの? わたしたちが?」


地図をたどるナギの指を目で追いながら、ユメリアは目を丸くしている。


「貴族かお金持ちみたい……」

「汽車と言ったって三等車ですよ。宿だってフェスタさんの知り合いに聞いたところで、安宿で」

「でも、すごいよ。旅行なんて」


頰を紅潮させるユメリアを見て、ナギは吹き出す。


――もとはどこかいいところのお嬢さんだろうに。


「そういえば、あなた、こっちへは船で来たんでしたっけ?」

「そう。船がぐらぐら揺れて、怖かった」

「海、見たことあるんじゃないですか」

「覚えてないなあ。でも、港と砂浜は違うでしょう」

「じゃあ」


ナギはおどけてひざまづいた。


「いっしょに海へ行ってくれますか、俺の奥さまは」


ユメリアがその手を取って笑う。


「もちろん」


 ナギの休暇は4日。そのうち3日を旅行にあてようということになり、ふたりは多少ばたばたと、しかし楽しみながら旅じたくを始めたのだった。

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