ふたりの、そしてひとつの痛み

日々はおおむねおだやかに過ぎていく。

でも、悲しいこともあった。


秋も終わりにさしかかったころ、ユメリアがはにかみながら言った。


「最近、月のものが来なくて、それで……」


ジュディに紹介してもらった産婆にみてもらったところ、妊娠しているのでは、といわれたという。まだなんのふくらみもないユメリアの腹を、ふたりは見つめた。


「どれぐらい……」

「月のものは、もう三月ぐらいなくって」


ユメリアが下腹に手を当てた。


「……いる気がする」


ナギも手を重ねた。


――俺が、父親に。


ふたりは抱き合った。


その日から毎日、ふたりは子どもについて話し合った。男の子女の子、どちらだろう。名前はどうする? あなたも栄養をつけなきゃ。

日々の庭師の仕事にも、力が入った。


しかし――。


ある日、ナギが家に帰ると、ユメリアが寝台に臥せっていた。かたわらには、ジュディ。ナギの顔を見ると、ジュディが立ち上がった。ユメリアは礼を言い、「自分で伝えます」と涙声で言った。


「そこの鍋にスープが作ってあるから」


玄関口まで送ったナギに、ジュディが言った。


「みんな外では言わないけど……よくあることなんだ。誰のせいでもない。気を落とさないでやって」


暗い寝室から、ユメリアのすすり泣きが聞こえる。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


ナギは寝台に座り、ユメリアの背をさすった。


ユメリアがしゃくりあげながら語った。お針子の仕事場で、感じたことのない腹痛があったこと。そのまま、血が流れて……。同僚に助けてもらいながら産婆のもとへ行き、おそらく子が流れたのだろうと告げられた。


「もっと、もっと気をつけていれば……ごめんなさい」


ユメリアは何に対してあやまっているのだろう。ナギは考える。たぶん、お腹の子に、そして父親である自分に。


「あなたのせいじゃない」


ユメリアがナギの胸に顔をうずめ、シャツを涙でぬらした。


もっと自分が気をつけていればよかったのだろうか。そう考えて、ナギは首を横にふる。

たぶん、これはそういう類のことではなく――。

しかたのないことなのだ。自分が孤児であることや、ユメリアに母がいないことと同じように。


「誰のせいでもない……」


ナギの瞳からも、我知らず涙がこぼれた。


それからしばらく、ユメリアは床についた。体調もあまりよくなく、ときおり出血があった。花の少ない季節だったが、ナギが咲き残ったデイジーを持って帰ると、ユメリアは泣きはらした目で弱々しく笑った。


いよいよ世話している庭にも花が少なくなると、フェスタがアイビーとヒイラギの赤い実を組み合わせ、器用にリースを作ってくれた。


「フェスタさんが……。わたしもそろそろしゃんとしなくちゃね」

「もうすぐ聖誕祭も近いからって」

「ナギさんにはじめて会ったのも、こんな季節だったね。こういうリースとか、りんごがたくさん飾られてた」


ランプの灯りが、ユメリアの横顔を照らしている。その表情は、やつれてはいてもおだやかだった。ユメリアがリースを見つめたまま尋ねた。


「後悔してない? わたしといっしょになったこと」

「ぜんぜん。これっぽっちも」


この街に出てきたばかりのころ、ユメリアから似たようなことを聞かれたことはある。迷惑ばかりかけて、とかそんな意味合いで。そのたびに、腹が立ったり、悲しくなったりしたものだった。

でも、いまは――。

彼女の痛みが静かに伝わり、ナギの胸に広がった。

リースを握るユメリアの手を包み込む。


「俺はいっしょになれてうれしかったし、いまもうれしいですよ。これからもずっと」


ユメリアが涙をためた目でほほえみ、苦しそうに眉を寄せた。


「この先、ふたりきりでも……?」

「ふたりきりでも」


ユメリアが床から起き上がれるようになったある日の早朝。

かろうじて集めたパンジーや、街の花売りから買ったアスターでリースを飾り、ふたりは川へ行き、それを流した。

いつかどこかで、異教の地では亡骸を川へ流すのだと聞いたことがあったからだ。


「もっときれいな川なら、よかったんですけど」

「でも、ほんとはこの街で育つはずだったから」


冬の訪れを感じさせる弱々しい朝日に照らされて、川面をリースが流れていく。

ふたりはそれを見送りながら、ただ、涙を流した。人目も気にせず、お互いの気のすむまで。


ユメリアはその次の日からお針子の仕事にも復帰し、さらにしばらくたつと、「ジャニスにも会いたいし」と、ジュディの家に子守に行くようになった。

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