日曜。街にて
神が取り決めた休息日たる日曜日。
安息日であるからには、在宅している者が多い――というわけで、「俺は異教徒だし」と借金の取り立てにいそしんでいたリウは、昼時、あやしい男に気がついた。
八百屋の横に積まれた木箱に身を隠し、背が低い男が通りをうかがっている。
「おう、フェスタ、何してんだ」
声をかけると、見慣れた下がり眉が振り向いた。
静かに! と、ジェスチャーで制され、リウはフェスタの視線をたどる。
その先には、黒髪の男と銀灰色の髪の女。
「お前、何してるんだよ。ナギなんかほっといて飯でも食いに行こうぜ」
声をかけたリウに対して手のひらを向け、ふたたびフェスタが制す。
「ナギのやつ、愛人がいんだぜ。あんなカタブツなのによう。見た目によらねえなあ」
ナギひとりならともかく、あのふたりが一緒にいるときはそっとしておきたい。「邪魔したくない」といった親切心ではなく、もっと違った感情がリウにはある。
――ありゃ嫁だ。
のひと言ですむのかもしれないが、くわしく説明するのはめんどうな気もする。
「愛人とは限らねえだろ」
「だっておまえ、カーチャンとあんないちゃいちゃするか⁉」
「カーチャンって……。ナギはガキいねえし」
「あいつの嫁、おっかねえ美人の姉ちゃんがいるって聞いたぞ。ありゃそんなタイプに見えない」
そういえば、フェスタはユメリアにもサーガにも会ったことがない。
「女のほうも薬指に指輪してんだよ。元はいいとこの娘と見たね。没落貴族の女と不倫とは……」
フェスタはぶつぶつ言いながらも、すばやく身の隠し場所を変え、ふたりを追いつづける。しかたなしに、リウもそれについていく。
薬局の店先で、ユメリアが何かを選んでいる。髪につける油だか、肌につける水だか、とにかく女が身づくろいに使うもの。ナギが何か指さすと、ユメリアが首をふって、違うものを手に取る。
「あっちのが高いやつだよな……」
フェスタが目ざとさを発揮する。
「遠慮してんのかね。愛人なのに」
結局、ナギがすすめたほうを買い、ユメリアがはにかんだようすで礼を言う。ナギが目を細めて何か答えると、ユメリアが頬を赤らめる。あの夫婦がふたりのときに何を話しているかは知らないが、まあ何か歯の浮くようなことを言ったのだろうと、リウには想像がつく。
「あいつ、女といるとき、ぜんぜん顔違うのな」
「みんなそんなもんだろ」
「いやいや、ふつうはもっと女の前だとイキったり、カッコつけたりよう。だいたい想像つくだろ。でもありゃあ……」
「惚れてんだろ。ほっといてやれよ」
フェスタは相も変わらず、しげしげとふたりを見ている。
「なあ、飯食いに行こうぜ。おごるからよ」
リウがおごりで釣ってもフェスタは耳を貸さず、尾行はつづく。
古本屋の前でナギが足を止め、店頭に置かれた木箱の中の古書をあさりはじめた。ユメリアもそれをのぞきこむ。
「……タイトルは、庭園のナントカ……。あいつ、愛人といても庭かよ。ほんと植物バカだな」
フェスタはナギにあきれ、リウはフェスタのその野次馬根性にあきれた。
「もう行こうぜ。おもしろかねえだろ、あいつの私生活なんて」
ひととおりつけ回して満足したのか、「あいつ真面目そうなのになあ」とフェスタが心なしか残念そうな顔をして尾行をやめようとしたそのとき。
「リウさん!」
やましいことなど何もないにもかかわらず、リウは名を呼ばれてギクッとした。振り返ると、ユメリアが手を振っている。その横には、本を手にし、さっきとは打って変わって渋い表情をしたナギ。
「お前、知り合いだったのかよ」
小声で言って、フェスタはリウに肘打ちをした。
「ひょっとしてフェスタさんですか?」
走り寄ったユメリアが目を輝かせている。とまどったフェスタが「おう」と「ええ」の間ぐらいの返事をした。
「フェスタさんの薔薇園、とってもすてきだったって、ナギさ……夫から聞きました」
「夫……!? い、いや、ナギ君が……それはどうも……」
「ユメリア……」
ナギが何か言いかけた。「もう行こう」とか「そろそろ」とかそういうことを。
「あっ、わたしったらご挨拶が。ナギの妻のユメリアと申します」
ユメリアがスカートをつまんでおじぎをした。
「いつも夫がお世話に……」
右手を差し出し、フェスタがそれをおずおずと取った。
「フェスタです……」
いつもヘラヘラしているフェスタがめずらしく気おされている。
「ユメリア、そろそろ行こう。リウさんたち急いでいたんじゃないかな」
ナギが後半、力を込めて言った。
――い・そ・い・で・ま・す・よ・ね?
という心の声が聞こえてきそうな表情で。
「おうおう、ちょっと用事がな。行くぞ、フェスタ」
別れのあいさつもそこそこに、リウがフェスタを引きずるようにして去っていく。
「お昼、いっしょにどうかなって思ったんだけど……」
「残念だったね」
ナギはにっこり笑って言った。
「さ、行こう。あなたの夏服も見ないと」
「いま持っている服でじゅうぶんだよ」
やや強引にユメリアの手を引き、ナギは古着屋のほうへ歩きだした。
「おいおいおい、ありゃ嫁かよ。知ってんなら教えろよ」
労働者でにぎわうパブ。フェスタがビールをあおり、リウをにらんだ。
「『いつも夫がお世話に』……だってよう」
スカートをつまむ仕草を真似する。
「貴族の娘かなんかと駆け落ちしたのかね」
「さあな」
貴族の屋敷から女を連れて逃げてきたとは聞いているが、その女が何者なのかは、リウもよく知らない。
「しっかし、嫁とあんないちゃいちゃするかね?」
「すんじゃねーの。お前は夫婦をなんだと思ってんだ」
「そういうお前はどうなの、ルビーちゃんとさ」
フェスタはたまたま入った酒場で給仕をしているルビーと知り合い、意気投合したとかで、ルビーをちゃんづけで呼ぶ。
「さあな。結婚してるわけじゃねーし」
不愛想な店員が、ローストビーフやらパイのようなプディングやらが盛られた皿をどんっとテーブルに置いて去っていく。
「おっサンデーロースト! リウ、豪勢じゃねえか」
「これ、黙って食うなら、おごってやるよ」
リウはていよく話題を変えようとする。
「いいのか? 肉なんて久しぶりに食うなあ」
「おごってほしけりゃ、黙って食えよ」
しかし、肉をひと切れ食べ終わらないうちに、フェスタが言った。
「最近会えないってさあ、ルビーちゃん愚痴ってたぞ」
「もうおごりじゃねーからな」
「おまっ、これぐらいでっ、ひどっ」
ポテトを喉に詰まらせながら抗議をするフェスタを横目に見ながら。
――今夜あたり、ルビーを誘ってみるか。
とリウは考えていた。
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