ただ、手をつないで
「お姉さん、行っちゃったね」
汽車の黒い煙が遠ざかっていく。駅の雑踏のなか、それを見送りながらナギがつぶやいた。
「姉さまったら、もっとゆっくりしていけばいいのに」
ユメリアが口をとがらせる。
「船の都合もあるんでしょう」
汽車に乗って港町へ向かい、そこからサーガは船に乗るのだという。
「でも、あなたにあんなお姉さんがいたなんて」
「ほんとうにもう、みんなに迷惑かけて」
眉根を寄せて苦言をていしたものの、ユメリアの表情は明るい。
ナギはそっとユメリアの手を握る。この駅へはじめて来た日のことを思い出した。リュートックに出てきたばかりのころ、汽車を見にきた。人ごみにおびえるユメリアをかばうのが精いっぱいで、はぐれないようにと言って、しっかりと手をつないだ。
それから起きたことは、けっして望んだことばかりではなかったけれど――。ふたりでいまも、こうして手をつないで歩いている。しかも、天涯孤独だと思っていた自分が、“お姉さん“、というものを見送って。
そこまで考えて、
――お前の姉じゃねーよ。
心底苦々しそうな顔のサーガが目に浮かんで、心のなかで訂正した。“妻のお姉さん”、というものを見送って――。
――不思議だ。
不思議で、どこか心地よい。
「お昼、どうしよう?」
「ヤコブズ・キッチンに行きますか?」
「ひさしぶり! あそこのフィッシュ・アンド・チップス美味しいもんね」
ユメリアが手をそっと握り返した。ナギよりも小さい手、ほっそりとした指の感触。
ふたりはただ手をつなぎ、そのまま勝手知ったる街の雑踏へと歩きはじめた。
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