劇場にて6、あるいはつぐない

「さーせんした」

 あやまるサーガの前には、腰に手を当てたルビーと、腕を組んだジュディ。ここはまだ開店前の酒場であり、劇場。入り口ふきんでリウが壁にもたれて見守り、ナギとユメリアがサーガに付き添っている。

「なんのなの? そのあやまりかた。誠意って知ってるぅ?」

ルビーが額をくっつけんばかりにしてサーガに迫る。

「す・み・ま・せ・ん・で・し・た」

額と鼻頭にしわを寄せ、今度はサーガがルビーと口づけせんばかりの距離で言う。それはナギには、すごんでいるようにしか見えなかったのだけれど――。

 ユメリアが「姉さま!」とたしなめようとしたそのとき、

「ま、いいでしょ。そのかわり」

意外なことに、ルビーはさっさと切り替えた。

「あんた、なんか芸できるでしょ、芸」

「げいぃ?」

やっぱりすごんでいるとしか思えない表情で、サーガが聞き返す。

「あんた身軽だったじゃない。屋根へ飛んだり、剣でおっかないことしたりさ。劇場でなんか芸やってよ」

と、ルビーは意外なつぐないを持ちかけたのだった。


***

 昨日――つまり、サーガとナギの決着がついた日の午後。ボリスが首都・スワンプフォートから帰還した。街中の警戒などに組織の男たちを駆り出した以上、サーガが起こした騒ぎは隠し立てできない。事情説明に向かったナギに、ボリスは表情を変えず、

「本人が詫び入れるってんなら、時間をつくる。それ次第だな」

とだけ言った。

 ナギとユメリア、ことにユメリアは「姉さま、だいじょうぶでしょうか」と気をもんでいたが、ふたりは「これ以上は騒ぎを起こさない」という約定に血判を押し、無罪放免となって帰ってきた。


「ずいぶんな不平等条約を結びましたがね」

とアレリアが説明したところによると、なんでも龍の国の青磁やモンスーンの国の織物を、ボリスの組織を通じて輸出する話を手土産にしたらしい。

 実のところ、自分たちに有利な条件を提示されてなお、ボリスは渋い顔をしていたが――。

「アレリア、武器とかは売んなよ」

と、釘を刺したサーガに対し、ボリスが「嬢ちゃんはなんでそう思う」と問いかけたところ。

「人間らしくやるべきだろ。ケンカは」

「逆じゃないですか……。人間だから得物を使うんでしょ。だいたいあなたの剣はなんなんです?」

「これは手足の延長だからいいんだよ」

といったやり取りがあり、ボリスが失笑ともとれる笑いをもらしたのち、貿易話で手を打ったということだった。


***

 そのあくる日の午後。サーガはルビーとジュディに“詫び”を入れることになり、この劇場兼酒場へとやってきた。


「わたしの体術は見せもんじゃねえよ」

 と言ったサーガの鼻先に、ルビーがひとさし指をビシッと突きつける。

「その見せもんにな・る・の・よ! あんたあやまる気あるの? 詫び入れにきたんでしょ」

「ほらほら、サーガさん、芸ですよ、芸」

いつの間にか現れたアレリアが笑顔でサーガの背中をたたく。

「うるさい。お前だって同罪だろ」

「僕は誰も殴っていないし、何も壊していないですからね。第一、ここは僕らの地元と違って秩序があるから、ちょっかいは出さないでおきましょうって止めてたじゃないですか。商売や芸ぐらいで手を打てるならラッキーですよ。あ、そうだルビーさん、あの梁から紐を垂らしてですね……」


 アレリアとルビー、それにジュディまでもが加わって、サーガ出演の出しものの構想を練りはじめた。リウはあきれ顔で客席に腰かけ、話し合いが終わるのを待っている。


「いいかも! 天から舞い降りるってイメージね。サーガって、見てくれだけはすっごいいいからさ……」

「そうですね、サーガさんは黙っていればね……。海の向こうから渡ってきた天女! みたいなふれこみでどうでしょう」

「“てんにょ”って何?」

「東洋の天使や女神みたいな存在ですね。単に神秘の美女でもいいんじゃないですか」

「凶暴だけど、見てくれはいいからね。あたしらがかくまってもらったとき、透けた感じの衣装を着た踊り子いたろ。あれを縫い直そうか?」

「姉さまはほんとうに美人ですから! ジュディさん、わたしもお針子仕事、手伝います!」

「見てくれ見てくれってさあ……」

サーガは、げんなりとした顔をしている。


「あんた、この刀、くるくるーってできる?」

 話し合いの途中、ルビーから舞台用の三日月刀を渡されたサーガは難なく空中でそれを回転させ、キャッチした。

「もう一本貸せ」

こんどは二本の刀が宙を舞い、サーガの手におさまった。

「これぐらいはできんだろ、だれでも」

「逸材ね……」

「あんたやるじゃないか」

「姉さますごい!」

「サーガさん、芸、できるじゃないですか」

 一同の反応に、「見せんじゃなかった」と、サーガが顔をしかめた。


 というわけで、ルビーへの落とし前として、サーガは“劇場”に三日、出演した。

「さあ~~~海をわたってやってきた女神かぁ? 天使かぁ? 謎の美女! サーーガ・ヴォルヴァ!」

 神話の登場人物が着るような白いワンピースに金のベルト、透けるショールをかけたサーガが、梁から垂らした布につかまってふわりと舞台に降り立つ。そこでやはり白い衣装に身を包んだルビーと邂逅して舞い踊り、さらには三日月刀を二本、くるくると回し、またルビーと軽いステップを踏んで去っていく……。

 手足が長く、彫像のようなサーガの容姿もあって評判は評判を呼び、その三日間は満員御礼。劇場は、いつも以上の盛り上がりとなった――。

「姉さま……きれい」

「サーガさん、ほんとうに美人だね」

押し合いへしあいの観客席で、ナギとユメリアもそれを見守った。


 終演後。

「いいじゃん! あんた、ずっとここに残って出てよ!」

ルビーだけなく、“劇場”の女たちから請われたサーガは、「ぜってぇやだ」とつぶやした。


 そして、夜間に“劇場”に出演した3日の間。サーガは昼間、ジュディへのつぐないとして、水くみやら洗濯やらを手伝った。 

「人づかいが荒すぎる……」

「あんた自分が何したかわかってんのかい⁉ ひとをあんな刃物で斬ろうとして!」

「斬る気はねえよ、峰打ちってやつ」

「手を上げといて、文句言うんじゃないよ!」

ジュディにどやされながら、サーガは労働にいそしんだ。

 

 その合間にはナギとユメリアの家へ行き、リウを投げ飛ばして壊れたテーブルの修理にも駆り出される。


「ほんと人づかいが……」

「姉さまが壊したんですよ!」

「この釘、おかしいんじゃねえの。どう打っても変な方向に行くんだけど」

「サーガさん、こういうのは不得意なんですね……」

サーガににらまれ、ナギは黙ってトンカチを持ち、作業をかわった。


 修理を終えて、ユメリアが用意したパンとスープをみんなで食べているとき、ナギは思い切って言ってみた。

「お姉さん、は、いつまでこちらに……」

 スープでむせたサーガが、信じられない、といった顔でナギの顔を見る。

「お、お、お、お、お前の姉じゃねえよ……」


 そんなふうに、つぐないの3日間が過ぎていった。

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