朝1
廃材置き場の天井近くに並ぶちいさな窓から朝日が差し込み、打ち捨てられたものを一種神聖なもののように照らし出していた。朝日は同時に、ふたりの女にも降り注ぐ。柱にくくりつけられた白金色の髪の女はやや困惑し、もう片方は銀灰色の髪を揺らし、泣きじゃくって何かをしきりとうったえている。
ナギは離れた場所で床に腰を下ろし、それを見守った。
すこし前のこと――。
約束の刻限通りに廃材置き場に踏み込んだリウは、床でのびている姉に驚きつつ、「あんたがやったのか」と迷わずユメリアを見た。
「いや、お、おれが……」
言いかけたナギにかまうことなく、リウはサーガを廃材の柱にくくりつけ、どこからか持ってきた水をかけた。間もなくサーガは目をさまし、犬のようにぶるぶると頭をふるわせたのだった。
「しっかり縛っといたから、しばらくはだいじょうぶだろ」
多少の事情を聞いたリウが気を利かせ、男たちを連れて外へ出て、姉妹ふたりの時間をつくってくれたのだった。
「姉さまがいなくなって、心細くて。わたしがいらないんだって。なのに、こんなやり方で急に……」
ユメリアが泣いて、怒っている。その表情は、まるで駄々っ子のようで――。
――あのひとには、お姉さんがいるんだな……。
ナギは不思議な感慨につつまれた。
「悪かった、だから悪かったよ」
さっきまでの勢いはどこへやら、姉はあやまりつづけている。
「ナギさん、といいましたっけ?」
背後から声をかけられた。柱にくくりつけられたもうひとりの人間――。姉のサーガと行動を共にしている栗毛の男、アレリアだった。会ってみると、スミスとは髪色以外はあまり似ていなかった。何よりスミスは牙をむくまでどこから見てもにこやかな紳士だったが、この男は見るからにうさんくさい。
「すみませんね。止めようとしたんですけどね。いろいろ聞き込みをしていたら、ユメリアさん、しあわせそうでしたし。『会ってきたらどうですか』って家を教えたら、夜中まで帰ってこないし、やっと顔を見せたら、ひとを拉致してるし……」
ああ……とナギは合点がいった。この男と姉は、別行動をしていたというわけか。
「サーガさん、チンピラ嫌いだから、頭に血がのぼっちゃって」
ナギは迷ったけれど、言ってみた。
「チンピラチンピラって……。あなたたちだってヤクザ者でしょう」
男は栗色の片眉を上げて笑った。
「まあ、僕はしがないペテン師ですけどね。サーガさんはチンピラを嫌っているうちに、自分自身があんなふうになってしまった。元はいいところのお嬢さんなのにね」
「いいところ……」
「あなたは彼女たちの生家について、どれぐらいご存じですか」
「ほとんど、なにも。北の……オーロラの国の生まれで、母親は亡くなったとだけ」
男は目を細めて姉妹のほうを見た。
「あのひとたちの生家は、祭祀をやっている……まあ、宗教ですよ」
頭のなかで、咀嚼するのに時間がかかった。
「宗教って……。まじないで病気が治るとか」
栗色の頭が横にふれた。
「もっと大きいもの。たとえば、この国で一番大きな宗教があるでしょう」
「国教会?」
「そう。ああいう規模ですよ、たぶん」
リュートックへ出てきてから、ナギもユメリアも教会には足を向けなかった。彼女は外国生まれだからと言い、ナギは追い出された孤児院が教会付属でいい思い出がなかったからだ。だから、ナギには教会の司祭がどんな暮らしをしているか想像がつかない。ましてや外国であれば。
「僕が知っているのはこれぐらいです。妹さん、頼みますね。そっちがややこしくなると、サーガさんも仕事に集中できないんで」
「仕事……?」
「モンスーンの国で、まだやることがあるんですよ、僕たち」
「龍の国にいたんじゃないのか?」
龍の国のことばを話せるか話せないかで、サーガがナギとリウを見分けた話をすると、男が笑った。こんどは腹の底から、おかしそうに。
「あのひと、ケンカの最中は頭が回るんですよね。カンもいいし。僕たちは貿易の真似事もしているからいくつかことばをしゃべれるんですよ。ロマノフスカヤ家に行ったとき、あなたはこっちの育ちで、龍の国のことばもわからない、と聞いたことを覚えていたのでしょう」
「あんたたち、ロマノフスカヤの屋敷へ……」
何があったのかは知りませんが、と男が前置きした。
「『妹さんには申し訳ないことをした』と言っておられましたよ。ロマノフスカヤの当主は」
そこまで話すと、男は立ち上がった。縄がはらりと落ちる。
「あんた……」
「さ、サーガさん、詫び入れにいきましょう、詫び」
「姉さまにはまだまだ言いたいことがあります!」
ユメリアはいまや、姉の胸倉をつかんでいる。
「だいたいなんですか! ナギさんをチンピラとか言って! 姉さまのほうがよっぽどチンピラじゃないですか! そのうえ、あんなうさんくさい男と!」
栗毛の男が肩をすくめた。
「あれはそういうんじゃなくて……。仕事をいっしょに……」
柱に縛られ、妹にガクガクと頭をゆすられながら、サーガがぼやいた。
「アレリアー。助けてくれ……」
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