劇場にて5

 マットレスのうえで、ジュディとユメリアがうとうとしはじめたころ――。酒場に似つかわしくない声で、ふたりは目をさました。

「なんだい……」

「猫のケンカ、でしょうか」

「ありゃ赤ん坊だろ」

小声でささやきあっているうち、赤ん坊の声にかぶさって、女の声がした。

「ジュディー、ジュディーって女はいるか」

ユメリアとジュディは顔を見合わせる。


 ノックののち、隣の部屋で休んでいたルビーが顔を出した。シュミーズ姿で眠そうに髪をかきあげている。

「とりあえずわたしが見てくるから、あんたらはここにいて」

 しばらくすると赤ん坊の泣き声とともに、足音がふたり分、みしみしと屋根裏へとちかづいた。扉がノックされ、ルビーが顔を出す。その背後から、激しい赤ん坊の声。顔は見えないが、来訪者が抱いているのだろう。

「ジュディ、あんたの旦那から赤ん坊を預かったんだって」

入り口に立って説明しながら、「あんた、子どもの扱い下手だね」と、ルビーが来訪者から赤ん坊を引き取った。「よし、よし」とルビーがゆすると、赤ん坊の機嫌が多少直ってきた。ジュディが扉へ近づく。

「ミッチが? ありゃ、こりゃマリアンとこのリリィじゃないか」

「親が倒れたとかなんとか……。急に預けにきたとかで、あんたの旦那が困ってたんだ」

ルビーの背後から、女が説明した。

「そんで、あんたは……」

「わたしは通りがかっただけ」

「そうか、そりゃ悪かったね」

リリィはまだぐずっている。ユメリアはそっと顔を出した。

「赤ちゃん、抱っこしましょうか」


その刹那、ユメリアと、赤ん坊を連れてきた女の目があった。


「ねえさ……」

「ユメリア」

女がその名を呼び、腕をつかんでひっぱった。女がかぶっていたフードから、白金色の髪がこぼれた。

「ちょっ」

「あんた、何をするんだい」

女はユメリアの腕をつかんだまま、ルビーとジュディにあからさまな敵意を向けた。

「おまえら、こんないかがわしいところにこの子を……」

「ユメリアを離しな!」

つかみかかったジュディが振り払われ、床に転がる。ジュディはそれでも女の足首をつかんだ。

「ユメリアを離しな!」

「あんた、何すんのよ!」

赤ん坊を抱いたまま、ルビーが叫ぶ。赤ん坊が火が付いたように泣き出した。そして――。それは一瞬のできごとだった。女は背中から刃物をぬき、それをジュディに……。

「だめ!」

ユメリアが女の手を離れてジュディにおおいかぶさり、その背を刃物が走った――ように、少なくともジュディには見えた。「あっ」とちいさな声をあげ、ユメリアのからだから力が抜ける。

「……なんで……」

女がとまどったようすで低くつぶやき、それでもユメリアをかつぎ上げた。

「待ちな!」

なおも追いすがるジュディをふりはらい、女は部屋の奥へ駆け、窓をけ破り、飛び出した。

「ちょちょちょっと……。ここ屋根裏なんだけど」

ジュディとルビーは窓へ駆け寄る。みじめに壊された窓枠の向こうに、女の白金色の髪が光り、連なる屋根の向こうへと消えた。

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