劇場にて4
「あはは! ユメリア、あんたなかなかやるじゃないか」
「ふふふ。ジュディさんだって!」
静まり返った劇場の屋根裏で、ひとしきり笑いあった。ふたりが出演した出し物はトリだったらしく、あっというまに劇場は酒場に戻され、客はもちろん、出演者もいなくなった。
「客の中に変な奴はいなかったっていうし、あたしは隣の部屋で寝るわ」
外とか出んじゃないよと釘を刺し、ルビーがあくびをしながら去っていくと、ジュディとユメリアのふたりきりになった。どこかでネズミが走る音が聞こえる。夏が近いとはいえ、夜はすこし冷える。ふたりは古いマットレスに並んで腰かけ、隅に積んであった一枚の毛布を肩にかけた。
「疲れただろ。少し寝たほうがいいよ」
「わかってるんですけど、あんなことしたの、はじめてで。なんだか目がさえてしまって……」
正体がわからない追跡者、慣れない環境、明日からどうしたらいいのか。なによりナギは無事でいられるのか。不安は尽きないはずなのに、ユメリアの目を冴えさせているのは、興奮だった。ジュディがくくくっと笑った。
「わたしだってそうさ。この年になって、まさかあんな田舎踊りを披露するとはね」
長く生きてみるもんさね、とジュディが言った。屋根裏部屋には、天井が低いわりに大きな窓があり、そこから沈みかけの満月がのぞき、ジュディの横顔を照らしていた。
「……ジュディさんが一緒に来てくださって、よかった」
ユメリアがほほ笑んだ。
「ありがとうございます」
「そりゃよござんした」
ジュディがおどけて言い、マットレスのうえにからだを倒した。月の光が、舞い上がったほこりを照らし出す。しばしの静寂ののち、ユメリアが問うた。
「ジュディさんは、その……どうしてこんなによくしてくださるんですか」
膝のうえで、ユメリアがスカートの生地をきゅっと握った。
「ゲルバルドさんのお嬢さんのことがあったからっていうのはわかってます。でも……その貴族をどうにかしたのはナギさんで、わたしは、ただ、助けられただけで。だから……」
ジュディが大きくため息をついた。
「あんた、そんなこともわかんないのかい」
一瞬、ふたりの目があったのち、ジュディが顔をそむけた。
「そりゃ最初はそうさ。……でも。いまはただ……」
ふう、とちいさく息を吐いて、ジュディは身を起こした。
「あんたは大事な
隣に座るその店子の頭を、ジュディが抱き寄せた。
「みんなあんたのことが好きなんだ」
ユメリアの視界がゆがんだ。
「たぶん、ゲルバルドさんだってそうさ。あんたとナギだから力になったんだろ」
「ジュディさん……」
「だから、そんなこと、気にしなさんな」
ジュディがくしゃっとユメリアの銀灰色の髪をなでた。
「人の好意は受け取っとくもんだよ」
「ありがとう、ありがとうございます」
すすり泣きが、ほこりっぽい空間に響いた。
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