劇場にて3

 夜が更け、酒場から酔客が引いていく。と、ルビーたちがフロアのテーブルやいすをフロアのはしに寄せて積みはじめた。ユメリアたちが身をひそめていた屋根裏の控室にも女や男が出入りし、道化師の化粧をしたり、髪を結い上げたりとあわただしい。

「ちょっと、後ろのリボン結ぶの手伝って」

「手鏡持っててよ」

したくが整っているていのユメリアとジュディは、ほかの演者から声をかけられ、手伝いをして回った。


「下の片付けが終んない! あんたらもちょっと来て!」

 今度はルビーに声をかけられ、ユメリアとジュディは階下へ急ぐ。身にぴったりとそう舞台用の深紅のドレスをまといながらも、ルビーはてきぱきと働きつづけている。それにならい、ユメリアとジュディもテーブルに置かれたままの食器を下げたり、テーブルと椅子を運んだり。外から聞こえる開幕を待ちわびるざわめきが、準備に走り回る者たちの気をせかした。フロアがあらかた片付くと、

「さん、にい、いーち!」

と声をあわせ、妖精に扮した男たちが緞帳どんちょうを下ろした。

「すっかり劇場になりましたね……」

ジュディもユメリアも額の汗をぬぐいながら、早変わりぶりに目を見張った。


「はじまるよ、はじまるよ! どなた様もお代は一銅貨ぽっきり!」

 入り口で声が響くと、人がどんどん入ってくる。木戸賃なのだろう。ちゃりんちゃりんとコインが缶に落ちる音がする。労働者風の男、酒場をひけたらしい女、まだ若い恋人たち。ユメリアたちは中二階に戻り、そのようすを眺めた。やがてフロアは人々の熱気でいっぱいになる。


「さあさあさあ! 今夜はキースとリチャーズから! 妖精たちのおかしな舞台かをご覧あれ!」

 とんがった帽子をかぶり、妖精に扮した男ふたりが芝居を始める。粘土細工を耳の先につけ、妖精風のとんがり耳に見せているものの、リチャーズのほうはすでに取れそうになってプラプラしており、なんとも頼りない。

 ふたり組の妖精が、最初は調子よく人々をだましていく。最初は役者が入れ替わり立ち代わりでだまされ役を演じ、やがて観客を舞台にあげて小芝居が続く。が、最後は人間にやりこめられてしまい、「こんなはずじゃあなかったんだ~」とふたりが嘆くと、劇場はドッと笑いに包まれた。


 いつの間にか楽器を持った者たちが集まり、舞台上ではダンスが始まる。原色のドレスに身を包んだ踊り子たちがくるくると舞いおどると、スカートが花のように広がった。やがて哀愁漂うメロディが流れ始めると、ルビーが登場する。

「ルビー!」

「待ってた!」

会場が一気にわく。

「ルビーさん、人気なんですね」

ユメリアもジュディも、会場を揺らさんばかりの声に圧倒された。

 ルビーが情熱的なダンスを見せはじめると、会場はしんと静まり、その手指の動きに釘付けとなる。


 出し物がつづき、夜も更けたころ――。中二階のふたりに、進行役の男が階下から声をかけた。よく聞こえないので、ふたりで舞台袖に降りる。

「あんたら、次だろ。さあ、準備して!」

「何を言ってるんだい」

「わたしたちは……」

とまどっているうちに強引に背中を押され、舞台袖に集まっている一団のもとへと連れていかれる。みな、ユメリアとジュディが身を包んでいるのと同じような、町娘風のドレスを着ている。

「コメディエンヌは真ん中ね!」

「まずは笑いを取るのよ!」

一団のリーダーらしい娘がふたりに告げる。

「ちょっと、あたしらは踊らない……」

「さあさあ、隣国からやってきた小粋なダンスだよ!」

ふたりが説明しようとしているうちに幕が開き、司会らしき男が新たな出し物のはじまりを告げる。ユメリアもジュディも娘たちに腕を組まれ、ステージに出る。

「えっ、えっ」

楽団がにぎやかな音楽を演奏し、皆が脚を振り上げる。ユメリアとジュディも必死で真似をする。

「あんたたち! ふたりであれ、あれをするのよ!」

隣の娘に言われるが、あれと言われてもユメリアにはわからない。隣のジュディを見ると、汗をかきかき脚を振り上げ、もはやユメリアを見てすらいない。そうするうち、ふたりは舞台の真ん中に押し出される。他の娘たちは、一糸乱れぬ……とは言えないような動きで、腕を組んで足を上げ、踊り続けている。客席からは、「ねーちゃん! がんばれよお!」「新人かよ!」と野次が飛ぶ。ユメリアとジュディは真っ赤になりながら、とにかく脚を上げ、ふたりで腕を組んでぐるぐる回り、音楽にのって思いつく限りに体を動かした。白塗りにほっぺを丸く書いた女ふたりがぎこちなく踊るのがおかしいのか、反応は悪くない。


 緊張、観客の野次に近い声援、体を動かしていることによるほてり。ランプに照らされているものの薄暗い客席に並ぶ、わくわくした顔・顔・顔。おしろいのにおい。視線の端で何かが散ったと思ったら、それは自分の汗だった。


――こんなの、はじめて……。


ユメリアは高揚感に包まれ……。ちょうど音楽が終ったところで、つまずいて思い切り転んだ。一瞬、会場が静まり返ったのち、演出だと思った観客たちが大笑いする。

「うう……」

恥ずかしさで真っ赤になりながら、ジュディに助け起こされ、一団といっしょにおじぎをして舞台袖に帰る。

「あんた、やるじゃん」

最初にはっぱをかけたリーダーらしき少女が、ユメリアの背中を叩く。

「って、あんた……誰!?」

「あっ、えっと、出る舞台を間違えて、しまったようで」

しどろもどろに言い訳するユメリアにかまわず、少女はほがらかに言った。

「まあいいや。なかなかよかったよ、あんたたち。ありがとね」

「こちらこそ……」

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