劇場にて2

「ユメリア、あんた、なんて顔してるんだい」

「ジュディさんだって」

 ふたりで顔を見合わせて笑う。ユメリアもジュディも、顔はおしろいで白く塗りたくられ、頬っぺたは丸くオレンジに、唇は深紅の口紅で元の輪郭がわからないほどになっている。

「あんたたち、お互いさまでしょ」

あきれ顔のルビーが持ってきた手鏡をのぞきこみ、ふたりそろって声を上げる。

「わ、わ、わ」

「なんだいこれは!」

そしてまた顔を見合わせて笑った。


 ルビーと踊り子たちにされるがままに化粧されること半時間。たしかに化粧道具を持った女たちは、「美人さんより、コメディエンヌ風にしたほうが元の顔がわからないしー」とは言っていたが……。

「あと、これに着替えてね」

 ルビーが衣装を差し出す。一見ふつうの街娘風だが、スカートの下にパニエを履くせいか、いかにも踊り子風に見えるのが不思議だった。

「あんたはこれも」

ルビーはユメリアにスカーフを差し出した。

「髪の毛の色、ちょっと変わってるから。しっかり隠しときなよ」

ユメリアはスカーフを頭に巻き、髪を編んでまとめて隠した。おかしな化粧で軽くなっていた心に、ふっと影がさす。


――栗毛の男のひとのほかにも、女のひとも、わたしとナギさんを探してる……。


先刻、ルビーから告げられた事実を思い出す。もっともリウからの配慮で、ユメリアに伝えられた情報は、「あんたたちの行方を嗅ぎまわっている女がもうひとりいる」程度に丸められていた。


「じゃあ、ここでじっとしてること」

 ルビーは給仕を兼ねて働き、夜、この酒場が劇場になると、踊り子もこなすのだという。

 夜が更けるにつれ、酒場は活気に満ちてきた。屋根裏まで伝わる喧騒に誘われ、ユメリアとジュディはこっそりとはしごを降り、フロアをぐるりと見渡せる中二階から酒場の賑わいを眺めた。

「エール、お待ちぃ!」

ときおりざわめきの中から、ルビーの声がはっきりと響いてくる。ユメリアとジュディは劇場の緞帳どんちょうがわりに使う布に身をかくし、そのようすを見守った。

「あっ、ジョージのやつ、こんなところでまた飲んだくれてる! あそこ、赤んぼ生まれたばかりだろ」

客席を見下ろしながら、ジュディが目ざとく見つけた。

「それにしても、みんなたくさん飲むんですね」

ユメリアははじめて見る酒場の活況に驚いた。

「じゃあ、賭けよう。ユメリア、あんたあそこのジョージとその向かいの、ほら髭のおっさん、どっちがたくさん飲むと思う?」

「髭の方のほうが……」

「わたしはジョージだね。いいかい、しっかり数えるんだよ。まずは一杯……」

賭けはジュディの勝ちに終わり、水汲み一回ということでケリがついた。


「あんたら、しっかり隠れてくれないと困るんだけどー」

 やがて、ルビーがまかないを持って上がってきた。三人分のフィッシュ・アンド・チップスとスープを器用に盆に乗せている。

「ま、いいや。こっから屋根裏に上がるのもめんどくさいしさ。ここで一緒に食べよう」

緞帳どんちょうの影で、女三人、湯気をたてる白身魚のフライにかぶりつく。

「おいしい!」

「悪くないね」

ふたりの反応を見て、ルビーが得意げに笑った。

「だろ、ここの油はラードじゃないからね。最近はやりの菜種油。くさみが少ないのさ」

スープを飲みながら、ルビーが言った。

「あんたの男? ダンナ? だっけ? には貸しがあるんだ」

「ナギさん……夫にですか?」

けげんな顔をしたユメリアの鼻を、ルビーが指ではじく真似をした。

「誤解しなさんな。前にリウとひっさしぶりに会えて、これからいい時間ってときにさ、あんたのダンナが来たことがあんの」

「ナギさんが……?」

「辛気臭くってさ、死にそうな顔してた」

そのことばで、ユメリアはいつのことかを悟る。

「後で聞いたら、あんたとケンカしたとかで」

「それはなんとお詫びを……」

ルビーはケタケタと笑った。

「そんなかしこまられると調子が狂う。で、今回だろ。あんたら夫婦には貸しがたんまりあるってわけ。いつか返してよね」

ユメリアが何かを言おうとする間もなく、ルビーは食器を片付けて階段を下って行く。

「とにかく、食べたらしっかり隠れといて。あんたらになんかあったらあたしの沽券にかかわるんだから」

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