波紋2

「栗毛の男……」

 それを聞いて、ユメリアの顔がくもった。その横で、ジュディが赤ん坊をあやしながら見守っている。リウがユメリアとナギのすまいを訪れたとき、ユメリアはちょうど、フラット近くの道ばたで子どもを遊ばせているところだった。

「心当たりあんのか?」

「えっと……」

「おばはん、ちょっと外してくれないか」

「おばはんとはなんだい! ジュディだよ。わたしも聞くよ。この子に何かされちゃ、かなわないからね」

「俺らはなんもしねーよ」

「貴族……。わたしを買おうとした貴族が、そんな感じで」

いがみあっていたリウとジュディがだまりこんだ。

「でも、そいつは……」

ことばを濁したリウの問いかけに、ユメリアがうなずく。

「ナギさんが」

そのときだった。

「今朝、変な男がその子を見てたよ!」

「ハッティ、いつの間に」

突然背後から大声がして、さすがのジュディも驚いた。それはナギとユメリアの階下に住む老婆だった。

「『きれいな方ですね』とか言って。いやらしい目で!」

「男はどんなだった?」

「貴族か弁護士先生か何かかね! 身なりがいい、茶色い髪の男だったよ。おまけに髭なんてたくわえて、いやらしいったら!」

一同の顔は曇った。ユメリアが、ハッとして顔を上げる。

「ナギさん、ナギさんはだいじょうぶでしょうか」

「すぐ知らせる。あんたにも護衛つけるなりなんなりするから……。えーと、おばは……ジュディ、それまで家においてやってくれないか」

「当たり前だ。うちにおいで」

「でも、ジュディさんにご迷惑が……」

「あんたひとりぐらい。クローゼットの奥にでも隠れときな」

リウはそのやり取りを背に、ボリス宅まで走りはじめた。


「栗毛……」

それを聞いたとたん、ナギも顔をこわばらせた。

「その男が、ユメリアを」

「まあまだ何もわかっちゃいねえ。ボリスさんに相談しようぜ」

「ボリスさん、今日からスワンプフォートだろ」

ナギの横で作業をしていたフェスタが口をはさんだ。会合があるとかなんとかで、首都まで出向いている。

「しかたねえ、チニャーレさんだな」

リウはため息をつき、ナギをともなって屋敷の入り口近くにある、詰所がわりの部屋に向かった。

「チニャーレさん、ちょっと相談があるんですけど」

部屋には簡素な机と木の椅子、不用品を持ち込んだと思われる、古びたソファーがひとつ。統一感がなく殺風景な部屋に、ごつい指にリングをいくつもはめ、スキンヘッドの男が座っていた。近づきがたい雰囲気を有する男だが、フェスタとナギが蘭を育てる温室づくりに四苦八苦していたとき、手伝ってくれた過去がある。

 話を聞くと、太い指をあごに当て、チニャーレは思案をめぐらせた。

「ナギは街中の事務所に寝泊まりしろ。ここはいまはボリスさんもいないからそれほど警備が手厚くない。物置を片せばひとりぐらい寝られるだろう。あそこなら始終、誰かがいる。それと、嫁は――」

秀でた額の奥で、チニャーレの瞳が光った。

「木を隠すなら、森の中だ」

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