風雲リュートック編2
聞き込み1
リュートックの街に、龍の国の出身者が集まる地域がある。週末、ナギがリウから護身術を習い、子どもたちとことばを教えあっているのは、その地区にある空き地だ。区域への入り口には、目に鮮やかな赤い瓦と金の飾りがつけられた門が建っている。
夏近いある朝、ひとりの男がそこへやってきた。門の向こうにはこまごまとした商店や料理店が並び、看板には龍の国のことばが踊る。ツイードのジャケットに蝶ネクタイ、栗毛に栗色の口髭をたくわえた男は、街の風景から浮いていた。
男が門をくぐり歩き始めると、いくつかの視線が物陰から注がれた。路地のごみ箱の影、開店準備すら始まっていない商店の軒下、家々の窓。
男がその視線を意識して歩き始める。と、カゴを腕にかけた少女ふたりが向かいから駆けてきた。
「あんたのせいでいい花がなくなったらどうすんのさ」
「ごめん、カゴに穴があいてて……。ネズミがかじったんだと思う」
「今日の儲けで新しいカゴ買いなよ」
「う~ん、でもこの時間に行って、市場にいい花、ある?」
「とにかく走るよ!」
少女たちは手に手を取り合って、男の横をすり抜けていった。路上での商いのために、市場へ花を仕入れにいくのだろう。男が少女たちに気を取られたそのとき――。路地から飛び出てきた少年が、男にぶつかった。
「おわっ」
間抜けな声を出し、男は後ろへ突き飛ばされる。
「悪い、おっさん」
年のころ10代なかば。目つきが悪く、浅黒い肌をした少年はそれだけの言葉を残し。、また別の路地へと走りこんでいった。
「いたた……」
尻もちをついた男の周りには、ポケットから飛び出た菓子が散らばっていた。それを拾い集めるうち、路地からひとりの少女が出てきた。
「おいさん、だれ?」
おかっぱにした黒髪の頭をかしげて尋ねる。
「僕は人を探しにきたんですよ」
男はほこりを払って立ち上がり、しゃがんで少女と目を合わせた。
「これ、あげましょうか?」
手には、鮮やかな黄色の包み。少女が受け取ると、男は「お菓子。甘いですよ」と、自分もひとつ、食べて見せた。サクサクとした音がかすかに響く。それを見て自分も菓子を口に放り込んだ少女が
「あまーい!」
笑顔を見せると、路地や軒先から、子どもたちが姿を現した。みな、散らばった菓子を拾い集める。
「ありがとう。それ、皆さんに上げます」
子どもたちが目を輝かせる。
「うまい」
「おいしい」
「なんだこれ? ナッツ?」
「ココナッツを混ぜて焼いたクッキー。僕の地元のお菓子なんですよ」
子どもたちの輪の中心で、男がニコニコと言った。
「ところで君たち、ナギさんってひとを知らないかな」
「ナギ……?」
「昔、田舎町で庭師をしていたひとなんです。そのときに、とてもお世話になって」
「ナギって、あいつじゃん。リウの稽古に来てる」
「なんか植物の話ばっかしてるよな」
男の子たちがケタケタと笑った。
「きっとその人です!」
男が目を輝かせ、ポケットからさらに菓子を出し、男の子の手に握らせた。
「こっちはキャラメルみたい!」
「米の粉を練ったお菓子です」
はじめての味わいに夢中になっている子どもたちに、男は語りかけた。
「ナギさんはいま、どこにいらっしゃるのでしょうか」
「さあ……」
「ボリスさんとこで庭師やってんだろ」
「あと、川沿いのフラットに住んでるって言ってた」
「案外、いいとこ住んでるよなー。あのへんは工場で働くヤツらが住んでんだろ」
「ありがとう、ありがとう。君たちのおかげで、会えそうな気がしてきました」
男はさらに菓子を子どもたちに配りまわり、「それでは、探してきますね」と立ち去った。
「あれ、お前ら、何食ってんだ?」
「チェン兄ちゃん! あのね、あのね」
チェンと呼ばれる年かさの少年が通りがかって事態を把握したとき、男の姿はとっくに門の外に消えていた。
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