サーガ・ヴォルヴァは甲板で物思いにふける
西の国への航路も残りすこしとなった。サーガ・ヴォルヴァはめずらしく、甲板で物思いにふけっていた。
売られたケンカは必ず買う。悪そうなやつがいたらとりあえず殴る。そして勝利する。からだひとつでそんな渡世をしてきたサーガだが……。
自分の生き様は、まちがっているのではないか。頭にそんな疑問が浮かんだのは、あの男を手にかけてからだ。
港町の酒場で出会った男は、サーガと同じ、オーロラの国の出身だと言った。大きくてしっかりとした鼻。青い瞳をふちどるまつ毛。濃い顔つきで、笑うとどこかあどけない印象を残した。
「俺のじいちゃんは、海賊船に乗って、大陸を荒らしまわったんだ」
そのじいちゃんにあこがれて、男も船乗りになったという。世界の海で見た話や、無法者をなぎ倒した武勇伝を、男は得意気に語った。そして、酒場で会うたび、やたら強い酒をあおってみせた。たぶん、女にいいところを見せようと思ったのだろう。
サーガはかわいいな、と思った。それまで惚れたはれたはたいてい女とだったが、自分は存外、こういうちいさな見栄を張る男が好きらしい。
男は船乗りをしている、はずだった。なのに、サーガが阿片の取引をしているギャングのアジトを襲ったとき。その男がいた。ナイフを持って、見張りについているところを鉢合わせた。ほんとうは忍び込んで、金だけ奪う算段だった。が、これでは騒ぎになるのは避けられない。
サーガはその男を斬った。迷わず斬った。思わず、とか、反射的、とかではない。
惚れた男が敵対組織にいると、しっかり認識したうえで、よし斬ろう、と愛用の柳葉刀を一閃した。
迷わなかった。迷えなかった。
男のほうはサーガを見た瞬間、目を見開き、動きを止めたというのに。
事が終わり、金を巻き上げ、阿片を海に捨てているとき、思った。あの男の反応こそ、ふつうなのだろう。
べつにふつうでなくたってかまわない。わたしはわたしだ。そう思って生きてきた。でも――。惚れた男を迷いなく斬る。それは自分の望むあり方なのだろうか。
向かうところ敵なしの狂犬に、はじめて生まれた懐疑。それはうっすらと心に亀裂のようなものを残した。
しめった夜風が海をわたり、サーガの髪をなびかせた。手すりに頬杖をついて、ひとりごちた。
「あの子だったら、どうしたかな」
なぜかあの男のことを思い出すと、妹のことが心に浮かんだ。もっとも、妹はあんなチンピラと切った張ったになるような生き方はしないだろうけれど。
「どうしてユメリアさまを気にかけるのですか?」
生家であるヴォルヴァの家にいたころ。お付きの使用人に、あるいは親戚に、しばしば尋ねられた。言外に、「優秀なサーガさまが、できそこないの妹を」と含ませて。それを聞くたび、サーガはいら立った。そりゃ性格は真逆だ。気弱でふわふわして、「王子さまとお姫さまがどうしたこうした」みたいな絵本が好きな妹は、サーガの理解の範疇外だった。ヴォルヴァの家では、才気活発なことが求められるのもたしかだ。それでも、「姉さま、姉さま」と何かと自分のあとをついて回る妹はかわいかった。それに――。
――あの子には、あの子のよさがあんじゃねえの。お前らには、理解できないだけで。
そうも思っていた。
子ども時代。近所の子どもにいじめられたユメリアが、大泣きしていたことがあった。なんでも、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを取り上げられて、投げ捨てられたらしい。「やられっぱなしだったのかよ」とあきれたら、さらに泣かせてしまった。たまたま通りかかった父親が、めずらしく「どうした」と聞いてきたから、「ユメリアがいじめられたとか」と話したら、「できそこないが……」と心底憎々しげに言い放った。腹が立ったサーガは、「できそこないはないだろ」と言い捨て、ユメリアに必勝法を教えてやった。
「そのへんにあるもので相手を叩け、だめなら投げつけろ。ほら、姉さまが付き合ってやるから、練習しな」
妹はべそをかきながら、持っていたぬいぐるみでサーガをたたいた。ポテポテとした動きで威力はなかったが、反撃することが大切なのだ。
次、その子どもが来たとき。客間のすみでお人形遊びをしていたユメリアは、その子に何か意地悪を言われたらしく、泣きながら手近なぬいぐるみを投げつけようとして……、勢いあまってドタッと転んだ。遠目に見ていたサーガが、目も当てられない、と思っていたら、あまりの鈍さに相手の子どもが心配して手を差し伸べ、なんだかんだで仲よくなってしまった。
思いもよらなかった光景に、サーガは思った。
――あれはあれで、“力”なんじゃねえの。
「姉さま、これ」
家族で別荘に行ったときだ。妹が花輪を編んで、持ってきたことがあった。
「それ、頭にのせろってか」
露骨に嫌な顔をしたら、
「いらないの……」
と泣きそうな顔をした。
「わかったよ」
しかたなく頭に乗せると、たちまち、ぱあっと顔を輝かせた。
「姉さま、かっこいい! 戦女神みたい!」
キラキラした瞳で言われたら、まんざらでもない気持ちになった。
「そーだろ、そーだろ」
趣味でもない花輪を、サーガの頭にのせられる人間。しかも、そうしてよかったな、と思わせてしまう人間。サーガにとって、ユメリアはそんな唯一無二の存在だった。
――でも、あの子……。いつからか、ヴォルヴァの家で笑わなくなったよな……。
「つきますよ」
サーガは、アレリアに声をかけられて我に返った。
――らしくないことを考えた。
――今回は、迷うことなんてない。あの子をさらった男をぶん殴る、妹を取り戻す。それだけだ。
そう言い聞かせながら、サーガはタラップを降り、西の国の大地を踏んだ。
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