少年期の終わり2
次は、リウだった。
「お前、日曜、ひまか」
ナギがうなずくと、「昼前に、俺んちの前へ来い」とだけ言われた。
「はい、いーち、に、さん、で、ナイフを叩き落とす」
そこでリウは、色街の子どもたちに、武術を教えていた。子どもが木の棒をふり下ろすと、リウがその懐にスッと入り、手首のスナップをきかせ、棒を叩き落とした。木の棒がナイフがわり、ということらしい。リウを手本に、子どもたちがふたりひと組で、同じ動きをする。
ナギも見よう見まねでからだを動かしたが、なかなかリウのようにはいかない。木の棒を持った暴漢役の子どもが、何か言って笑った。たぶん、リウたちの出身地、龍の国のことばなのだろう。もっと手首をやわらかく、とリウが手本を見せながら言った。
「お前さ、自分から『ケンカ弱い』とか言うの、どうかと思うぜ。ちっとはやれるようになっとけよ」
リウの教室が終わると、ナギは子どもたちに囲まれた。ほとんどの子が十歳前後だ。あいかわらず、ナギには何を言っているかわからない。リウがひと声かけると、子どもたちがつまんない、といった顔で、こちらの言葉に切り替え、「あんただれ」「どっから来たの」「龍の国のことば、なんでわかんないの」と口々に質問を浴びせかけた。
「俺はナギって言って、こっちで育ったから、ここの言葉以外わからないんだ」
ナギは思いつきで言った。
「じゃあ、龍の国のことば、教えてくれないか」
子どもたちがわあっとわいた。そういえば、年下の子どもというのは、何かと教えたがるものだった。
「これはイェンジン……」
「こっちは……」
目や口をさし、単語を次々と口にする。
「ちょっと待って、繰り返すから。イェン……ジン……」
「ちがうよ、もっと下げて、上げて……」
実をいえば、龍の国は、ナギにとって孤独の象徴だった。孤児院にいたころ、身寄りを探そうと、故郷の村の、龍の国出身者が集まる店へ行ったことがあった。名を告げると、そこにいた男がカタコトで告げた。
「ヤナギ・シノノメは、俺たちの国の名前じゃない。たぶん、桜の国のひと」
東方の国といえば、龍の国しか知らなかったナギはとまどった。店の奥から出てきた男がことばを継いだ。
「あんたは、俺らの同胞じゃないってこった」
自分と同じ肌の色の男から言われたそのことばは、ナギに重くのしかかった。
――同胞じゃない……。俺の同胞は、どこへ行ったんだろう。
しかし、いま、子どもたちからその国のことばを教わるのは、悪い気がしなかった。
次の週、リウが教えたのは一見、奇妙な技だった。殴りかかった相手に対し、腰を落として思い切り下半身に組みつく。
「お前らはまだ小さいから、これは大人相手に効くぞ」
ナギはもっぱら子どもたちの技を受ける。小さな子どもにかけられても、思った以上に下半身が不安定になる。
ナギ自身は、リウ相手に練習をした。
「お前、けっこう足腰強いのな。背低いから、これは合うと思う」
稽古が終わると、子どもたちに囲まれ、ことばを習う。
「この子は俺の妹。妹は『メィメィ』。じゃー、兄貴のことは、なんていう?」
「グァーグァ」
「よく覚えてんじゃん、ナギ」
ひとしきりナギにことばを教えると、子どもたちが道で拾った一枚のチラシを囲んで騒ぎ出した。道化師やドレス姿の踊り子の絵が描いてあり、気になったらしい。
「銅貨一枚で劇を見せます、クロイツェル通り……」
ナギが読み上げると、子どもたちが目を輝かせた。
「すげえ、ナギ、字が読めるのか!」
「読み書きができると、いろいろ便利だよ。たとえばこういうチラシが読めれば、そこにひとが集まるってわかる。花やなんか売るなら、そこへ行けば効率がいい」
稼ぎの話を例に出すと、子どもたちは目を輝かせた。そんなわけで、休日の朝、ナギは子どもとともに武術を学び、ことばや読み書きを教え合うようになった。
家に帰ると、ナギはリウから習った技を、ユメリアと練習した。
そのユメリアはユメリアで、最近は、お針子仕事の同僚たちとお茶をすることもあり、仲よくやっているらしい。お針子の仕事がないときは、ジュディのところで子守をすることも多い。
あの「約束」のあと、ナギとユメリアは話し合って、ジュディにすべてを話した。ボリスのところで働いていると聞くと渋い顔をしたものの、「まあ、しかたないね」と受け入れてくれた。そして、「今度こそ、困ったら相談するんだよ」と釘を刺した。
そんなわけで、夕食時の話題はもっぱら、お互いが外で見聞きしたこととなった。
「同僚に、オーサって名前の子がいてね。お父さんとお母さんが、北のほうの生まれなんですって。だから、ミートボールのお料理のこととか、知っているの」とか、「子どもたちが、もうぜんぶ文字を覚えちゃって。街のチラシを片っ端から読もうとしているんですよ」とか。
ある日、ナギが家を出ようとしたとき。シャツのえりをただすついでに、ユメリアが胸板のあたりにふれた。
「ナギさん、なんだかがっしりした」
じいっとナギを見上げ、次に、あごに手をのばした。てのひらがなでる感触で、ナギは剃りのこしに気づく。
「ひげだって、濃くなった気がする。お屋敷にいたころは、ちっちゃな男の子って感じだったのに」
「ちっちゃくはないですよ。あなたより背は高かったですし」
「そうかなあ」
ユメリアがくすくす笑った。
ナギがそのとき、ぼんやり思ったことをことばにするならば。少年期を抜け、青年になった、ということだった。
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