少年期の終わり1

 最初のきっかけは、フェスタだった。


「お前、ほんと細かい世話、得意なのなー」

 ナギが松の葉をすいている横で、フェスタがかすかな南方なまりを響かせて、のんびりと言った。ボリスが以前言っていた、「植物の細かいめんどうをみるのが苦手な庭師」が、フェスタだった。この男が口を開くたび、ナギの胸に、いつもの疑問が浮かんだ。


――組織のやつらと話せたって、どうやって……。


 リウからの忠告をきっかけに、組織の男たちをじっと観察してみたものの、糸口はつかめなかった。まず、共通の話題がない。


「その松のこと、ありがとな。俺、ああいうのわかんないからさ。ボリスさん、『お前、枯らしたらわかってんだろうな』っておっかなくて」


 いちばん共通の話題がありそうなのは、この男だが……。たいてい、作業をするのはナギで、フェスタは見ているだけ。なぜ、細かい植物の世話が苦手なのに庭師をしているのか。世話以外なら、何が好きなのか。というか、庭師の仕事に植物の世話以外の何があるのか。ナギには、そこがまずわからない。


――なんなんだ、この男は。


「別にかまいません。こういう作業は好きなので……」

 それは本音だった。しかし、「わからなさ」に対しては、苛立ちがつのった。


 すべてが変わったのは、薔薇が咲き始めた日だった。ボリスの邸宅の敷地のはしにも、ちいさな薔薇園があった。そこに、色の洪水が現れたのだ。黄色、赤、ピンク、白。ナギや師匠が絶対に選ばないような、ビビッドな色合いの薔薇たち。その下には、白く清楚な印象のクレマチスを配してバランスを取っている。


――なんだ、これは……。


一見、下品になりそうな取り合わせなのに、まとまりがある。見る者の心を明るくするような、生命力に溢れた色彩。ことばを失ったナギの横で、フェスタは得意げだった。

「なあなあ、すげえだろ。みんなびっくりすんだって。俺の故郷じゃ、空も海もカッと青くて、そこにカッと明るい色の花が咲いてさ。そういう感じ」

決して大きな薔薇園ではない。しかし、そこにひとつ、別世界が現れていた。

「ほんとうにすごい……すごいです、こんなのはとても思いつかない」

風景画のような景観をめざすピクチャレスクとも、田園都市を模した風景式庭園とも違う。様式としては、昔ながらのもの。だが、だからこそフェスタの色彩感覚がよく表れている。

「だろ? だろ? やっとわかってくれるヤツが現れてうれしいよ」

フェスタに肩を抱かれながら、ナギは薔薇に目を奪われていた。


 フェスタはときどき、突拍子もない植物を買い付けたがった。

「このチャイナローズってやつ、どうかねえ」

植物を扱う商会からもらってきたらしき、絵入りのチラシを見せる。

「別名……ハイビスカス……ですか。これ、原産、南のほうじゃないですか。温室がないと無理ですよ。しかもかなり温度を上げないと」

「お前、この姿見て、なんも思わないの? カッと華があんだろ」

「華がどうのの前に、枯れますよ」

「ナギならやれる! お前、世話、得意じゃんか」

「無理ですよ。気温や日照はいじれるもんじゃなし」

 おもちゃをねだる子どものようなフェスタをいなしつつ、それでもナギはその発想に感心した。

――俺ならこんな南国の花、まず買おうとも考えない。


 相談があるのはまだいいほうで、フェスタはある日、プラントハンターから買い付けたという蘭をいきなり持ち込んだ。この国とは、昼夜も反対だという遠い南の国からやってきた植物は、可憐だが、見るからに弱々しかった。気温と室温の管理が必要と聞き、フェスタとふたりで街を駆けまわってガラス材を集め、ちいさなサンルームのようなものをつくろうとした。蘭がやっと入るぐらいのちいさなものだが、なかなかしっかりと立たせることができず、ああでもないこうでもないとやっていたら、ボリスの邸内で警備をしていた男がやってきた。「うるさい」とドヤされるのではと思っていたら、ごつい指輪をいくつもはめた太い指を器用に使い、オークの枝を支柱にして自立する形にしてくれた。

「昔、大工の真似事をやっていたんだ」

 蘭はじきに枯れてしまったけれど、帳面に記録をつけながら未知の植物を育てたことは、ナギには大きな経験に感じられた。


「こいつ、すげーんだよ、俺のセンスがわかるんだぜ」

 フェスタに肩を抱かれ、ぐいぐいと男たちの雑談に入れられることも増えた。

「花のセンスなんて知るかよ」

「お前らは無粋だねえ」

 男たちは、また雑談にもどる。たしか、ふたりはヤニスとカスパーといったか。どうも、ヤニスには、落としたい女がいるらしい。

「じょ、じょせい……お、女を落としたいなら、花がいいと思います」

ナギは思い切って口を挟んでみた。

「花ぁ?」

「そうだよ、ヤニス、お前に足りないのはそういう潤いだよ。女は花、喜ぶぞ」

フェスタが助け舟を出した。

「ちょうどいま、薔薇が咲いてるからさ。ナギ、お前、ひとつ花束、作ってみろ」

ほんとは勝手に切ったら、ボリスさんに怒られるけど、特別だぞ、とフェスタはヤニスに恩を売ることも忘れなかった。ナギが作った花束を贈り、ヤニスは目当ての女にたいそう喜ばれたらしい。それをきっかけに、ナギは、「変なヤツだが、女を落とすときに役に立つ」とは思われるようになった。

 

 ときどき舞い込むようになった花束需要に応えるため、フェスタは敷地の隅に新たに花壇まで作った。相手の女と上手くいくと、ちょっとした礼を受け取ることもあり、フェスタはそれをまた花壇に投資した。

 そうして会話に加わるようになると、だんだん、男たちのことがわかってきた。もめごとが起きるのは、たいてい、メンツ、金、女。とくにメンツ、つまり、なめられていないことはもっとも重要らしい。

 共感はできなくとも、何かがわかると、親しみをもつことはできる。ナギは学んでいった。


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