闇夜

 路地に入ってくるなり、リウは倒れたオリバーのからだを引っ張り起こして壁にもたせた。


「こりゃだめだな」

 

まぶたを閉じさせ、肩に自分の上着をかけたあと、ナギも起こし、座らせた。


「警官、呼んでくれ」


ナギがぽつりと言った。


「なんで?」

「俺がやったから」


リウもナギの隣に座った。


「なんかワケがあるんだろ」

「おどされてた」

「なら正当防衛ってやつだ。こいつみたいなクソチンピラ殺したぐらいで、たいした罪になんねえんじゃねえの」


ナギは首をふる


「俺は前、貴族もやってるから」


「はあ!?」と顔をゆがめ、リウがあきれた口調になった。


「なら、逃げろよ。そんなもん、つかまったら縛り首だろ」

「逃げたよ。逃げて、この街へ来た。どこへ行っても同じだ」


酒場の仕事を終えたらしき女が路地を通りがかり、けげんな顔でナギたちを見た。


「あー、ツレが酔っ払っちまって」


リウがごまかすと、女がいやな顔をして、「吐くなら、どっか連れてってよ」と言い捨てて去った。


「いいんだ。もう疲れた」

「嫁はどうすんだよ」

「金、残してあるから。それで北へ逃げてくれって伝えてくれないか」

「それでいいのか」

「ほかの男と幸せになってくれればいい」

「よく知らねえけどよ。これもそれも、女のためだったんじゃねえのか」

「ひと、ふたりも殺して、もうあのひとは抱けない」


リウがため息をついた


「なんで相談しねえのかね」


ナギの瞳がはじめて動いた。


「なんでだろうな」


そんなこと、考えもつかなかった。考えついたところで、リウに打ち明けたかどうかは、わからないけれど。


「カタギの男ってのは、みんなそんなもんなのか? それとも、俺みたいなチンピラは、信用できねえってか?」

「そうかもな」と、ナギは口の端だけでわらった。

「だれにも知られたくなかった。ユメリアにも」


しばらく、ふたりとも黙り込んだ。


「もういいんだ」

「わかった」


リウは立ち上がる


「警官、呼んでやるから、そこでじっとしとけ。動くなよ。さっきみたいにひとが通ったら、酔っ払ったって言え」


黙ったままのナギを置いて、リウは姿を消した。やがて、路地の入り口を馬車がふさぎ、ふたり組の男がオリバーの死体を手際よく運び、次にナギを引きずって馬車に乗せた。


「よう」


馬車には、リウが乗っていた


「お前、警官だったのか」


ナギがうつろな目つきで尋ねると、リウが顔をしかめた


「そんなわけあるか、バカ」



 馬車で連れていかれたのは、街中の一画、弁護士や会計士が事務所を構えるエリアだった。リウに先導され、事務所にしては分厚い扉をくぐる。

 二階の応接室で対面したボリスが話すのを、ナギはだまって聞いた。

 いわく、松のことは感謝している。オリバーのことはもみ消してやる。ジョンも消してやる。


「ジョン……?」

「連れ込み宿の女衒ぜげん。あいつ、オリバーと組んでたんだよ」


横にひかえたリウが答えた。よくわからないままに、ナギはつづきを聞いた。


「貴族を殺したのは、ほんとうか」


 ナギはうなずく。


「そうなると、もみ消すのもかくまうのも、格段にむずかしい」


「ただし」と、ボリスがつづけた。


「組織の構成員になれば、融通をきかせることができる。警察にも議員にも、それなりに渡してるからな」


しばらく考えて、ナギは言った。


「工場やめて、ボリスさんのところで働くってことですか」

「お前なあ。工場とはワケがちげえよ」


リウはいなしたが、ボリスはかまわず、「そういうことになるな」とだけ言った。


「それなら、断ります。俺、ケンカとか弱いので」


 警察に行きます、と立ち上がるナギを、「おいおい」とリウが引きとめた。


「それは見ればわかる。わたしは、庭師の腕を見込んで声をかけている。もちろん、裏の仕事もやってもらうことにもなるが」


「庭師……」


ナギが繰り返す。


「……それなら」

「ただ。さっきも言ったが、庭仕事だけ、というわけにはいかない。わたしらの仕事は、何も斬ったはっただけではない」


疲れきった頭に、浮かんだ疑問はひとつだけ。ナギはそれを、なかば自動的に口にした。


「あのひと……妻は守ってもらえますか」

「構成員の家族の安全は守る」


ナギは光のない瞳で、ボリスの目をまっすぐ見て答えた。


「では、お請けします」

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