暗闘2
時はさかのぼり、ナギがオリバーと酒場で会っていたころ。ユメリアはひとり、部屋で
――ナギさん、だいじょうぶかな。
オリバーと飲んでくると、出かけて行った。先日、突然、訪ねてきたあの男。ナギを昔の名前で呼び、故郷のことも知っていたから、家に上げてしまったけれど――。
――あのひと、なんだか変だった。
孤児院での盗難騒ぎの話を聞かされたとき。オリバーの目つきから、ユメリアは嫌なものを感じた。
――ああいう目つき、どこかで……。
ユメリアは匙を止め、思い出す。
――スミス……さま……。
スミスが、地下室でユメリアのほおをなでまわすとき。庭師小屋でナギを見たとき。その瞳の奥にあったもの。
――ナギさん、あのオリバーさんってひとに、いじめられてる……?
そのとき、扉のほうで、音がした。
「ナギさん……?」
ユメリアはほっとして出迎える。が、そこにいたのは、ナギではなかった。
「ひさしぶり」
連れ込み宿にいた、ジョンと呼ばれていた男。むっちりとした頬を押し上げて、にんまりと笑っている。
「や……」
男の手を逃れ、ユメリアは部屋へ逃げ込み、鍋をつかむ。
「そんなものが武器になるかなあ」
ジョンの片目は眼帯でおおわれ、鼻が曲がっていた。
「あんたのせいでめちゃくちゃだ。あのあと、リウにボコられて、街を追い出されて」
「来ないでっ」
「今日なら、邪魔が入らない。旦那はオリバーと会ってるんだろ」
「なんで……」
「オリバーと僕はビジネスパートナーってやつだよ。あいつが田舎からスレてない女を連れてくる、僕が売る」
ジョンがすこしずつ、距離を詰める。
「しかし、あのなっさけない男が、オリバーの探しびとだとは思わなかった。貴族殺しを……」
「ふざけないで!」
ユメリアが鍋を投げつけた。ジョンはやすやすとそれをよけ、鍋が壁に当たって大きな音をたてる。「なんのさわぎだい!?」と、階下の住人が声をあげた。
「オリバーはひどいよ。あんたに手を出すのは、旦那から金をむしり取ってからにしろなんてさ。けど、もう見張っているだけなんて、がまんできない」
――やっぱり、ナギさんは……。
ユメリアは
「めちゃくちゃにしてやる」
「離して、離して」
寝台に放り出されたユメリアに、男がおおいかぶさる。じたばたと暴れていたユメリアが、動きを止めた。
「や……」
あきらめたかのように、力を抜く。
「立場、わかったみたいだね」
男の手がからだをまさぐりはじめたそのとき――。男の頭に強烈な一打が加えられた。「へぶっ」というような声を出した後も、さらに打擲がつづく。
「その娘から離れな! ユメリア、こっちだよ!」
フライパンをにぎりしめたジュディだった。
「動くんじゃないよ! もう一発食らいたいのかい!」
ジョンがふらつきながら言った。
「いいのかな、その女と旦那は大罪人だ。どこぞの貴族さまを殺して逃げてきたんだ」
ジュディの後ろにへたりこみ、ユメリアは唇をかむ。
「知ってるよ」
「ジュディさん……?」
見上げた大家の背中は、大きかった。
「だからなんだいッ! この子らは大切なうちの
ジュディがフライパンを振り下ろすたびに柄が曲がり、力が伝わりづらくなっていくのが、はためにもわかる。
「このアマどもが……」
ジョンがゆっくりと立ち上がる。
「わああああああ」
ジュディの背後で鍋を手にしていたユメリアが、からだをひねってふりかぶり、ジョンの頭を殴りつけた。いい音がして、巨漢のからだがどさりと倒れた。
ジュディとユメリアが手ぬぐいでジョンを後ろ手に縛りあげているとき。だれかが部屋に入ってきた。
「なんだい、あんた」
「リウさん……」
ふたたび折れたフライパンを構えたジュディを、「このひとは、知り合いなんです」と、ユメリアが制した。
「あんたらがやったのか、それ……」
リウがのびているジョンをあごでさした。
「ほかに誰がいるんだい」
「まあ、そうだけどよ……」
「リウさんはどうして……?」
「ジョンをこのあたりで見かけたってヤツがいて、まさかと思えば……。ナギは?」
「そうだ、ナギさんっ」
駆け出そうとしたユメリアを、リウが止めた。
「ナギさんがっ、ナギさんが、オリバーってひとに」
「落ち着けって」
ジョンから聞いた話を伝えると、リウは何かを思案した。
「あー……」
「早くナギさんを」
「あんたはここに残れ。残ってジョンを見張ってくれ。俺が必ず、ナギを見つけるから」
「でも……」
「もし、あんたがオリバーに見つかったとしたら、ややこしいことになるだろ」
「それは……」
「じゃあな。ここで待っていろ」
リウが去ると、部屋に静けさが戻った。ジョンはまだ気を失っている。ユメリアとジュディはならんで壁に寄りかかった。
「ジュディさん、わたしたちのこと……その……」
「あの変態貴族を殺して逃げたのが東洋人で、女も連れてるって聞いてね」
「じゃあ、なんで……」
「恩人だからさ」
ユメリアは首をかしげた。
「わたしらはアイリス様に助けられたんだ」
ジュディが天井を見上げた。
「あのひとが殺されたなんて……」
ジュディの声は、ふるえていた。
「許せる、許せるわけがない……」
ユメリアは、大家の肩をそっと抱いた。
「だから、あんたらが……」
つづきは嗚咽にかき消され、ただ、ひと言だけが残った。
「ありがとう……」
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