侵食

 次の日。工場から帰ったナギは、玄関前で違和感に気づく。


――声がする……。


 それも、男の。

 ノブを回すのももどかしく、扉を開けると、オリバーがいた。いつもの食卓で、お茶を飲んでいる。


「よう」

「な、なんで……」


絶句するナギに、オリバーが笑顔で片手をあげた。


「近くまで来たから、ちょっと寄らせてもらった。ほら、飲んだとき、家、どこか聞いてたから。チャウの顔を見たくて。奥さんにはご迷惑を」

「迷惑なんて……」


そう答えるユメリアのようすには、おかしなところがないように思う。ひとまず、ほっとする。


「オリバーさんから、昔のお話をいろいろ聞かせてもらっていたの」

「いろいろ……」

「すまん、せっかくチャウに会えたけど、時間切れだ。奥様。近いうちに、また」


オリバーがおどけた調子でおじぎをし、立ち上がる。


「俺、外までお送りします」


 フラットを出ると、ナギはオリバーに詰め寄った。


「どういうつもりなんです? 家に来るなんて」

「別に。お前の顔が見たかったんだよ」

「あのひとに近づかないでくれ」

「ユメリアって言ったか。いい女じゃないか。独り占めするのはもったいないんじゃないのか」


ナギはオリバーの襟首をつかんだ。壁に押しつけようとするが、ナギより体格がひとまわり大きいオリバー相手にはかなわなかった。かまわず、ナギはオリバーを揺さぶる。


「お前っ」

「約束守ったら何もしない」


オリバーがナギを振り払い、逆にナギの襟首をつかんだ。


「それと、逃げようなんて考えるなよ。見ているからな」


にらみつけるナギから手を放し、そう言い置いてオリバーは去って行った。

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