とにかく、あなたが無事に帰ってきてくれて、よかったですよ

 その日、寝台のなかで、ユメリアが尋ねた。


「そういえば、あのリウさんってひと……ナギさんに何話したの?」

「あなたの頬を傷つけたこと、すごくあやまってたよ。『本人に言え』って言ったら、もうあやまった、なんて言っていたけど……」

「うん、ちゃんとあやまってもらった。でも、なんとかあそこから逃げ出せたの、リウさんのおかげだから」


ナギがユメリアの頬を見る。少し腫れた頬に浅く刻まれた、鋭利な切り傷。


「痛かったでしょう」

「そんなに深くないから、だいじょうぶ」


ナギがのばした手を取って、ユメリアが頬にふれさせる。


「それと、あなたをほめてた」

「ほめる?」


ユメリアが不思議そうにする。


「あなたは勇敢だったって。必死で抵抗して、俺が侮辱されたらすごく怒っていたって聞いたよ。逆上して殴られてもひるまなかったって」


ユメリアが顔をしかめた。


「だって、ナギさんを馬鹿にするんだもの。何も知らないのに」


ありがとう、でもあまり無茶しないで、とナギがユメリアの頬をなでる。


「事が終わって、あなたが動揺していたから、びっくりしたってさ」

「必死だったの。これ以上何かされたら、ナギさんをまた悲しませてしまうと思って」


――このひとは、いつもひとのことばかり。


「抱きしめてもいい?」


 ナギがたずねるとユメリアがうなずき、自分からナギのからだに腕をまわした。ナギがその腕に彼女のからだを抱く。一瞬、ユメリアはからだを固くし、やがて、ほどけるように力を抜いた。そのやわらかくあたたかな全身を腕のなかに感じながら、ナギは想像する。もし、あのリウという男が宿へ来ていなかったら。ユメリアは男に襲われ、そのまま無理やり客を取らされていたのだろうか。


――あいつ。


燃えたぎる怒りとともに、リウのことばがよみがえる。


――あんた、復讐とか考えんなよ。


宿でのできごとを聞き、「ぶち殺す」と街へ向かおうとしたナギを止めながら、リウがつづけた。


――あんたの女のことだけじゃない。あいつは調子に乗ってる。俺らがシメることになる。


「あんたらの事情なんて知るかよ。離せよ」


腕を振りほどこうとするナギを、リウが諭した。


――女のそばにいてやれ。あんたが過ちを犯してどうなる。


納得はいかないが、一理あった。ユメリアをしっかりと抱きしめる。


「ナギさん……?」


 腕のなかで、ユメリアがナギを見上げた。


「とにかく、あなたが無事に帰ってきてくれて、よかったですよ」


ナギにとっては自分を納得させるためのことばだったが、ユメリアはうれしそうにほほ笑んだ。


 そして、ふたり、抱き合いながら眠りに落ちようとしたそのとき――。ユメリアが突然、叫んだ。


「ジャ、ジャケット……! わたし、リウさんにジャケット、返してない!」

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