休日の朝

 休日の朝。

 ナギが目を覚ますと、となりでユメリアが横向きになり、すう、すうと寝息をたてている。ナギはユメリアの寝顔を見るのが好きだった。思えば、庭師小屋ではじめて彼女がうたたねをしたのを見た日から。


 ユメリアはときどき、夜中にひどくうなされた。以前はそのたびに手を握り、水を飲ませて落ち着かせた。けれど、最近、ナギは工場勤めの疲れからか、すぐに泥のように眠ってしまう。彼女がうなされていても、気がつかないのではないか。そんな心配も、今日のような彼女の寝顔を見ると少しは軽くなる。


 なだからかな鼻筋、吐息がもれる、薄紅色の唇。白いうなじ。


――ふれたい。

 

 気持ちをおさえているうちに、彼女のまぶたが動いて、やがて目を覚ます。

「おはよう」

ユメリアは横になったまま、「おはよう」と返し、隣で頬づえをついているナギを見つめた。

「ナギさん、起きてたの?」

「ええ、少し前に」

ナギが答えると、ユメリアは布団に顔を半分うずめて聞いた。

「ひょっとして、寝顔見てた?」

「ええ」

「なんで?」

「なんでって……」

ナギはひと呼吸置いて、「とてもきれいだったから」と、あえて直球で答えた。ユメリアは赤面する。

「そ、そんなことないよ……。それに、ひ、人の寝顔なんて見ちゃだめだよ」

うろたえているユメリアをからかいたくなって、ナギは「どうして?」と聞いてみる。

「だって、きっと間抜けな顔をしてる。よだれだって垂らしてるかもしれないし」

ナギがそれを聞いて、くすっと笑う。ユメリアが吸い込まれるようにナギのその表情を見て、頬を染めた。最近、ときどき、ユメリアはこういう表情をする。ナギにはいまひとつその表情は読み解けなかったけれど、悪いものではないのだろう、と思う。


「そうですね。無防備で、とてもかわいらしかったですよ」

「やっぱりわたし、よっ、よだれを……」

あわてて口をぬぐう仕草がおかしくて、ナギは笑う。

「うそです」

「ナギさん、ひどい、ひどい!」

ユメリアが枕で、ナギを軽くたたく。ナギが笑いながら、大げさに手で体をかばった。そのうちに、ユメリアがバランスをくずし、ナギの腕の中に倒れ込む。朝の光のなか、しばらく、ふたり、そのまま黙る。

「大丈夫ですか」

「ちょっとびっくりしたけど、いまは、平気。自分から倒れたからかな……」

ユメリアはそのままナギに体をあずけた。お互いの体を、呼吸を感じている。

「うれしいんですよ」

ナギがぽつりと言った。

「俺の隣で、あなたが安心して眠っているのが」

ユメリアがぱっと顔を上げる。

「今度はわたしが早起きして、ナギさんの寝顔を見ちゃう」

いたずらっぽく目を輝かせて、宣言した。

「かまいませんよ。目が覚めたとき、あなたと目が合ったらきっとうれしい」

ユメリアは真っ赤になる。

「なっなななな、何言ってるの」


 ユメリアは案外、照れ屋だ。それに、顔を赤くしたり、笑ったり、さっきみたいに、子どものような目をしたり。


――俺の女神は、意外とふつうの女の人なんだ。


そう感じられることが、ナギにはうれしかった。


 ナギは寝台から降りながら思い出す。そういえば、この備え付けの寝台をめぐって、はじめて口げんか、と、言えないような口げんかもした。ユメリアは「川が見えるほうがいいよ、窓のすぐ下に動かそうよ」と言い張り、ナギは「窓の近くはシケるんじゃないですか」と反対した。結局、ふたりの意見を折衷し、寝台はすこしだけ動かし、足のほうだけ窓にかかるように置いた。ユメリアはひとりで家にいるときは、この寝台のはしっこに座って窓の外を見ているようだ。


「さ、腹が減りましたね。今日はクランペットでも焼きますか、お嬢様」

 

 顔を赤くしているユメリアに、ナギがおどけて言う。休日はまだ、はじまったばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る