「そしたらふたりで、お外で寝よう」
翌日は朝から街を回り、住める場所を探した。朝、憔悴したようすのユメリアに、ナギは言った。
「早く家を見つけて、この宿から出ましょう」
それはなかなか実現しなかった。
――人が集まる広場や辻、酒場や食堂には、求人や空き部屋の情報が掲示されているはずだ。それを見てまわれ。店に入って感じのいい店員がいたら、聞いてみるのもいい。
ゲルバルドに教えてもらった通りに街を巡り、借りられそうな部屋の情報があれば、大家に取り次いでもらった。
「もう決まってしまって」
「お仕事が決まっていないようでは」
「あまり若い人は」
「俺たち、貴族の紹介状も持っているんです」
ゲルバルドが書いてくれた身元保証のための書状を見せても、皆、いい顔をしなかった。部屋の中を見せてもらう前に、断られてしまう。
疲れ切ったふたりは、昼を食べに食堂に入った。カウンターで揚げた芋や魚、エールと紅茶を注文し、ついでに空き部屋がないか聞いてみる。店員は、「女将さんに聞いてみるよ」と請け合ってはくれたものの、食事中、心当たりはない、との返答を持ってきた。
「お部屋、なかなか見つからないね」
紅茶をひと口飲んで、ユメリアがうつむいて言った。
「疲れたでしょう。あなた、宿で休んでいてください。午後は俺ひとりで探しますよ」
「だいじょうぶ。ふたりでいたほうが、大家さんも判断しやすいだろうし」
平気だよ、とユメリアがナギの手を握った。
午後、思いつく限りの掲示は、ぜんぶ見てしまった。
――甘かった。
ナギは青ざめた。
夕飯には、パン屋でできるだけ安いパンを選んで、ふたりで宿に帰って食べた。
「明日、街のこのあたりに行ってみたらどうかな」
キオスクで買った街の地図を寝台に広げ、ユメリアが、西のエリアを指す。
「そうですね」
ナギはうつむき、ほとんど地図を見ずに返事をした。
「ナギさん」
ユメリアが、ナギの頭を抱き寄せた。ナギは、ユメリアの胸に頭をうずめるかっこうになる。
「なんとかなるよ」
彼女の鼓動が聞こえる。
「なりませんよ。明日も、明後日も住むところが見つからなかったら。そのまま、金が尽きたら」
「そしたらふたりで、お外で寝よう」
春が近いから、きっと死なないよ、と彼女が言う。ナギが頭を起こし、顔をしかめた。
「あなた、野宿したことないでしょう。だからそんなことが言えるんだ」
もう、と彼女がナギの頭を再び胸に抱く。
「そんな顔しないで」
「地べたで寝るのは冷えます。それに危ないです。俺はあなたにきちんとした暮らしを……」
「お屋敷よりましだよ」
「甘いですよ」
「ナギさんだって、わたしがあのお屋敷でどんな目にあっていたか、全部は知らないでしょう」
「あそこには、屋根だって、寝台だってあった」
「でも、怖い目にたくさんあった。お屋敷では、わたし、何をしてもいいって思われてたから」
ユメリアが、ぎゅっとナギの頭を抱く。それ以上、彼女はお屋敷でのことは語らなかった。ナギはそのあたたかさと柔らかさ、鼓動を感じていた。
「ナギさんだけで頑張ろうとしないで。どうにもならなかったら、ふたりいっしょに苦労しよう」
明日もたいへんだから、と寝台に入ったものの、その日も嬌声は容赦なく聞こえてきた。ふとんを頭からすっぽりかぶると、ユメリアは寝間着がわりのナギの下着をつかんでしがみついた。
「俺の手を取って」
ユメリアが震えながら、ナギの手を取る。
「あなたの耳に当てて」
そうして両手をユメリアの耳にあてて、ふさぐ。
「怖い……けど、いまがいちばんいい」
汗をにじませながら、ユメリアが言った。
「だって、ナギさんがいるもの。怖いとき、こうやって耳をふさいでくれる人がいるもの」
声がやんだ。が、夜明けまではまだまだ時間がある。ほどなく、また聞こえ始めるだろう。ナギはユメリアの耳から手を離す。
「少し、体にさわりますよ」
自分の胸に顔をうずめた彼女を抱きしめ、背中をなでた。
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