待ちたいのに、待てなくなったら困ります

 宿へ戻り、ナギは「俺、床で寝ましょうか」と提案したが、ユメリアはかぶりを振った。「そんなこと、ナギさんにさせられない」。なんとなく、お互い逆方向を向いて寝台へ入る。疲れているはずなのに、ナギの目は冴えた。


――眠らなければ。


そう思うほどに、彼女の体温を身近に感じると、なかなか寝付けない。やがて、彼女が起き上がる気配がする。そして、衣擦れの音。あたたかくやわらかいものが、自分の体にふれる。

「ナギさん、起きてる?」

背後から、彼女が自分を抱いている。ハッとして後ろを向くと、ユメリアが一糸まとわぬ姿で、寝台のうえにからだを起こしていた。驚いているうちに、彼女が唇を重ねる。

「あなた、何を」

ことばが出てこない。ユメリアが目をふせながら、ナギの手を取り、胸へと導こうとする。

「抱いてください」

ナギは答えられない。

「ナギさんになら、何されてもいい、です」

固い言い方だった。それに……。


――震えている。


背中へ手を回し、寝台へ白い体を倒す。

「……っ」

手をぎゅっと握って、目をつぶって、彼女が耐える。いたたまれなくなり、ナギは手を止める。

「やめましょう」

ユメリアの体をシーツでおおう。

「……なんで……」

泣きそうな顔で、彼女がナギを見る。

「何されてもいいって人の手じゃないですよ」

かたく握られたユメリアの手を、ナギが見やる。

「ごめんなさい」

しばらくだまってから、彼女が聞いた。

「その……わたし、やっぱり、汚いから……?」

はっきり言えば、抱きたい。そう言いたいところをこらえて、ナギは「あなたはきれいですよ」とだけ答える。

「わたし、がんばります。だから……」

口づけようとする彼女を遠ざけ、尋ねる。

「どうして今日、俺としようと思ったんです?」

ユメリアが困った顔をした。

「ナギさんにお礼をしたくて。それと、わたしたち、いっしょに暮らすんでしょう。こういうこと、できないと」

「あなたの気持ちは?」

「だから、お礼を……」

ナギが眉根を寄せた。

「お礼があなたの体なんですか」

「だって、わたし、なにもできないから」

「俺、そんなお礼もらってもうれしくないです」

ユメリアがつらそうな顔をした。

「わたしじゃ、お礼にならない?」

「違う、違うんです」

ナギが否定する。

「俺ははっきり言えばあなたをめちゃくちゃ抱きたいし、さわりたい」

さっきごまかしたことを、はっきりと言う。

「じゃあ」

「でも、こんなのは嫌なんです」

ナギが前髪をかきあげ、苦し気な顔をする。

「お礼として、あなたを抱くなんて」

その表情を、ユメリアが不思議そうに見る。

「あなた、モノじゃないんですよ」

「モノじゃないです、気持ちです。感謝の気持ちを……」

「それが俺にとっては、あなたをモノ扱いしているってことなんです。わかってください」

ナギが懇願した。

「ナギさんは、わたしのこときれいで、抱きたいって思ってくれているのに、『お礼』は受け取ってくれないの?」

ナギがうなずく。

「そんなの、わからない……」

「お礼とか、いっしょに暮らす相手だからとか、そういうんじゃなくて。あなたが俺に抱かれたいって思ってくれてないと、俺は嫌なんです」

ユメリアがますます困った顔をした。

「ユメリアが俺に抱かれるのは、何のため?」

頭をかたむけて、ユメリアが少し考えた。

「ナギさんに楽しんでもらうため」

「あなた、人にさわられるの、まだ怖いでしょう。あなたを我慢させて、俺だけ楽しむんですか?」

「そう」。ユメリアの返事に、ナギが顔をしかめる。

「そんな鬼畜じゃないです、俺」

「そんなこと言っていたら、ナギさん、わたしのこと、いつまでも抱けないよ」

ユメリアが少し怒ったように言う。

「わたし、男の人にさわられたいって思ったことないもの。そういうことって、痛くて怖いから」

ナギの心が痛む。

「でも、わたし、そういうことされるの好きなんだって。だから、平気です」

「なんでそんなこと言えるんです?」

「みんなに言われたもの。わたし、嫌がっていても、ほんとうは悦んでるって」

だから、ナギさんは気にすることなんてないです、わたしを好きにしていいの。目の前の少年の表情が曇ることに、ユメリアは気づかない。

「そんなこと言わないで」

ナギの顔がゆがんだ。

「ナギさん?」

「そんなこと……そんなやつらが言うこと、信じないで。あなたが痛いなら、怖いなら、それがほんとうなんです」

「でも」

「あなたに何かを我慢させるぐらいなら、俺は一生あなたを抱けなくていい」

「でも……」

ユメリアが視線を落とす。

「でも、みんな我慢するんじゃないの? 女の人は」

俺は男なのでわからないけど、とナギは前置きした。

「俺はそうは思いません」

もしそうなのだとしたら、我慢させることはなるべく少なくしたかった。ユメリアはうつむいて何かを考えている。

「服、着てください。風邪引きます」

「ナギさん」

「なんです?」

シーツにくるまったまま、ユメリアが真剣な目で尋ねる。

「ほんとうにわたし、きれいですか? 抱きたいって思ってくれてますか?」

口を開きかけて、ナギはほおがほてるのを感じる。

「ええと、さっきも言った通りです……」

それでも、言葉にしなければ、と思う。

「俺は、あなたがほしい。ふれたい、抱きたい、俺だけのものにしたい。頭のなか見られたらあなたに嫌われるぐらい、欲情してます」

一気に言い切り、寝台にもぐりこんで加えた。

「お屋敷にいるときから、ずっとです」

しばらくして、ユメリアが隣に身を横たえる気配があった。

「ありがとう」

「あんまり恥ずかしいこと、言わせないでください……」

ユメリアが、ナギの背中にふれた。

「ナギさん、待っててくれますか」

「もちろん」と、答えたあとで、ナギが気まずそうに付け加えた。

「そのために、早く服を着てください。俺、待ちたいのに、待てなくなったら困ります」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る