旅の途上
駅馬車の旅は、過酷なものとなった。
「身なり相応に目立たぬよう」とのゲルバルドからのアドバイスにより、ナギとユメリアは客席の屋根に乗った。屋根なら、路銀は半分に抑えられる。ゲルバルドからは路銀と、当面の生活資金を援助してもらっていたが、なるべく使わないようにしよう、とふたりで話し合っていた。
ふたりとも、塵除けのマントをまとい、フードをかぶる。
「アレク様に見つかったら、どうしよう」
馬車の屋根に座り、青ざめたユメリアは心細げだった。
「逃げればいい」
「でも……」
「ぜったい、あなたを離しません」
ナギがうながすと、ユメリアがナギのてのひらに自分の手を重ねた。細い指を、強く握る。
しかし、そんな心配をしていられたのも最初のうちだけ。
「きゃっ」
馬車がガクンと揺れた。山間で、下り坂に入ったのだ。客席と違い、屋根は四方を囲まれていない。簡単に振り落とされそうになる。指の骨折が治りきっていないユメリアに覆いかぶさるようにして、ナギは屋根のへりにある手すりを握った。馬車の屋根には荷物も積まれている。ロープで固定されているとはいえ、馬車が激しく揺れると、背中をトランクの鋲が打った。山間を抜けるとだいぶ楽にはなったものの、揺れは大きい。ナギは馬車のへりに、ユメリアはナギにかじりつくようにして、その揺れに耐えた。ヒースがなびく荒野、羊が草をはむ牧草地、作付けを待つ農地と、風景が移り変わっていく。日暮れ近く、農耕地の向こうに石造りの堅牢な天守をもつ城が見え、やがて街についた。
「この先行くなら、明日の朝に出発だよ」
ふたりは体を伸ばす。体中が、とくに座りつづけた尻が痛い。広場の一角を占める駅馬車の停車場近くには、旅人に向け、パブや食堂、宿がいくつかあった。
御者に教えてもらい、駅馬車利用者がよく使うという宿を取った。安宿とは聞いていたが、ナギの感覚からすると、やはり故郷の村より値段は張る。
「寝台、ひとつの部屋でいいですか」
確認すると、ユメリアは「大丈夫」と答えた。
ずた袋にはパンやりんごがまだあったが、明日に回し、食堂に入った。パンとスープ、豆の煮込みを頼んだものの、ユメリアはほとんど手をつけない。
「明日もあるから、ちょっとは食べたほうがいいですよ」
ナギがうながすと、ユメリアはスープに口をつけ、パンをかじった。
「疲れましたね」
ユメリアがぽつりと漏らした。
「わたし、あんまり外へ出たことないから、緊張するね……」
――この人は、ほとんど屋敷から出たことがないんだな。
「でも、がんばらなきゃ……」
ユメリアが自分に言い聞かせるように言った。新しい生活への道の途上。ナギには、かけるべきことばが見つからなかった。しかし――。ナギはその夜、彼女の決意を思わぬ形で知ることになる。
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